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「手を下ろせばいいじゃないですか」サンフラワーがあきれて言ったが、あたしは我慢した。「それより、パイオニアってどういうことよ?」
「地球と宇宙を分ける、宇宙法で定められた境界線上のほんの一部、それもローズムーンベースから死角になりやすい場所に、どういうわけだかロウシールドの裂け目というべき空間があるんです。そこからだと、レーダーですとか、衛星電波ですとか、地球人の発生する電磁波の影響を受けてもロウシールドが発生せず、かなり自由に地球圏内に入れます。しかも、重力に任せると自動的に日本に到達するんです。
クリスタルが何か仕掛けていったとしか思えないのですが、僕の技術ではどうしても見つけられません。地球に対する影響は衛星放送に稀にノイズが入るくらいで、異星人と出会うような事態には至りませんが、地球に許可なく入り込もうとする輩に格好の目印を与えています」
「だからウルトラセブンに出てくる宇宙人はみんな日本をめざすんですね!」ゆきのが拳をぐっと握りしめて叫んだが、サンフラワーは無視した。
「あまりよろしくない事態ですが、北極だの南極だの自由に降りてくるのをこちらからいちいち出向いて叩くよりは、日本だけを防衛すればいい現状の方がある意味楽かもしれません。我々のアジトは当分ここになると思います。
ブルーローズ様と協議した結果、今後もこの体制でいくことになりました。ブルーローズ様が月で監視行動を行い、しかしながらローズムーンベースが一〇〇パーセント復旧したとしても地球周縁を三六〇度完全にカバーすることは困難ですので、監視から漏れて地球に降下した者をローズフォースが叩きます。
ですから、みなさんの直接の管理は、フライングローズにて僕が継続して担当しますが……」今日みたいに、食事却下とか言われたらたまったもんじゃない、ほっと胸をなで下ろしたあたしたちの心の動きを読んだかのようにサンフラワーは続けた。「その上にいるのがブルーローズ様だってこと忘れないでくださいね。
それではみなさん、今後もよろしくお願いします。───地球が滅びるその日まで」
ここでブルーローズが音頭をつないだ。
「ご苦労様、サンフラワー。……必要なことは彼がおよそ言ってくれましたので、私からは手短に。
ローズサイコパスを受け止めたとき───レッドローズの思考が私の中に流れ込んできました。雑で、とりとめなく、断片ばかりの、思考です。ですから言葉にはなりません。
けれど、それを私なりに少しずつ解きほぐしてみて、私が今、あなたたちに言えることがひとつあります。
レッドローズ。ピンクローズ。イエローローズ。そしてホワイトローズ。あなた方は死者です。いかなる権利も認めませんし、ヒトの理知など期待しません。
だから、あなた方の思考において判断基準とは、原始的な欲望に従うかどうか、ただそれだけです。そして原始的な判断において、正解は何ひとつありません。
独りでいますか。それとも群れますか。
欲しいものがあります。手に入れますか、手に入れませんか。
怖ろしいものが前にいます。逃げますか、逃げませんか。
腹立たしいことがあります。殴りますか、殴りませんか。
プライドが満たされません。虚勢を張りますか、それとも膝を抱えて丸くなりますか。
それから───生きますか、生きませんか。あなた方のうちにある鼓動、それが『生命』だと思いたいのならば、そう信じておればよい。望むままになさい。
あなた方が繰り返すいくつかの判断の過程で、理性なき渇望がもし暴走するならば、私の管理責任においてそれを制御します。それが私のつとめなのですから。
───ではみなさん、今宵は、心ゆくまで楽しみなさい。
我らの勝利と、愛すべきはかなく美しい地球に、乾杯」
「かんぱーい!」
耐えた甲斐はあった。あたしたちは高くグラスを差し上げ、縁と縁を触れ合わせた。澄んだ音がして、細かい飛沫が散る。その向こうの蛍光灯が穏やかにあたしたちを照らしている。笑顔が、広がっている。




