第一章 遠いはずの記憶
遠いはずの、幼稚園児だった頃の記憶。
あれから何十年もの歳月が流れた。
それなのに、あの頃の記憶は、まるで今この瞬間の出来事であるかのように、私にまとわりついて離れない。
私は、幼い頃から人の輪に入ることが苦手だった。
朝早く起こされ、幼稚園のバスに乗せられる。そして、気の進まないまま幼稚園へと連れて行かれる。
折り紙、芋掘り、その他さまざまな催し。
園では毎日のように何かが行われていたが、私はいつも周囲から取り残されていた。
みんなが当たり前のようにできることが、私にはできなかった。
担任の先生も、そんな私に手を焼いていたようだった。
私は、いつも注意されていた。
「あなたはお殿様じゃないのよ」
担任からそう言われていたのだと、後年、母は何度も私に話して聞かせた。
そのたびに、私は何も言い返せなかった。
しかし、本当は言いたかったことがあった。
違う。偉そうにしていたんじゃない。間違えたら怒られる。それが怖くて、何もできなかっただけなんだ。
けれど、その言葉を親に伝えることができなかった。
先生に注意されたことも悔しかった。
だが、それ以上に、自分が何を恐れ、何に苦しんでいたのかを、誰にも説明できなかったことが悔しかった。
ある日のことだった。
私は一人、教室に残されて叱られた。
自分の組の担任だけではない。隣の組の先生まで、私を叱っていた。
何をして叱られたのか、今となっては覚えていない。
しかし、そのとき味わった苦痛と屈辱だけは、今も忘れられない。
幼い私の心は、耐え難いほど追い詰められていた。
そして、ある日。
私は幼稚園を勝手に抜け出した。
誰にも告げず、自分の足で家まで帰ったのである。
当然ながら、先生にはひどく叱られた。
職員室で、担任は私に言った。
「交通事故に遭ったらどうするの!」
もっともな言い分だ。
幼い子供が一人で幼稚園を抜け出し、道路を歩いて帰宅する。どれほど危険なことか、今の私にはよくわかる。
しかし、あのときの私には、そこから逃げ出すことしか考えられなかったのだと思う。
人の輪に入れず、いつも取り残され、叱られてばかりいる。
そんな私の苦しみに、気づいてくれる大人はどこにもいなかった。
少なくとも、当時の私にはそう感じられた。
不思議なのは、親の反応である。
幼稚園児が、園を抜け出して一人で帰宅したのだ。
普通なら、何かあったのではないかと考えないだろうか。
幼稚園で嫌なことがあったのか。
友達とうまくいっていないのか。
集団生活になじめず、苦しんでいるのではないか。
そんな疑問を抱いても、おかしくなかったはずだ。
しかし、親が私の内面を気にかけ、事情を尋ねてくれたという記憶はない。
もちろん、実際に親が何を考えていたのかまではわからない。
ただ、私の記憶の中には、苦しみを理解してもらえたという実感が、まったく残っていないのである。
私には理解者がいなかった。
幼稚園にも。
家庭にも。
人の中に入るのが怖い。
ただ、それだけのことを、私は誰にも言えなかった。
そして、その事情を知らない大人たちは、私を「変わった子」として扱った。
私はただ、怖かっただけなのに。
そんな幼稚園生活の中で、一つ、少し毛色の違う出来事があった。
ある日、私は「お話の名人」として、みんなの前で童話を披露することになったのである。
私は気に入った童話を、最初から最後まで丸暗記していたらしい。
しかも、ただ覚えているだけではなく、何も見ずにそらんじることができたという。
それなら、ぜひみんなの前で話して聞かせてほしい。
そういうことになったのだった。
いつも叱られ、集団の中で取り残されていた私が、今度はみんなの前に立つことになったのである。
今にして思えば、担任は私の欠点ばかりを見ていたわけではなかったのだろう。
私が持っていた、ほかの子供たちとは少し違う能力。
その良いところにも、目を向けてくれていたのかもしれない。
何十年も経った今、私はようやく、そのことに思い至るのである。




