第8話 姉の婚約者と結婚した娘。
片手鍋で茶葉と牛乳をことことと煮込んでいくと、いい匂いが漂ってくる。茶こしで濾しながらカップ4つ分に分ける。湯気がふわっと上がる。こうする方が茶葉が少なくて済むので、実家にいるときには妹や弟によく作っていた。
先生の分にはお砂糖を3杯入れてよく混ぜる。意外と甘党だ。
自分の分を台所に残し、待っている侍女にお砂糖を添えて一杯勧める。
牛乳が美味しいので、ミルクティーも美味しい。
お客様の分と先生の分をトレーに乗せて、客間のドアをそっと開ける。
「…私はあの人を愛していたのよ、私以上あの人を愛していた女はいないわ!」
「……」
「だから、だから…姉様の婚約者だったあの人とどうしても結婚したかった!お父様も聞いて下さらない。姉様は笑っているし。あの人に姉様の悪口も言ったけど、ちっとも聞いて下さらなくて。仕方がないから私…あの人を姉様の名前で部屋に呼び出して…」
「……」
お客様の身振り手振りが激しいので、トレーに乗せたカップが心配で、なかなかテーブルまでたどり着けない。私がほんの少し躊躇していると…。
「私は自分で服を脱いで、使用人に聞こえるように大騒ぎして…だってだって…どうしてもあの人と結婚したかったのよ!」
「……」
先生が私にちらりと目配せしてくれたので、先生の座った方から回り込んでカップを置いて、お客様に先に出したカップを回収した。
「それでね…ようやく姉様もあきらめてくれて、私たち結婚しましたの!!」
「……」
「当然ですわよね?私がこの世で一番、あの人を愛しているんですもの!!!」
「……」
「それなのにそれなのにそれなのに……あの人は一度も閨には訪れず、領地の屋敷にこもって出てこないんです。でも!あの人の妻は今も…私なんです!」
そっと客間を出る。窓の外は細かい雨が降り始めたようだ。
今日は少し早めに玄関にランプを灯そう。旅人が道に迷わないように。
***
その日の夕方、先生からリクエストを頂いてもう一度ミルクティーを作る。
コトコトと煮込んで、茶こしで濾して…先生の分にお砂糖を3杯入れてかき回す。
ダイニングテーブルで並んで一緒に飲んだ。
雨が本降りになってきた。
雨の向こうに、ぽつりぽつりと麓の民家の灯りがにじんで見えた。
あそこに人が生活していると思うと、こんな雨の日も悪くない。




