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第6話 ノブレス・オブリージュ。

「ゴードンさん、朝ご飯はこちらに運んだほうがいいですか?」

「あ、そうしてくれる?俺、この部屋好きなんだよね」


いつもよりゆっくりな朝。珍しく先生もまだ起き出さない。昨日は遅くまで飲んでいたようだ。

昨晩は客間のソファーに眠っていたゴードンさんは、ぼんやりと外を眺めている。お水とお茶を出して、台所に戻ろうとすると、

「まあ、アリシアちゃんもたまには座りなよ?」

と席を勧められたので、3人は余裕で座れるソファーの端に座ってみる。なるほど…長居したくなる座り心地だ。これは危険だな。立ち上がりたくなくなりそうだ。

開け放った窓から流れ込む空気が、ほんの少し寒いくらい。


陽は上っていたが、朝靄がまだ晴れていないので、海と空の境界線が曖昧過ぎて…すべて海のようでもあり、すべて空のようでもある。


私は海を見たのはここに来て初めてだった。東部の小高い山に囲まれた片田舎に住んで、ほとんどそこから出たことがなかったから。ここに来て毎日のように海を眺めることになったが、一日として同じ景色はなかった気がする。


「俺は王都の下町のスラムの出でさ、海なんか見たことなかった。ごみ箱の新聞を拾って読んで字を覚えた」

ゴードンさんがぽつりと話し出した。

「何とかうまいこと新聞社の下働きの仕事に潜り込んで、そしたら、あの戦争さ。あ、アリシアちゃんはまだ赤ちゃんだったか?」

「……」

「志願して従軍記者になって、まんまと捕まって捕虜になった。貴族は金と引き換えに身柄が引き渡されるけど、俺たちみたいなのは一番最後まで強制労働だよ。毎日毎日鍬や鋤を持たされて開墾作業だよ。木の根を起こしたり、石をよけたり、な。そこに、あいつもいたんだ。あいつは身ぐるみ剥がれてて身分を証明するものが無くてね、平民と同じ収容所にいた。そこで知り合ったんだよ」

「……」

「ひとり、また一人と亡くなっていく収容所とは名ばかりの汚い小屋の中で、あいつは一人一人の話を聞いていた。すごく根気よく、ね。まるでそうすることが、ほら、なんていったっけ?貴族の責務、だと思い込んでいるような、な?」


海を隔てたフール国と繰り広げられた2年間の戦争。私はまだ子供だった。国威発揚のために、貴族の子息は志願して戦地に出た。私の父も遅れて出征した。貴族は基本的には前線には出ないので、平民の傭兵や志願兵が戦死者のほとんどだったと聞いた。南部は戦場になったし、王都に近い西部からはたくさんの兵が出たらしい。


「停戦して、それから2年もしてから俺たちはようやく解放された。フール国と和平条約が締結されて…2年だよ?」

「……」

「あいつは実家に帰らなかった。本名も名乗りたくないようだった。何があったのかは…俺もよくは知らない。俺のアパートに転がり込んで、兵士から聞き取った遺言を整理していた。それを俺が預かって、週に一度、新聞のコラム欄に載せたんだ。”戦場からのラブレター”ってタイトルでね」

「……」

「恋人や妻や、母親や子供、妹や…お世話になった先生に、というのもあったな。変わったところでは飼っていた犬や猫に書いたモノもあった。ふふっ」

「……」

「まとまったら本にして出した。結構売れたよ。何度も再版した。みんな…自分宛ての手紙を探すようにね」

「……」

「あいつはその本の印税はみな戦争孤児を収容していた南部の教会に寄付した。…それで、あいつは望んだわけじゃないけど、売れっ子作家になったのさ。ちなみにあいつの素敵なペンネームを考えたのは俺だよ。女装するようになったのは…着替えが俺の前付き合っていた女の置いて行った服しかなかったからさ。頓着しないって言うか…自分じゃない何者かになりたがっていた、のかな?」

「……」

「一度だけ、最後のセリフを編集者が『愛していた』から、『愛している』に書き直したことがあってね…確かにその方がしっくりくると俺も思った。仕上がった物を見てあいつが烈火のごとく怒りやがった。愛している、と言ってしまったら、残された者が先に進めないだろう?ってね」

「……」


「俺は人生最後に、誰に、何て言うんだろうなあ…。なんて言いたいだろうなあ」

「……」



私とゴードンさんは並んで座ったまま…ゆっくりと朝霧が晴れていくのを眺めた。








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