第5話 ゴードンさん。
先生が老婦人を背負って坂道を下っていく。その人の背にショールを掛けた。夕暮れになると急に風が冷たくなるから。
近頃はあっという間に暗くなるので、念のために先生にランプを持たせた。
波待亭にその老婦人の使用人が待っているらしい。
二人の背中を見送ってから、山小屋の玄関先に大きなランプを吊るす。このランプは毎日一晩中灯している。(夏の間は羽虫が寄って来て、朝の掃除が大変だった)
台所に戻って、カボチャのスープを温めていると、思ったより早く玄関で物音がした。あわてて玄関のドアを開けると、先生の代わりに見慣れた男の人が立っていた。
「よお」
「まあ、ゴードンさん、いらっしゃい。先生とすれ違いませんでしたか?」
ゴードンさんは帽子を取って玄関脇に掛けると、まっすぐダイニングに入って来てリュックを下ろした。茶色のくせ毛。人懐こい丸い顔がにっこりと笑っている。
「あ?俺は上の道を来たからな。暗くなる前に着いてよかったよ。マーガレット先生は宿に行っているのか?」
「ええ。お客様を送って行かれました」
「そっか。お?いい匂いがする。腹が減ったぁ」
ゴードンさんにカボチャのスープと揚げたジャガイモを添えた魚のムニエル、それとジャガイモのマッシュをボールごと出す。朝食に食べた黒パンが余っていたのを温め直して添えた。
先生が戻ったらワインを出そうと、グラスを二つ用意しておく。
「どうよ?アリシアちゃんはもうここの生活に慣れた?」
よほどお腹が空いていたとみえて、ゴードンさんはすごい勢いで食べ始めた。
「そうですね。もう1年になりますし。なかなか快適な生活です。今まで家でしてきたことをして、お給金がもらえるんですから最高ですよ」
ワインのつまみにしようとチーズの塊を食糧庫から引っ張り出してきて切りながら、アリシアが笑いながら返事をする。
「アリシアちゃんは貴族なんでしょ?なんで畑仕事や家事までこなせるわけ?先生の原稿の清書をしてくれるの、凄く助かっているけどさあ。帳簿もつけてくれてるんでしょ?先生は世捨て人みたいなところがあるから、あんまり頓着しないから」
ジャガイモのマッシュをスプーンで皿に移しながら、ゴードンさんが聞いてきた。
「貴族籍は抜けてきましたから、今は平民ですよ?それに…貴族、といってもいろいろありますからね。うちは本当に片田舎の小さい領主でしたし」
前に焼いてしまっておいたクラッカーを缶のふたを開けて取り出す。あとは、ピクルスぐらいで良いかな。
「だから畑仕事も家事も出来ますよ?なんなら子守も大工仕事もします」
くくくっ、と楽しそうにゴードンさんが笑う。
「うちの新聞に求人広告を出した甲斐があったなあ。まさか、アリシアちゃんみたいな子が見つかるとは思っていなかったんだけどね。読み書き計算、帳簿、家事、畑仕事…波待亭のばあ様が譲んなくて、どんどん条件を増やしていくもんだからさ」
「まあ。そうだったんですね?」
私の面接をしたのは宿のばあ様だった。私は最初はばあ様がミセス・マーガレット、その人なのかと思った。
ゴードンさんがカボチャのスープをお代わりしたあたりで、先生が帰ってきた。
「おかえりなさい。お客様ですよ」
玄関で先生が持っていたランプを預かって、片づける。ばあ様から持たされてきたのだろう、鶏肉とベーコン、それに卵がいくつか、をついっと渡される。
「なんだ。お前か」
真っすぐダイニングに入った先生が、ぶっきらぼうに言った。
「マーガレット先生、いつもお世話になっておりまーす」
座ったままのゴードンさんが体をねじっただけで、先生に挨拶をした。
ふんっ、と笑って席に着いた先生に、スープと魚を出す。
グラスとワインも揃えて出して、大皿に盛ったおつまみも並べる。
晩御飯の食器を片づける頃には、先生とゴードンさんは飲み始めた。楽しそうな会話が聞こえだす。あの二人はなかなかいいコンビのようだ。




