第33話 生きて帰ってきた男。
私の部屋でランプに灯りを入れると、着ていたワンピースが血だらけだった。
「先生!ケガしたの?」
アリシアが慌てるが、どうもアリシアの掌が切れて、握りこんでいたワンピースにその血が付いたようだ。
台所でアリシアの手を洗う。手を綺麗な水で丁寧に流しながら、私はいままで誰にも言ったことのない、自分の話をした。
「私の家は代々騎士の家系で、長男だった私も3つ下の弟も近衛騎士になった。家同士が決めた同じ伯爵家の婚約者もいた。20歳になったら結婚することになっていた」
アリシアの掌に軟膏を塗る。細かい切り傷や擦り傷から血が出ている。転んじゃったんだと、アリシアがすまなそうに笑う。
「私は第二王子殿下と年が近かったので、彼の護衛を務めていた。それで、18歳の時に殿下に付き添って戦場に出た。一師団持たされてフール国に上陸した。その時はうちの軍は優勢だった」
アリシアの手を取って、包帯を巻いていく。
あまりにこちらに優位に戦いが進んで、フール軍が退却していく。深追いしないで援軍を待とうという意見は、殿下には聞き入れてもらえなかった。功を急いでいたのだろう。その時はまだ、王太子の指名がまだだったから、第一王子殿下に負けたくなかったんだろう。しかも、面白いほど優勢だった。そして、気が付いた時にはうちの師団は孤立し、敵に囲まれていた。
森に逃げ込んだ時には、10人しか残っていなかった。
フール語が達者な、手広く商売をやっている貴族の息子に殿下を託して、炭焼き小屋に殿下を置いてきた。住人が着の身着のまま逃げた後だったそこには、汚い着替えもあったので殿下に着替えさせ、顔も髪も腕も、真っ黒にすすをぬりたぐった。
「こいつは弟だが、ろくにしゃべれない、そう言え。フールの兵が来たら、私たちが去った方角を教えるんだ。それから…もし無事に帰れたら、お前は家の商売に戻れよ。せっかく語学が達者なんだ。こんなことに使うのはもったいないからな」
そう言って、やはり真っ黒にすすをぬった男をそこに置いてきた。
…そして…殿下の甲冑を殿下と同じ金髪の騎士に付けさせて…私たちはなるべく遠くに馬を駆けさせた。おとり、になったんだ。それで、フール軍に囲まれて、残った8人ほとんどが討ち死にした。殿下の甲冑を着た騎士の首が高く掲げられる。
私は生き残ってしまったらしい。馬や馬具はフール軍が、戦場の甲冑や衣類は近隣の農民やら夜盗が皆持って行ってしまう。累々と重ねられた遺体の中で、私は目を覚ましてしまった。何日たっていたのかもわからなかった。
背中に大ケガをしていたが歩かされた。。それで…延々と歩かされて、平民の捕虜の収容所に連れていかれた。それから…開墾作業をして過ごした。ゴードンと知り合ったのもそこでだ。
私が引き上げ船でイング国に帰ってきたとき、停戦からもう2年もたっていた。捕虜の交換や、和平条約の落としどころを探りながらそれぐらいの時間がかかってしまったんだろう。
身元が明かされて、王城に呼ばれた。第二王子殿下は生き延びていた。殿下は私の顔を見て…バツが悪そうだった。死んだはずの部下が、生きて帰ってきたから。
陛下からお言葉を頂いて…すぐに医師が呼ばれて、部屋を用意されて、服も整えてもらって…。何日かかかって戦争中の報告書を仕上げた。第二王子殿下の当時の行動も記すことになった。その後、父母も面会に来てくれた。
「私の婚約者は、私の戦死通知書を見て泣いたらしい。行き遅れになってしまう、と。両親は私に代わって爵位を継ぐことになった弟に、その婚約者を添わせた。私が帰国したときにはもう二人の間には子供もいた」
やがて迎えに来た家の馬車で屋敷に帰ると……私の元婚約者が弟の脇に立って、私をまるで幽霊を見るように怯えて見ていた。




