第30話 嫁ぎ直ししたおかみさん。
7月になると昼間の日向はさすがに暑い。
風はあるので、日陰に移動しながら、アリシアは朝のうち収穫した玉ねぎの根っこをハサミで切って、勝手口の脇に吊るしていく。ここのところ玉ねぎばかり触っているので、指先が玉ねぎ臭くなった。
これが終わったら、ジャガイモを掘って乾かす。
それが終わったら、来年の玉ねぎ用に耕して用意をする。
10月になったら、遅いジャガイモが収穫できる。
それが終わったら、耕して、来年の春キャベツの苗を植えて置く。
まだこれから夏、と言ってもいい時期だが、冬の準備が始まっている。
アリシアがせっせと玉ねぎを吊り下げていると、上の道を日傘をさして街の方から登ってきた人がいる。アリシアはエプロンで手を拭きながら、勝手口から入って手を洗って、お湯を沸かそうか考えてから…レモネードを作る支度をした。
3人分のレモネードを作って、ほんの少し塩を入れてかき混ぜていると、先生とお客さんが話している声がした。
「…そうかい?じゃあ、おじゃましようかね」
そう聞こえた。先生が外では暑いので、客間を勧めたみたいだ。アリシアがトレーにグラスを二つ乗せて運ぼうとしたときに、開け放っていた玄関から見慣れた人が入ってきた。
「アリシアちゃん、おじゃまするわよ。暑いわねぇ」
「あら、おかみさん。いらっしゃい。どうぞどうぞ」
客間の窓も開け放ってある。今日は確かに、日の当たる外よりも家の中の方が涼しい。アリシアは入ってきた村の雑貨屋さんのおかみさんに椅子を勧めると、台所からレモネードを3つ運ぶ。台所の丸椅子を運び込んで、アリシアも客間にお邪魔した。ちょうど、喉も乾いていたし、見知った顔だったから、休憩がてら。
「あーら。この部屋、模様替えしたのね。宿のばあ様がいたころはもっと荷物があったもんね。でも相変わらず見晴らしがいいわね」
風が通る部屋で、雑貨屋のおかみさんが美味しそうにレモネードを飲みながら汗をぬぐう。隣に座った先生は今日は生成りの麻の開襟シャツ風のワンピース。涼しげだ。
「街まで行ってたら、乗合馬車に乗り遅れちゃって。もうひとつ泊って来るのも嫌だったから、仕方なく歩いてきたのよ。いやー暑かったわ。この道登って来るのも久しぶりよ」
からからと笑いながら話すおかみさんの話を聞きながら、先生もレモネードを飲んでいる。
「仕入れだったんですか?」
何げなく聞いたら、ほんの一瞬間があって…おかみさんが話し始めた。
「…まあ、それもあったんだけどね。7月は従軍恩給の申請があってね。それで。うちは、ほら、嫁ぎ直しているから」
「嫁ぎ直し……?再婚、ってことですか?」
アリシアは従軍恩給と再婚の関連性がよくわからずに…つい質問をしてしまった。
「再婚ね…。そうともいうのかな。私の旦那だった人は今の雑貨屋の跡取り息子だったんだけど、一旗揚げてやる、って志願兵になってね。村からも何人か若いのが戦争に行ったのよ。もう、そうね…15年も前ね」
「……」
「そしたらうちの旦那、死んじゃってね。小さい子供が二人もいたし、店の仕事もあったし、さてどうしようか、ってことになって……二つ下の旦那の弟と結婚し直したわけ。それが今の旦那ヨ」
「あ…すみません」
「いやいや、アリシアちゃんが謝ることなんてなんもないわ。あの頃は結構あったって聞くよ。今の旦那とも上手くやってるし、子供も生まれたし。今の旦那からしたら上の二人は甥っ子になるんだけど、本当に自分の子みたいに育ててくれたしねえ」
「……」
「一年のこの時だけ…ああ、前の旦那はそう言えば死んだんだった、と思いださなくちゃいけない手続きってわけさ」
「……」
がははっといつも店で見るようにおかみさんは笑って、レモネードをお替りした。
アリシアが台所でほんのちょっと塩を入れてからくるくるとかき混ぜると、砂糖漬けの輪切りのレモンが廻りながら静かに沈んだ。
2杯目のレモネードも美味しそうに飲みほしてから、おかみさんは帰っていった。
宿に向かって下る道を、おかみさんの日傘が下っていくのを見送る。
暑い一日だった。




