第29話 麦藁帽子。
「先生、おかえりなさい」
その次の日の夕方、先生は帰宅した。
あんなに落ち込んでいたのが嘘のように…私は多分、自分に尻尾があったらちぎれるほど振っていたに違いない。後ろで見ているばあ様がニヤニヤしているので、何食わぬ顔で先生の荷物を預かった。
「うん。ただいまアリシア。ばあ様もありがとう」
いそいそと客間にお茶を出すと、先生とばあ様は並んでお茶を飲んだ。
「やっぱり、ここは落ち着くね」
珍しく先生がそんなことをつぶやくので、つい嬉しくなる。アリシアは…そうよね、そうですよね、と心の中で深く同意した。無意識に頷いていたかもしれない。なぜなら…ばあ様が笑って私を見ていたから。
「アリシアちゃんも一緒にお茶にしたら?」
ばあ様がそう言ったが、
「いえ、晩御飯の支度がありますから!今日<は>フィッシュ・パイを焼きますね!」
私がそう言うと…ばあ様がうげっという顔をした。
***
いつも通りの日々が帰ってきた。
ただそれだけだ。
水を汲みに行って、朝ご飯をたべて、畑仕事をして……お茶を飲む。
変わったことと言えば…私が先生のお土産にもらったつばの広い麦藁帽子が、玄関わきにかけてある先生の麦藁帽子の隣に掛けられていること。
青いお花と青いリボンが付いている。畑仕事にはもったいなくて被れない。
ばあ様が貰ったのは色違いで白いお花と白いリボンが付いている。
ばあ様は時折、その帽子をかぶってお茶に来る。なかなか似合う。
そうそう、先生に返してもらった私名義の通帳に年俸が振り込まれていた。
これで3回目。私のここでのお仕事は3年目に入ったわけだ。
お金がたまるのはもちろん嬉しい。でも、それよりも、もう一年はここにいていいよ、と言われた気がして……ほっとする。
「さて」
洗い終わったシーツを抱えて、先生の部屋を突っ切ってデッキに出る。
パンッ、と広げて干す。風に飛ばないようにピンチで押さえる。
今日もいいお天気だ。水平線まで見える。
アリシアはグッと一度大きな伸びをしてから、机に向かっていた先生に声を掛ける。
「先生、お茶にしましょうか?」




