第25話 レモネード。
ご婦人のワンピースがすっかり乾いた頃に、彼女の息子さんが待っている波待亭まで、アリシアがご婦人を送っていった。
「今度こちらに軍用の缶詰工場ができることになりましてね。うちの息子の商社がブリキ缶を納入する予定でして。今回は納入経路の確認のため船で参りましたの」
「まあ、そうでしたか」
「昨日、ここの港に着いて、あの高台を見たものですから。行って見たかったんです」
そう言って、静かに笑った。
いかにも商家の奥方のようなビジネスライクな話し方でそう話すご婦人は、朝霧がすっかり晴れて明るい青空を手をかざして眺めた。
道沿いに群生しているマーガレットが、まだ露を花びらに載せて、キラキラと光っていた。
***
翌日は朝からいいお天気だった。
アリシアは朝食の後片付けが終わると、山小屋の周りの草むしりを始めた。
首に手ぬぐいを巻いて、先生の麦藁帽子を借りて被った。
あまり草がぼうぼうになってしまうと、小屋が廃屋に見えそうだ。草刈り鎌で道から続く玄関前とデッキの降り口あたりをせっせと刈った。
ばあ様は先生の部屋からデッキに降りる戸口に腰を下ろして、海を眺めていた。
小一時間かがみながら草を刈ったアリシアは、ううんっ、と腰を伸ばす。
「お茶にでもしましょうか?」
ばあ様にそう声を掛けると、レモネードがいいとリクエストを頂いたので、台所に入って奥からレモンの砂糖漬けの瓶を取り出す。グラスに入れて水を足す。
「ほんの少し、塩を入れておくれ。ほんの少しだよ」
そう声がした。二つ作ったレモネードにほんの少し塩を入れてかき回す。
デッキに座ってばあ様とレモネードを飲む。ほんの少しの塩が効いて、なかなか美味しい。
「汗をかいたらね、こうして少し塩を入れるといいんだよ」
と、ばあ様が美味しそうに飲みながら教えてくれた。なるほど。
アリシアがレモネードを飲みながら、波待亭からの道を眺めていると、ばあ様が聞いてきた。
「なんだい?先生が恋しくなったのかい?」
思いもかけなかったことを言われて、ばあ様の顔を見る。にやにやと笑っている。
「いいえ、違いますよ。お天気が良くなったので昨日のご婦人が見晴らし台を見に登って来るかなあ、って思いまして」
「…ああ」
頷きながら、ばあ様が続けた。
「アリシアちゃんは、見晴らし台に行ったことあるよね?」
「ええ。もちろん。ビクター農場の行き帰りも通りますし」
「うん。そうだねえ。どう思った?」
「どう、ですか?見晴らしのいい綺麗な景色の見れる…いいところだと思います」
「そうかい、そうかい」
「でも、海がきれいに広く見えすぎて…何もかも見える気がして、実はなんだかそわそわして落ち着かないんです。柵にもたれたりすると、なんていうんですか?吸い込まれそうな…足が震えますね。私、高いところ苦手なんです。私はこの家から見た景色の方が好きですね」
「そうかい、そうかい」
ばあ様はもう一度頷いた。
「アリシアちゃんは…あの時こうしておけばよかった、とか、生まれ変わったらあそこでこう生き直そう、とか…思ったことはないかい?」
「うーーーん…」
アリシアはしばらく考えて、
「ないですね。もう一度この人生を生きたとしても、同じ選択をしていたと思いますし、それなら生き直したいとも思わないですし…それに、ここの今の生活を気に入っています」
そう答えると、ばあ様が、あははははっ、と声をあげて笑った。




