第23話 お留守番。
「アリシアちゃん、今、見晴らし台に向かった人をお茶に呼んでくれないか?」
波待亭のばあ様にそう言われて、台所でジャガイモの皮をむいていたアリシアは急いで長靴に履き替えた。6月にしては珍しく、朝から濃い霧が出ていた。外に出ると一層それを感じる。道に沿って設置された柵はかろうじて見えるが、その先に広がっているはずの岬や海は見えないほどだ。ばあ様が言った登って行った人の影も見えない。
先生がゴードンさんと珍しくお出かけした。
王都まで出かけたので、行って帰って来るだけでも1週間以上かかる。ついでに記帳と買い出しを頼んだ。
先生に出がけに意外なほどくどくどと、知らない男の人はお茶に誘うな、家にあげるなと釘を刺された。誰も私みたいな行き遅れの年増に声なんかかけませんよ?と私が笑いながら言うと、ため息までつかれて…
「とにかく、気を付けてね」
と、念を押された。
その日の午後に、波待亭のばあ様が孫に付き添われて坂道を登ってきた。
「あははははっ、先生がアリシアちゃんが一人じゃ心配だって言ってねぇ。先生が帰って来るまであたしが一緒にお留守番するように言われたのさ」
どっこいしょと客間の椅子に腰かけて、ばあ様が笑った。
子供でもあるまいし…そうは思ったが、ここに来てから一週間も一人で過ごすことはなかったので、正直、なかなかに心強かった。
先生のベッドを整えて、ばあ様に休んでもらう。かつてばあ様と先生が二人で暮らしていた頃は、今の客間がばあ様の部屋だったようだ。
料理を教わったり、昔話を聞いたりして、3日目の朝のことだった。
アリシアが急ぎ足で見晴らし台に向かっていくと、黒っぽいショールを頭からぶったご婦人が、見晴らし台に置かれたベンチに腰を下ろしていた。この霧だから、ベンチもじっとりと濡れていたが、そのご婦人は見えもしない濃霧の向こうを背筋を伸ばして真っすぐに見ていた。




