第20話 親を捨ててきた娘。
久しぶりに飲んだワインのせいだろうか。
自分を薄情な人間だと再認識したせいだろうか。
背中合わせに座った先生の目を見なくて済んだからかもしれない。
アリシアはぼそぼそと、自分のことを話しだした。
「私は東部の…山に囲まれた田舎の小さい村の領主の長女でした」
アリシアの下に生まれたのは妹だったので、当然のようにアリシアは跡取り娘として教育されてきた。8歳になったときに年が離れて弟が産まれた。私たちの家、だと思っていたところは、将来弟が継ぐ家、になった。
それでもアリシアは長子としてあてにされ続けた。アリシアが11歳の時に南部で始まったフールとの戦に、やがて父も部下を連れて参戦した。貴族は前線に立たないと聞いていたので、送り出した母もさして心配はしていないようだった。
父がいない間、領主代行としてアリシアが使用人と一緒に領主用の畑の管理も帳簿の管理もした。母は箱入りのお嬢さま育ちで手を土に付けたこともないような人だったし、跡取りの弟は幼過ぎた。
戦争が終わって父が帰ってきたが、体調を壊して寝込みがちになった。アリシアは父の看護をしながら、土地を守った。
金遣いの荒い母を制しながら、父の薬代を捻出し、税を納め…妹や弟のために家庭教師を雇った。ゆくゆく…妹の嫁入り資金や弟が学院に通う費用も必要になる。
少しでもお金をためるため、使用人を減らして、やれることは自分でやった。妹や弟の面倒も、畑仕事も家事も。父に教わりながら領地経営も。
母は不満だったようだが、母にドレスを新調するほどの余裕もなかった。
アリシアが16歳になると、親戚のおばさまから縁談が持ち込まれるようになる。その度に母は泣いて、アリシアが嫁いでしまったらうちはどうするのだと騒いだ。
20歳ぐらいまではそれでも縁談が来ていたようだ。アリシアに話が届く前に、母が断っていたらしい。病気がちの父、まだ幼い弟。涙ながらに、あの子がいなくなったら、私はどうしたらいいの?と。
2つ違いの妹は18歳で嫁に出した。8つ違いの弟は15歳から王都の学院に入れた。母は相変わらずあれが欲しいこれが欲しいと騒いでいたが、弟の学費の話をするとおとなしくなった。
弟が学院を卒業し、親戚のおばさまの口添えで嫁も貰って…18歳で爵位も継承した。父は相変わらず寝たり起きたりだったが、跡取り息子が立派に育ってほっとしている様だった。弟の結婚式は母の希望もあって、盛大なものだった。
弟が結婚してからも弟の仕事を手伝いながら、いつものように暮らしていると、母に呼ばれた。
「ねえ、アリシア。あなた、これからどうするつもりなの?いつまでここにいるの?」
そう母に問いかけられて…一瞬何を言われているのかわからなかった。
「この前、お嫁様の実家にお茶に呼ばれたでしょ?その時に言われたのよ。大きな顔をした小姑がいる家ではうちの娘も暮らしにくいだろうって。私、返事に困ってしまったわ」
「……」
「お嫁に行ってもいいのよ?でもあなたもういい年ですものね?そうだ!修道院に行く?」
なんてことなく…今日の晩御飯の献立を聞く様に…母が私に言ったのだ。
その時私は…もう27歳になっていた。
貴族の娘は遅くても21歳までには嫁に行かなければ行き遅れと揶揄されるこの国の社交界で……27歳にもなった娘に来る縁談があるとは思えない。たとえ後妻に入るとしても、持参金も用意できない。
母は…困ったわぁ、と、首を傾げた。
「それで、私はその日のうちに家を出てきたんですよ。私を貴族籍から抜く様に母に言って。…母の最後の言葉は…これでようやく私、お嫁様の実家に小言を言われないくて済むわね。でしたよ。嬉しそうでした」
「……アリシア?」
ぐいっとグラスに残ったワインを飲み干す。さすがに暖炉の前に置いたので生暖かくなってしまったが美味しいワインだ。
ワインもたらふく飲んでいたなあ…会合とかに出ておやじたちにバカにされないように。あの頃は…美味しいとか感じる暇もなかった。
「ね?先生、私は薄情な人間でしょう?」
「……え?」
先生の背中がピクリと跳ねる。
「家も母も病弱な父も……”私が”捨ててきたんですよ」
「……」
***
翌朝も先生はいつも通りだった。
薄情な私を忌み嫌うでもなく呆れるでもなく…いつも通りだった。
だから私もいつも通りの日々を送った。




