第19話 ワイン。
先生が波待亭から手伝いのお礼にもらってきたのは、牛肉のビール煮込みと赤ワイン一本だった。暖炉に火を入れて鍋ごと温めて置く。その間に、玄関先に大きなランプを吊るし、台所に戻ってジャガイモを茹でる。やはりマッシュポテトは添えたい。
もう4月だが、日が沈んでしまうとやはり暖炉なしでは肌寒い。今までよりほんの少し薄着になったからなおかもしれないが。
先生は宿でお風呂も済ませてきたようで、パジャマに着替えてカーディガンを羽織って部屋から出てきた。冬にタイツの余った毛糸で編んだ靴下を履いて、暖炉の前に陣取って、いつものように本を読み始めた。
「屋根の修理は終わったんですか?」
アリシアがジャガイモをつぶしながら聞くと、
「うん。今日は近所の男衆も手伝いに来てたから。終わったよ」
温まった牛肉の煮込みを深皿に盛り付けて、マッシュポテトを添える。せっかくなのでグラスを出して頂いてきた赤ワインも飲もう。
夕食を頂く。赤ワインもちびちび飲む。なかなかフルーティーなワインだ。
先生はお家が厳しかったのか、食事中はほとんど話さない。銀器の扱いも上品だし、グラスの傾け方まで家庭教師が言っていたとおりだ。それでも美味しそうに食べる。
食後にワインが残ったグラスを持って先生が暖炉の前に戻ったので、食器を片づけてから、私もグラスとボトルを持って背もたれに(?)もたれに行く。
背中越しに先生に、今日来たお客さんのことをかいつまんで話す。
「…どんなに似ていても私はそのアイリーンさんではないので、友達にはなれないと断ったんです」
「……」
「お茶飲みに来てくださいって言ったら、ありがとうって」
「……」
「いやあ…なんか私って薄情な人間だなあってつくづく思いました。傷ついている人を前に、口先だけでも…いいですよ、お友達になりましょうと言うべきでしたか?」
黙って私の話を聞いてくれていた先生が、ほんの少し間をおいてから言った。
「どうでしょうね。その人にとってなにが救いになるかなんて、他人にはわかりませんからね」
「……」
「アリシアがその人を本当に友達だと思った時に…あなた自身が傷つくかもしれませんしね。誰にも正解はわからないと思いますよ」
「……」
「ただね…その人が言った”ありがとう”は私は少しわかります。訪ねてきたときにあなたがここにいて、お茶を勧めてくれる。それを約束してくれただけありがたいことだと思います」
「…そういうもの…ですか?」
「はい。そういうものです」
カサッと乾いた音がして、燃え切った薪が崩れた。




