第17話 親友のお見舞いに行かなかった女性。
「アイリーン?あなたなの?」
4月になるとそろそろ畑仕事が始まる。お昼過ぎにアリシアが畑で使った鍬を片づけていると、ぶらぶらと宿からの坂道を上ってきた春らしい薄桃色のワンピースを着た女性に声を掛けられた。自分が呼ばれたのかと思って振り返ると、30がらみの女性が驚いた顔で立ち止まっていた。
「アイリーン、会いたかったわ!こんなところにいたのね?体は大丈夫?元気になったのね?」
そう言いながら今度は両手を広げて涙ながらに抱きしめられて…アリシアは現状がよくわからずに硬直した。呼びかけられた名前はよく似ていたが、どうも人違いのようだな、と、ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら頭が冷めてきた。
「奥様?どうも人違いの様ですよ?」
その女性を客間に通して、お茶を運んだ。
先生が今日は朝から波待亭の屋根の修理の手伝いに行っているので、3人掛けのソファーのいつも先生の座っている左端にアリシアが腰を下ろす。
「ごめんなさいね…私の親友のアイリーンに…あなたがとても似ていたものだから…。いつも元気で、小柄で…茶色い髪をいつもそんな風に無造作に縛って…ああ、でもあの子の瞳の色は緑だった。新緑のような緑。あなたは琥珀色ですのね」
「……」
女性が涙を拭いて、お茶のカップに口をつけた。
朝に開けておいた窓から、春先のほんのり暖かくなった風がカーテンを揺らす。
もうそろそろ、洗ってしまっておいた夏用のカーテンに替えなくちゃなあ、アリシアもお茶を飲みながらそんなことを考えていた。波の少ない穏やかな水面は、一枚の広げた光沢のある絹のようにも見える。
「ねえ、あなた、親友と呼べる方はいらっしゃる?」
ふいに聞かれた。
「…いいえ。いませんね」
幼馴染はいたが、領主の娘とは一線を引く何かがあったし。強いて言うなら2つ下の妹かな?親友、と呼ぶものではないけれど。
「私ね、学院に通っている時に南部から来ていたアイリーンと仲良くなって、いろいろな話をしました。卒業して離れ離れになっても、お手紙のやり取りをしたり、お互いの家に遊びに行ったりして家族ぐるみのお付き合いになりましたの」
「……」
「私は王都にある商家に嫁に出されて、アイリーンは南部の実家の近くの子爵家の奥方になりました。子供が産まれたらお互いに贈り物を送り合ってね…ずっとこのまま続くのかと思っていたわ」
「……」
「お手紙の返事がなかなか来なくなって……忙しいのかな、と思いながら暮らしていましたら、彼女の旦那様からお手紙が来ましてね」
「……」
「アイリーンが…肺の病にかかって…余命いくばくもなく、私に…会いたがっていると」
「……」
「私はもちろん会いに行きたいと思いましたわ!でも、主人や義母に大反対されましたの。子供がまだ小さいのに君まで肺病に掛かったらどうするんだ、って」
「……」
「主治医にも相談しました。必ずしも感染するわけではないけれど、しないわけでもない。そんな返事でした」
「……」
「結局…主人や義母や小さい子供のせいにして……私は会いに行きませんでした。私自身も怖かったんだと思います。親友なのに…彼女はいつも私に寄り添ってくれていたのに…もう彼女と会う最後のチャンスかもしれないのに。でも…行かなかったんです。それから一月もしないうちに、彼女の訃報が届きました。私は…お葬式にもいきませんでした」
「……」
「わ…私は…私は本当に会いに行きたかったのよ、アイリーン。本当に…」
「……」
女性の薄桃色のスカートにぽつりぽつりと涙のシミができる。
私は彼女の背をゆっくりと撫でた。




