第14話 霙。
昼過ぎに真っ暗になったと思ったら、ざっ、と霙交じりの雨が降り出した。風もひどい。マーガレットは暖炉の前で本を読んでいたが、カーテンを少し開けて外を見てみた。横殴りの雨がガラス窓を叩いている。夜には雪になるかもしれない。
暖炉に薪を一本足してから、ランプに火を入れる。
一日一往復だけの街からの乗合馬車は村に午後2時くらいには着く予定だが、この降り方なら遅れそうだ。
マーガレットはしばらく窓ガラスを叩く雨を眺めていたが、自室に戻ってスラックスに着替えると合羽を着こみ、フードを深くかぶった。ダイニングに戻って、暖炉に大きな丸太を一本入れる。
ぬかるんだ道を慎重に下っていくと、波待亭はいつになく賑わっていた。悪天候で北部にある主要都市に向かっていた商船がこの漁港に避難したようだ。湾になっているこの漁港は風をよけることができるので嵐の日にはたまにこんなことが起る。宿泊できる人数の倍ぐらいの男たちが食堂にあふれていた。
「おや、先生、いいところに!お茶を出すのを手伝っておくれ!」
引退したばあ様まで担ぎ出されて客にお茶を出している。食堂を覗き込んだマーガレットを見つけたばあ様に声を掛けられる。
合羽を玄関において、開き戸にしまわれている予備のエプロンを掛けると、マーガレットは慣れた手つきでトレーに載せられた紅茶を配って歩く。
台所にはもう、近所のおばちゃんたちが手伝いに入っている。働き者の孫夫婦が見えないところを見ると、客間に予備の毛布を入れているのだろう。急いで風呂を汲んでいるのかもな。
部屋の用意ができたと孫夫婦が声をかけて、客がぞろぞろと食堂から移動していく。
マーガレットはばあ様とカップを片づけてテーブルを拭いていた。
一人だけ残った40歳手前ぐらいの男がちらちらとこちらを見ている。肩先の濡れた、でもしっかりした造りの上着を着ていた。
「……あの……ディーン中佐?」
一瞬だけ…手が止まった。が、その呼び声にかぶせるようにばあ様が私を呼んだ。
「マーガレット先生!ひと段落したらわしらもお茶にしよう!」
ほっとしてばあ様のいる方に歩いていく。振り返らなかった。
「助かったよ。いきなりのお客だったからね。先生はどうしたんだい?あ、アリシアちゃんのお迎えか?街に行くって言ってたものな。この天気じゃ乗合馬車は遅れるね」
こくんと頷くと、ばあ様ががははと笑った。
「先生も随分アリシアちゃんになついたね。あたしが見つけてきた娘だけのことはある。うんうん」
私は…犬や猫じゃない。そう思ったが黙っていた。
食堂の隅に座って、ばあ様の入れてくれたお茶を飲んでいると、玄関のドアが開いた。ひょっこりとアリシアの顔がのぞいた。
「あ。先生、ただいま!ばあ様もこんばんは!」
宿の食堂にある振り子時計はもう4時を指していた。
外は風が静かになった。
「おかえり」
早めにランプが灯されたせいか、食堂が急に明るくなった気がした。




