第13話 赤い靴。
ひたすら歩いて、お昼前には街まで着いた。朝露で編み上げブーツの先が濡れてしまったが、歩いているうちに少しずつ乾きそうだ。
頭にかぶっていたスカーフを取る。お天気は良いが風はさすがに冷たい。アリシアはまず銀行に行って記帳をしてもらって、必要なだけお金を引き出した。
通帳は3冊。
アリシア、と書かれた自分名義の物。先生が年俸で振り込んでくれる給金はそこらの侍女よりいい給金だ。それを少しずつ使っている。
ミセス・マーガレット。ここには毎月、新聞社から原稿料が振り込まれている。一年に一度大きな金額が入っているのは、本の印税。この通帳から必要経費分を引き出す。
それから、やはり家名が書かれていない”ディーン”さんの分。
半年に一度その通帳を取り出すたびに、先生の本名はディーン、というのだな、と毎回思う。不思議な感じだ。その通帳には国から従軍年金が毎年振り込まれているが一度も使われた形跡はない。
いい感じの冬用のカーテンにする毛織物も買えた。畳んでぎゅうぎゅうとリュックに詰め込む。
自分の財布から先生のタイツを編む毛糸を、暖かそうな黄色と生成りの物を二色買った。
それから、紅茶の大きな缶を茶葉違いで3つ。マリネに使う香辛料を少し。
先生のインクを買いにいつも行く文具屋に顔を出すと、にっこり笑った店主が奥から大瓶を2つ出してきてくれた。それとペン先。
宿のばあ様の孫夫婦に何か買おうと店を見回していたら、店主に今流行だというガラスペンを勧められる。色がいろいろあって綺麗だ。孫夫婦の分のほかに自分の分も買った。先生も欲しがるといけないので、色違いで余分に買う。
文具店を出てから、並びにある靴屋のショーウィンドウを眺める。社交シーズンだからなのか、クリスマス用なのか、ヒールの高い真っ赤なエナメルの靴が飾られている。
(靴か…)
アリシアが眺めていると、中から靴屋の店主が出てきた。
「いかがですかな?型は少々古いですが、物は良いものですよ?サイズが小さいので貴女のような小柄な女性をお待ちしていたんです」
と。
まあ、確かに私は小柄だが、今の私にこんなヒールの高い靴を履いて行くところはない。これからの季節は、吹きさらされて凍った道を滑らないように長靴に荒縄を巻き付けて履く。そんなことも言えないので、眺めていただけですので、と丁寧に断る。
「いやあね…5年ほど前にね、若い青年に特注で、前金も頂いてこしらえたものですが、頼んだ人が取りに来ないものですから」
と、店主が困ったような顔をした。
「革もあまり置いておくと傷んでしまいますしね、今年思い切って売りに出して…頼んだ人が取りに来たらその時はまた作り直そうかと…」
「まあ…そうなんですか。どうなさったんでしょうね」
恋人への贈り物、だったのかな。
その二人は靴が出来上がる頃…何かあったのかな。
…そんなことを考えた。
早い晩御飯を食べて、宿屋のベッドに潜り込む。
立ち仕事には慣れているけれど、歩きなれない街はやはり疲れる。
アリシアは毛布を引き寄せてほどなく眠ってしまった。
夢を見た。
あの赤い靴を履いて、舞踏会でドレスの裾を翻して踊る自分の姿は、10年ほど前のまだ夢見る娘の頃の姿だった。
ひらり、ひらり…。




