第11話 出来の良い息子。
「やあ、嬢ちゃん。今朝方釣り糸を垂れていたらニシンがたんまり釣れたんだ」
荒縄に無造作に10匹ほどのニシンをぶら下げて坂道を上ってきた漁師のじいちゃん。ニカっと笑ってニシンを差し出されたので、すごく有り難く頂戴する。
「ありがとうございます!」
「寒くなったから、ニシンが戻って来とるんだわ」
マリネだな。うん。マリネにしよう。
銀色に光る大きなニシンに思わず笑みがこぼれる。
「嬢ちゃんは塩漬けニシンは苦手と聞いたからな」
「あははっ」
笑うじいちゃんの前歯が二本無いのが見える。よく日に焼けて、出来た皺の一本一本まで日に焼けている。じいちゃんの皮肉に思わず私も笑ってしまった。
去年、このじいちゃんにもらった塩漬けニシンをそのまま焼いて食卓に載せたのは私だ。塩じょっぱくて食べれたもんじゃなかった。勢いよく食べてしまったので、先生と私は水を飲み続けることになった。その後、宿のばあ様に塩抜きを習った。干したニシンの戻し方も。燻製のニシンは…私的にはあんまり好きじゃない。
台所にニシンをしまって、お茶の用意をする。
客間に入るように勧めたが、じいちゃんはデッキに回り込んだ。食後にデッキで本を読んでいた先生とお天気の話を始めたようだ。
私がお茶を持ってデッキに出ると、まだ男装していた先生と並んで座ったじいちゃんが、眩しそうに海を眺めていた。
「…なあ、先生ヨ。うちの息子は俺の子なのにすごく出来が良くてよ。ああ、今漁師やってんのは次男なんだ。俺の長男坊、な」
「……」
「勉強を習っていた村の教会で司祭さんがよ、もったいないから王都の学院に行って勉強させた方がいいと言い出して…びっくりしたなあ」
「……」
「奨学生、っていうのになって、本当に王都の学院に入っちまった。うちの村で最初の進学生さ。嬉しかったねぇ。みんなに褒められて…自慢の息子だった」
「……」
ことり、とトレーごとお茶のカップを先生とじいちゃんの間に置いて、干して置いた毛布を抱えて、先生の部屋に入る。先生のベッドを整えて、ふわりと干したての毛布をかぶせる。外は相変わらずいいお天気だ。陽の光を反射する水面を目を細めて眺める。
「…何がいけなかったのかね。学院の成績も優秀だったし、息子からの手紙はいつも勉強が楽しいと書いてあった。俺とかかあは、末は学者か役人か?なんて夢を見ていた。漁師の後を継ぐのは次男もいたし、長男坊が王都で成功したら帰らなくても仕方ないと思ってたさ」
「……」
「二年ほどして夏休みだと珍しく帰ってきた息子が、俺、漁師になってもいいなあ、ってぽつりと言った。俺は…笑い飛ばしっちまった。何言ってんだ、勉強頑張れよって」
「……」
「あいつは頑張ってたんだ。それなのにその上に頑張れよなんて言っちまった。あいつは笑ってたよ。そうだね、って」
「……」
じいちゃんが右手に持った自分の帽子をぎゅっと握りこんだ。
「あの日も11月にしてはいいお天気続きの日だった。息子が教室で死んでたって。雑貨屋のオヤジに読んでもらった手紙に……何の便りかしばらくわかんなかった。なあ、先生、息子が貴族じゃなかったからかね?勉強ができるだけじゃだめだったのかね?俺が…がんばれ、って言ったからかね?」
「……」
どんどんと丸まっていくじいちゃんの背中。
私はそっと廊下に出た。
外が眩しかった分、廊下は真っ暗に見えた。




