第24話 冬の祭典――竜灯祭
セント・マタル竜騎士養成学校での一年目、十二月に差し掛かった。
「――ひゃあ~、寒い!」
寮のベッドから起き上がったカッツは、部屋の冷え切った空気にブルルッと震える。
ベッドの脇に置いてあるスリッパに足を入れ、窓のカーテンを開けると、目の前の光景に目を輝かせた。
「ね、レヴィ、見て。雪!」
一夜にして降り積もった、一面の銀世界。
レヴィはくあぁ、とあくびをして、カッツほどの興味は示さない。
「人間というのは、雪が積もった程度でそこまで大げさに喜ぶものなのか」
「だって、綺麗じゃない。外に出ず、家の中から見る分には好きだよ」
もちろん、カッツも寒いのは得意ではない。
だが、雪が降るのは『桜の国』では冬の間だけ。
期間限定のものは楽しまなければ損だ。
「それに、誰の足跡もついてない雪ってレヴィみたい」
「ほう」
レヴィは寝起きの細めた目でカッツを見やる。
「つまり、俺のことをそんなに美しいと思っているわけか。常日頃から」
なにか恥ずかしいことを言った気がして、カッツはそれ以上なにも言わなかった。
「そろそろ竜灯祭の時期ですね」
一階の食堂に降りて、いつも通りトールやニーズと一緒に朝食を取る。
トールの言葉に、カッツは「ああ、もうそんな時期かあ」とフォークを持つ手を止めた。
「竜灯祭、好き。美味しいもの、いっぱい出る」
「ニーズホッグ、お前は常に食べ物のことしか頭にないな」
今更なことを言いながら、レヴィは呆れたように小さくため息をつく。
「レヴィアタン、食べ物無しで生きていける?」
「一年くらいなら……いや、まあ、そうだな。食べ物は大事だ」
レヴィは折れたようで、ニーズの言い分を認めた。
ちなみに竜灯祭とは、「冬の寒さから世界を守るために、竜が火を灯した日」という伝説に基づいて作られたお祭りである。
「僕とニーズは屋台を周る予定ですけど、カッツさんやレヴィアタンさんはどうします?」
「屋台、いいね。僕達も行こうよ、レヴィ」
「構わんが……その屋台というのは何があるのだ?」
レヴィはあまり買い食いをする習慣がないらしく、トールが取り出した竜灯祭のパンフレットをじっと見つめた。
「わりと何でもあるんじゃないですかね。おでんとか、たこ焼き、たい焼き、焼きそば、ラーメン屋もあるみたいですよ」
「今年こそ、全制覇する」
ニーズがふんす、と気合を入れるが、「制覇するつもりなら自分の財布で買えよ」とトールに言われて、ちょっとしょぼんとしている。彼は普段から食べ物を大量に買ってしまうため、懐が寂しい。
「屋台というのは食べ物しかないのか?」
「いや、そんなことないよ。色んなお店が出展してて、アクセサリーとか手作りの小物とか、店によっては似顔絵を描いてくれたり、曲芸師が大道芸を披露したりするんだ。楽しいよ」
カッツがウキウキとした声色でレヴィを誘った。
「まあ、そこまで言うならやぶさかではないが」
「やった! じゃあ、夕方頃に行こう。竜灯祭は日が暮れてからが本番なんだよ!」
ガッツポーズをするカッツに、「『桜の国』の連中は、祭り好きとは聞くが……」と少し呆れたような笑みを浮かべている。
「まあ、いい。それでは、夕刻まではトレーニングで構わんな?」
「えーっ!? 冬休みなんだから少しは休もうよー!」
「たわけ、身体がなまったらどうする。休み明けに肥え太った醜態を晒す気か?」
カッツとレヴィのやり取りを聞きながら、トールは「仲が良いですね」と微苦笑を浮かべた。
ニーズは相変わらず感情の見えない顔で、目玉焼きをもぐもぐと食べるのみである。
夕暮れ、四人は寮の入り口で待ち合わせて、全員で竜灯祭の会場へ向かった。
「わぁ、綺麗だなあ……」
カッツは感嘆の息をつく。
積もった雪は、夜になると青い色に見える。
そこに、ランタンに灯された火がオレンジの光を放ち、幻想的な光景が広がっていた。
ちなみに、ランタンはドラゴンの形をしているのが竜灯祭のしきたりである。
ランタンの火に照らされた屋台の看板。
ジュー、と音を立てて焼き上がる食べ物の数々に、ニーズの目が爛々と輝いた。
「屋台、何から食べようか?」
「何から食べてもいい。最終的に全部食べるから」
「だから、僕の財布を頼ろうとするなよ」
トールに怒られてもなんのその、ニーズは彼を引っ張っていく。
カッツとレヴィも屋台の食べ物を買おうと、ラインナップを確認した。
「レヴィって、好きな食べ物とかある?」
「そこまで頓着はないな。好き嫌いはない。なんなら、骨まで噛み砕くぞ?」
レヴィが歯をむき出してニヤリと笑う。
「骨かあ。僕も、ちょうどガッツリした肉系食べたかったんだよね。フライドチキンにしようかな」
カッツは特に意に介した様子もなく、鶏肉の香りがする屋台に並んだ。
フライドチキンを食べたあとは、広場に戻るが、トールとニーズが戻ってくる気配はない。
「はぐれちゃったかな」
「大方、予想はついていたがな……。あのニーズホッグのことだ。それに、はぐれたときの対策もしてあるだろう?」
トールと話し合い、はぐれたときの集合場所は決めてある。
彼のニーズに対する理解力は大したものだ。
「では、俺達も自由行動としよう。アクセサリーショップに興味がある」
「え、レヴィって装飾品とか好きなの? 初耳」
「フン。人間がどういったものを作るか見てやるというだけの話だ」
アクセサリーの屋台は、手作り感溢れるビーズのブレスレットから、レザークラフトの本格的な革製品など様々だ。
カッツとレヴィは、2人で色々眺めたり、試着するなどそれなりに楽しんでいる。
「カッツ」
「ん?」
レヴィは、カッツの左手を取り、指輪を嵌めた。
「うむ、ぴったりだな。これを買おう」
「指輪なんて買ってどうするのさ」
「マーキングだ」
「??」
代金を支払い、店をあとにする。
「その指輪、外すことは許さん。死ぬまでつけていろ」
「なにそれ、呪いの装備!? お風呂とか外さないと錆びない!?」
「……ふむ。錆びるのは困るな」
途中、大道芸人のショーを見ながら、再び広場に戻った。
既に待ち合わせ場所に戻っていたトールは、カッツの左手の指輪を見て、全てを察したのである。




