団長
「今なんとおっしゃいましたか。殿下」
暫くして団長会議から戻ってきたヘデラが所属している隊の団長はエリカを視界に入れるなり、血色のいい顔が青くなり、慌てて傍に駆け寄ってきた。
顔は傷だらけで、傭兵と間違われそうな凶悪な顔していたが、団長という座についているだけあって教養はしっかりと身についていた。
だが、エリカがヘデラを専属騎士にしたいと言うと、困惑したように慌てふためいた。
当然だ。
悪名高い第二皇女の専属騎士になればどうなるかくらい知らないはずがない。
つい最近、騎士と侍女たちは処刑され、マルベリーは拷問を受けた。
自分の隊から不幸な未来が確定しているような場所に送り出したいと思うものはいないだろう。
それでも団長としての威厳を保ったままなの姿勢を貫くのはさすがとしか言いようがなかった。
「そう警戒しないで。ずっとヘデラ卿を専属騎士にするわけではないから」
団長の警戒を解くために、エリカは穏やかな口調で諭すように話す。
「と言いますと」
「マルベリーが戻ってくるまでの間だけ、私を守って欲しいのです」
マルベリーがひどい拷問を受けたのは皇宮で働いているものなら誰でも知っている。
「……わかりました。そういうことでしたら、ヘデラは適任でしょう。剣の腕は我々団長に匹敵するくらいですから」
身分が平民でさえなければ、団長になることだってできた。
だが、そんなことを皇帝が許すはずがない。
いや、正確に言えば皇后が許すはずがなかった。
団長は最初エリカ自分たちの訓練場にいるのを見たときは疲れすぎて幻覚でも見ているのかと思った。
皇后の娘だと思えないほど、彼女は自分たちに対して近衛隊の騎士として接してくれた。
それが不思議で、同じくらい恐ろしかった。
「では、今から彼を借りてもよろしいかしら?」
「もちろんでございます」
「そう」
エリカはそう言った後、団長からヘデラに視線を向ける。
「ヘデラ卿。今日から少しの間、よろしくね」
「はい。誠心誠意をもって殿下にお仕えさせていただきます」
マルベリーと比べると不格好な礼だが、エリカは妙にこの美しくない礼が気に入った。
「では、行きましょうか」
エリカは妖しく微笑み、歩き出した。
ヘデラもエリカの護衛をするため一定の距離を保ったまま後ろを歩いた。
二人が訓練所から出ると、すぐに使用人たちの目に留まった。
彼らはエリカを見るなり、慌てて頭を下げる。
その目には恐怖と隠し切れない好奇心を宿して。
その後すぐに、第二皇女が新たな専属騎士を選定したことはすぐに皇宮にいる者全員に知れ渡った。
マルベリーの後任に選ばれたのが、平民上がりの騎士であるということも、当然知れ渡った。
ただ一人、部屋で泣き続けていたロベリア以外のもの全員に。
一番最初にその噂に反応したのは、皇后だった。
エリカの七歳年下の弟、シラーを産んだ後は一度も会いに来なかった母親が部屋に突撃しに来るほどの衝撃的な出来事だったのだろう。
呑気に部屋の主の許可もなく入ってきた実の母親をエリカは紅茶を飲みながら冷めた目で見た。
「あら、これは皇后陛下ではありませんか。私が実の娘とはいえ、許可も取らずにはいるなんて国母とは思えない品のない行いですね」
エリカは穏やかにほほ笑みながら、母親の出自を皮肉る。
だが、カルミアは表情を変えることなくほほ笑んだ。
さすが皇帝の心を掴み、未だに自分にだけ向けさせるだけの人間だとエリカは感心した。
「そうね」
カルミアは自分の非を認める発言をしながら、謝罪を口にすることは決してなかった。
ただ優雅にほほ笑み続けた。
エリカも同じように穏やかな笑みを浮かべ続けた。
どちらも口を開くことはなく、重い空気が流れ続けた。
先に口を開いたのはカルミアだった。
わざとらしく困ったようにため息を吐き、自分の寛大な心に酔いしれている口調で話し始めた。
「可愛い私の娘のエリカ」
カルミアは隣に座ると優しい手つきでエリカの髪を撫でた。
母親というより女を全面的にだした話し方や雰囲気を醸し出すカルミアにエリカは全身に鳥肌が立ち、できることならこの女の顔に胃から湧き上がってくるものを吐き出してやりたいと思った。
「今、皇宮で信じられない噂が流れているの」
エリカはその言葉に反応せず、人形のように座ったままでいる。
「あなたがマルベリーから平民上がりの騎士を専属騎士にかえったって」
優しく撫でていた手が、突然爪を立てた。
エリカは突然襲われた痛みにも無反応だった。
この程度の痛みはエリカにとっては痛みですらなかった。
「本当かしら」
「ええ。本当ですよ」
エリカは満面の笑みをカルミアに向け、その後にこう続けた。
「お母様がしているようなことはしませんのでご安心ください」




