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9話 原生龍

 星火(ステアフレア)と格闘した翌朝。

 昨夜の騒動などなかったかのように、家の中は優雅な雰囲気で包まれていた。

 紅茶の湯気が立つ中、ニコラとメルが談笑している。

 最近、よく来るな。この小娘は。

 まぁ今日はまたたびを持参したから許してやろう。

 メルが何気なく昨夜捕まえた星火(ステアフレア)の話をすると、ニコラが目を見開いて固まる。

「……え?」

 次の瞬間、椅子を鳴らして身を乗り出してきた。

「…… 星火(ステアフレア)ですか?幻の素材で、難易度は特級。いえ神話級じゃないですか!」

 やけに仰々しい言い方だ。

「すごいのか?」

 私がまたたびから顔を上げて、クッションの上で首を傾げると、ニコラは勢いよく頷いた。

「すごいなんてものじゃありません! あれを安定して誘導できる魔法陣を作れる人自体、都には存在しないはずです。捕まえるのなんて、絶対に無理です」

「捕まえたのは、私だかな」

 ちらりとメルを見る。

 彼女は紅茶を飲みながら、少し気まずそうに微笑んでいた。

「おそらく街で売れば、一生安泰ですよ」

「そんなことはしませんけどね」

 即答だった。

 メルは迷いもなく、あっさりと言い切る。

 一生安泰、か。

 またたび、何個分だろうな。あとでゆすってやろう。


「そういえばニコラは今日どうしてここに?」

「あ、そうでした」

 メルが訊ねると、ニコラが珍しく硬い表情で切り出した。

「原生龍がいるらしいです。この森に」

 その言葉に、空気が一段冷えた気がした。

 メルは瞬きをひとつしてから、ゆっくりと表情を引き締める。

「……原生、龍」

 復唱する声は低く、軽い冗談を許さない響きだった。

 ニコラは小さく頷き、続ける。

「ええ。そこらで遭遇するワイバーンや契約竜とは違います。魔法体系が整う以前から存在している、いわば自然災害みたいな個体です」

 言葉を選びながらも、その説明は教科書のようだった。実際に教科書でしか、その存在を知らないのだろう。

 私は鼻を鳴らす。

「厄介なのが来たな。気まぐれに動くだけで、森の生態系が壊れる」

 原生龍は縄張りも理屈も曖昧だ。眠っている間は山の一部のように静かだが、目覚めれば周囲一帯が巻き添えを食う。まさに災害そのものだ。

 メルは腕を組み、視線を窓の外、闇に沈む森へと向けた。

「つまり、国の対応としては、討伐対象というよりは……」

「封じるか、追い払うか、やり過ごすか、ですね」

 ニコラが言葉を継ぐと、少し苦そうに笑った。

「すでに部隊が動いているそうです。それに懸賞金も出るそうで、私設の討伐隊も動いているとか」

「おぉ、金になるのか。それならさっさと倒して来い」

 私が手をこまねくと、ニコラは難しい顔をする。

「ただ原生龍は通常の探知魔法に引っかかりにくくて」

「でしょうね。ああいうのは、魔力が強大すぎますから」


 私は窓越しに森を眺める。妙に騒がしい気がしたのは、そういう事情か。

 風の流れが荒れ、鳥も獣も落ち着きがない。嫌な予感しかしない空気だ。

「しかし、なぜわざわざ国が探すんです?放っておけばいいのではありませんか」

 メルの問いに、ニコラは淡々と応えた。

「周辺の村の農作物や家畜を荒らしているそうです。もう都の生活にも影響が出ているみたいで」

「うーん、彼らの生活はともかく討伐隊にこの家を見つけられるのが、心配ですね」

 メルはそう言って、窓の外ではなく家の中。壁や梁、魔法具の配置を一つひとつ確かめるように見回した。

 原生龍の名を聞いた直後とは思えないほど、視線は現実的で、冷静だ。

「やはりお前はその心配か」

 私は呆れ混じりに呟き、尻尾を床に軽く打ちつけた。

 メルは肩をすくめ、困ったように笑う。

「だって、ここが見つかったら色々と面倒じゃないですか。どうせ追いかけ回されますよ。調査だ、保護だ、説明だって……」

 言葉の端々に、本音がにじんでいる。

 分かっていたことだが、肝の据わり方が違う。

 原生龍森を荒らす災厄の象徴など、彼女にとっては優先順位の外なのだ。


 私は尻尾をぴんと立て、床に伏せたまま顔だけを上げた。

「だったら、先に見つけるしかないだろう。原生龍とやらを」

 低く言い切ると、部屋の空気がきゅっと引き締まる。

 ニコラがはっと息を呑み、勢いよく顔を上げた。

「は、はい。見つかる前に、ですね」

 その声には迷いがなかった。

 ぐっと拳を握りしめ、ニコラは自分を奮い立たせるように立ち上がる。

 メルもまた、無言でローブを手に取った。羽織りながら肩口を整え、フードを軽く被る。

 その仕草は慣れていて、まるで散歩にでも出るかのようだ。

 原生龍討伐などという言葉の重さが、どこか置き去りにされている。

「じゃあ、行きましょうか」

 そう言って、彼女は迷いなく家の扉へと向かった。その途中で、私の視界がふわりと浮く。

「おい」

 気づいた時には、私はすでにメルの腕の中だった。

 脇に抱えられ、前足が宙にぶら下がる、完全な運搬体勢である。

「なんで私まで連行されている」

「だって、来るでしょう?」

「勝手に決めるな」

 原生龍なんていう危険な存在を相手にするわけがないだろう。

 文句を言いながら、私は必死に腕の中でもがく。

「危ないに決まっている。絶対に家にいるからな」

「もし原生龍が家に来たら、助けられないですよ?」

 それに、とメルは続ける。

「すぐに原生龍が見つからなければ、何日も家を空けることになるかもしれません」

 その合間からこちらをちらりと窺う視線が見えた。

「置いていく、という選択肢もありますよ? もちろん」

「言ってることと顔が一致してないぞ」

 私が即座に突っ込むと、メルは肩をすくめて曖昧に笑った。

「だって何かあったら困るじゃないですか。原生龍相手ですよ?」

 メルは少し声を落とし、前を向いたまま続ける。

 ずるい言い方だ。理屈を並べながら、最後に感情を差し込んでくる。

 私は鼻を鳴らし、視線を逸らした。

「……分かった分かった。ついて行けばいいんだろう」

 すると、メルは待っていましたと言わんばかりに、少しだけ表情を緩める。

「大丈夫です。守ってあげますから」

「はっ。冗談じゃない」

 私は一蹴すると同時に、彼女の腕をするりと抜けた。

 ふわりと地面に着地し、ローブの裾を踏まないよう距離を取りながら歩き出す。

「守るのは私だ。勘違いするな」

「あら、頼もしいですね」

「調子に乗るな」

 そのやり取りを一歩後ろで見ていたニコラが、思わずといった様子で苦笑した。

 張り詰めた空気を和らげるように、しかし口は挟まず、肩をすくめるだけだ。


 やがて私たち三人は家を出て、森へと足を踏み入れた。

 外はまだ昼。木々の隙間から差し込む光は明るく、葉擦れの音に混じって鳥のさえずりが聞こえる。不穏さとは正反対の、のどかな森の顔だった。

 私は歩きながら周囲に意識を広げる。

 原生龍。そんなものが本当に、この穏やかな森に潜んでいるのか。

 気配ひとつ掴めない現状では、疑念の方が先に立つ。

「……原生龍なんて、そう簡単に見つかるものなのか?」

 低く問いかけると、メルは少し困ったように眉を下げた。

 ローブの胸元を押さえ、歩調を緩めながら答える。

「正直に言えば、簡単ではありませんね」

「だろうな」

 ニコラも前方を見据えたまま、小さく頷く。

「当てはあるのか?」

 私の問いに、メルは一瞬言葉を選ぶように視線を泳がせた。

「いえ先ほど話した通りです。原生龍は探知魔法には引っかからないので」

「つまり?」

「しらみつぶし、ですね……」

 語尾がわずかに弱まる。

 彼女自身も、その非効率さを理解しているのだろう。本当に一日では終わらなさそうだ。


「そんな悠長な姿勢で望んでいられるか。こっちはわざわざ外に出てきてやっているんだぞ」

 私は苛立ちを隠しきれず、地面を強く踏み鳴らした。

 乾いた音が土の上で弾け、足元の落ち葉が小さく跳ねる。

「さっさと作戦を考えろ。魔法しかできない阿呆が二人もいるんだぞ」

 わざと棘のある言い方をするが、メルは困ったように頬を膨れさせただけだった。

「うーん……そうですね。確かに、このまま歩き回るだけでは効率が悪いです」

 ローブの袖口をつまみ、思案する仕草。

 彼女の視線が地面を彷徨う間、ニコラは一歩前に出た。

「……ひとつ、危険ですが方法はありますよ」

 そう前置きしてから、ニコラは静かに指を一本立てる。

 私はその指先を見上げ、目を細める。

「ほう? 危険、だと?」

 メルも思わず姿勢を正し、ニコラの言葉を待つ。

 

「星火を使うんです」

 そう言って、ニコラは背負っていた鞄を前に回し、慣れた手つきで留め具を外した。

 中から取り出したのは、使い込まれた革表紙の手帳だ。角は丸く、背は何度も開かれた跡で柔らかくなっている。

 彼女はそれをぱらぱらとめくり、目的のページで指を止めた。

 すると開かれた頁から、赤い炎のような文字がふわりと浮かび上がる。

 文字は燃えているのに煙は出ず、熱も感じない。ただ、淡く脈打つ光だけを伴って、空中に線を引き始めた。

 円、符号、交差する軌跡。

 星を模した刻印を核に、複雑な魔法式が宙に描かれていく。

「これが、現代に伝わる星火の活用方法の一例です」

 ニコラの声は落ち着いているが、その指先はわずかに緊張しているように見えた。

「ほえー……」

 メルの間の抜けた声が聞こえてきた。

 魔法式そのものより、ページから文字が飛び出してくるその手帳の仕組みに、目が釘付けになっているのだろう。

「……お前、その反応は違うだろう」

「いえ、だってすごくないですか? 自動展開式ですよ」

「最近の都の流行りですよ」

 ニコラは少し誇らしげに、手帳をくいっと持ち上げた。

「それはともかく、こちらが本題です」

 彼女は指先で魔法式の一部をなぞり、別の術式を呼び出す。

 炎の文字が組み替わり、今度は矢印のような紋様を帯びて収束していった。

星路追標(アストラ・シーカー)星火(ステアフレア)に痕跡を追う性質を持たせた、いわば追跡弾です」

 赤い光が、獲物を求めるかのように微かに震える。

 私は尻尾をゆっくりと揺らしながら、その魔法式を睨みつけた。

「……なるほどな」

 あの星火(ステアフレア)の速度と誘導される特性を使って、原生龍を探すわけか。


「それで、これの何が危険なんだ」

 私は宙に浮かぶ赤い魔法式から視線を外さずに問いかけた。

 ニコラは一拍置いてから、指を折る。

「ターゲットを選べないことです」

「選べない?」

 ニコラは空中の魔法式を軽くなぞる。

 すると赤い光が一瞬強まり、矢印状の紋様が不規則に揺れた。

星路追標(アストラ・シーカー)は、周囲の強い魔力に引き寄せられる性質を持っています。原生龍に向かう保証は、ありません」

 森の奥を思い浮かべる。

 強い魔力を持つ存在など、心当たりはいくつもあった。

「なるほどな」

 低く呟くと、ニコラは小さく頷いた。

「その確率を上げるために、星路追標(アストラ・シーカー)を発動の瞬間、生命魔法で私たち自身の魔力を極限まで小さく見せる必要があります」

 私は反射的に、メルへと視線を向けた。

「……なるほど。メル、大丈夫か?」

 生命魔法。

 それは彼女が不得手とする分野だ。回復や補助はこなせても、精密な制御を要求される術式となると話は別になる。

 だが、メルは一瞬も迷わなかった。

「ええ、もちろん」

 にこりと微笑み、胸の前で手を軽く握る。


「星火を消費してしまいますが、いいですか」

 念を押すように訊ねるニコラに、メルは一拍も置かず頷いた。

「ええ、いいですよ」

 あまりにも軽い返事だった。私が何か言う前に、メルはもう腰のポーチに手を伸ばしている。

 指先で栓を外すと、瓶の中から橙色の光がふわりと溢れた。

 夜でもないのに、星火(ステアフレア)は小さな恒星のように脈打ち、空気を熱で歪ませる。

 ニコラが素早く手帳を開いた。

 紙面から浮かび上がる赤い魔法文字が、星火を包み込むように絡みつき、複雑な軌跡を描く。

 刻印が完了して星火(ステアフレア)は形を変えた。

 矢のように細く引き絞られ、先端に指向性を宿した星路追標アストラ・シーカーがためらいなく放たれた。迷いも、逡巡もない。

 私たちの存在など、最初から視界に入っていないかのように、森の奥へと突き進んでいく。


「……完全に無視されたな」

「成功ですね」

 ニコラが短く言う。

「走りますよ!」

 言うが早いか、彼女は地面を蹴った。メルもローブの裾を押さえながら後に続く。

 仕方なく、私も走り出した。枝を跳ね、根を踏み越え、下草を蹴る。

 残光が、木々の間を縫うように前方で瞬いている。

 見失ったら終わりだ。私はメルを追い越し、さらに加速する。

「はぁ……はぁ……走るのは、苦手です……!」

 背後から、情けない声が飛んできた。

「置いていくぞ」

 振り返らずに言い放つと、メルはむっとした声を上げる。

「ひどい……!」

 だが、速度を落とすつもりはなかった。

 星路追標アストラ・シーカーの速さは、瓶の蓋を開けた瞬間とは比べものにならない。

 まるで獲物を見つけたと主張するかのような、異常な加速だ。

 森の中を一直線に切り裂き、木々の影を引きちぎるように進んでいく。

 そして前方の光が、ふっと減速した。

 揺れ、旋回し、やがてある一点で、止まったように見えた。私は足を止め、前方を睨む。

「……どうやら、当たりを引いたらしいな」

 森の空気が、わずかに変わった気がした。


 そのときだった。

 森の奥から、腹の底を震わせるような低い唸り声が響いた。

 空気が一変する。風が止み、鳥の気配が消え、木々が息を潜めた。

「……来たな」

 姿を現したのは、原生龍だった。

 巨大だ。全身を覆う鱗はまるで鍛え抜かれた鎧のようで、鈍い光を放っている。

 星路追標アストラ・シーカーが原生龍の周りをうろちょろしていたが、すぐに翼で叩きつけられた。地を掴む爪は岩をも砕き、覗く牙は剣よりも鋭い。

 こちらを見下ろすその眼差しだけで、神話の挿絵がそのまま歩き出したかのようだった。

 ニコラは先手必勝と言わんばかりに、反射的に杖を振る。

紅蓮噴(バーンフレア)!」

 ニコラの杖先から放たれた炎は、深紅に染まり、唸りを上げながら一直線に走った。空気を焼き、周囲の葉を瞬時に炭へと変えるほどの勢いだ。

 だが原生龍の前では、それですら軽い。

 巨体がわずかに息を吐く。

 次の瞬間、対抗するように吐き出された灼熱が、別の色を帯びた炎となって押し返した。

 炎と炎が触れ合った刹那、激突するはずの熱量は、まるで霧が朝日に溶けるように、音もなく削がれていく。紅い炎は輪郭を失い、揺らぎ、やがて空中で消えた。

 焦げた匂いだけが、遅れて鼻を刺す。

 私は一歩踏み出すと、反射的にニコラの肩を掴み、そのまま地面へ押し倒した。

抵抗する間も与えず、転がるようにして太い木の幹の陰へと滑り込ませる。

「伏せろ、ノロマめ」

 低く、短く告げる。

 直後、空気が震え、熱を孕んだ圧が森を叩いた。爆風が枝葉を薙ぎ、幹の向こう側で轟音が弾ける。

 私は背中で衝撃を受け止めながらも、視線だけは逸らさなかった。立ち上がり、砂埃の向こうにいる原生龍を真っ直ぐに見据える。

「悪くはないが押し込むには、力不足だな」

「……最大出力だったんですけどね」

 ニコラが歯を噛みしめる。それでも原生龍の攻撃を相殺できるだけでも充分すぎる火力だ。

 やはりこの前倒したワイバーンとは、まるで別物だな。

「魔力量が、桁違いですね」

 遅れてきたメルが、原生龍を見据える。

「やれやれ。昼寝の延長で来るような相手じゃないな」

 私は小さく息を吐き、不満を漏らすように尻尾を一度だけ地面に打ちつける。


「ど、どうしましょうか」

「慌てなくていいわ、ニコラ」

 まるで散歩中に犬を諭すような声色だ。

「鱗の隙間、胸の付け根。そこだけは防御が薄い。直接攻撃は通らないから、押さえ込んで削るの」

「……はい!」

 相手は神話級だが、メルがいるとまるで焦る必要がない。

「いきますよ」

「はいっ」

 ニコラは即座に反応する。風と土の複合魔法。

 圧縮された竜巻が渦を作り、鱗の隙間へ叩き込まれた。

 原生龍が怒りの咆哮を上げ、尾を振るう。地面が抉れ、木々が薙ぎ倒される。

「おいおい、暴れさせるなよ」

 私は後退しながら呟く。メルはさらに一手加える。

「拘束、重ねるわよ」

 水の魔法陣が絡み合い、龍の四肢を縛る。完全ではないが、動きを制限するには十分だ。

「ニコラ、出力を欲張らないで。倒すんじゃない、追い詰めるの」

「……分かりました!」

 連携は見事だった。拘束、撹乱。一撃必殺ではなく、確実に体力と魔力を削っていく。

 やがて、原生龍の動きが明らかに鈍る。

 巨体を支えていた脚がわずかに震え、踏みしめるたびに地面が鈍く沈む。呼吸も荒く、赤熱していた鱗の隙間の光が、徐々に弱まっていく。

 原生龍は、こちらを恨めしそうに睨みつけた。

 その視線には、なお消えきらぬ威圧と、追い詰められた獣の焦りが混じっている。

 最後の力を振り絞るように、原生龍は大きく口を開いた。

 喉奥が白く灼け、次の瞬間、轟音とともに炎が吐き出される。


 だがその光景を前にしても、メルは一歩も引かなかった。

 むしろ、余裕すら感じさせる穏やかな表情で、静かに言い切る。

「ここまでね」

 彼女が杖を掲げると、澄んだ魔力の奔流が空気を震わせた。

 放たれた火魔法は、白く、光のようだった。荒れ狂う炎を正面から飲み込み、押し返す。

 赤と白が溶け合い、やがて一つの巨大な火塊となる。

 原生龍の炎は完全に制され、そのまま身体ごと覆い尽くされた。

 原生龍は大きく身体を揺らした。

 地鳴りのような音を立てて膝を折り、最後に低く唸り声を漏らすと、ついに地に伏した。

 森に残ったのは、熱の余韻と、静寂だけだった。

 終わった、らしい。


「派手にやらなくて助かったわ」

 メルはそう言いながら、ローブの裾についた土埃を軽く払った。高火力で押し通す自信があったのだろう。

 十分すぎるほど派手だったと思うが、まあいい。

「目立つのは嫌ですからね」

 メルは何でもないことのように言う。

 その言葉に、ニコラが原生龍の巨体と、周囲の焼け焦げた地面を交互に見て、ためらいがちに口を開いた。

「じゃあ、この原生龍は、どうするんですか?」

「あなたが倒したことにしましょう」

「えっ」

 間の抜けた声を上げたのは、言われた本人だった。メルは振り返りもせず、あっさりと言い切る。

「転送と浮遊魔法で運べるでしょう? 『討伐しました』って言えば、あなたの実力なら信じてもらえるわ」

 あまりに当然のような口調に、ニコラは一瞬言葉を失った。

 だが、すぐに小さく息を吸い込み、表情を引き締める。

「……はい。やってみます」

 師の存在を伏せるためなら、その程度の手回しは受け入れてくれるのだろう。

 ニコラは杖を構え、原生龍の周囲に慎重に魔力を巡らせていく。地面に淡い光の輪が浮かび、転送魔法の準備が整えられていく。

「それじゃあ、あとはよろしくね」

 メルは軽く手を振るだけだ。

「原生龍を倒しておいて、それでも名を上げる気がないとは徹底していますね」

 ニコラが半分呆れ、半分感心したように呟く。

「それがメルなんだ」

 私は短く答え、思わず大きなあくびを漏らした。

 やれやれだ。

 結局私が来た意味はなかったな。メルのあとについていく。

 後始末は若いのに任せて、私もさっさと帰って寝るとしよう。

 今日も、平穏な昼寝の時間が待っている。

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