17話 国の境
秋の精霊との下らない闘争も終わり、森は静かに冬支度を始めていた。
窓の外では、赤や金に燃えていた木々が、日に日に色を失っていく。
風が吹くたびに枯れ葉が舞い、枝は少しずつ細く、寂しくなっていた。
魔獣たちの気配も薄れ、森は長い眠りにつく前みたいに静まり返っている。
まぁ、それはそれで構わない。
景色がつまらなくなること自体は、別に問題じゃなかった。私は景色を楽しむことに苦労しない。
問題は別にある。この窓際が、じきに耐え難いほど寒くなることだ。
それだけは対策しなければならない。
お気に入りのクッションは、冬になると頼りない。使い込んでいるから、綿はへたれて保温性能は皆無だ。
窓の隙間から冷気が容赦なく入り込み、私の安眠を妨害してくるのだ。
「むぅ、これ以上寒くなるなんて由々しき事態だ」
考えるだけでも、頭が痛くなる。
私はクッションの上で丸くなりながら、深刻な顔で呟く。
すると、机に向かって魔導書を読んでいたメルが、くすりと笑った。
「まだ冬じゃないですよ?」
「甘いな、メル。冬は突然やって来るんだ」
「そんな災害みたいに言わなくても……」
私はふんっ、と鼻を鳴らす。
あんなものは災害と同等だ。屈強な魔獣の中にも、冬籠りするやつは少なくない。
「雪の中を何食わぬ顔をして歩ける魔女にはこの苦労は分かるまい」
古来より魔女は冬眠した魔獣や冬籠りしたドラゴンの狩りをしていたため、寒さにはめっぽう強い。メルももちろんそうだ。
そんなやつに何を言われても、耳を傾ける気にならない。
メルがまた読書に意識を向けたのを見て、私は不満げに尻尾を揺らした。
夏の時と反対に、今度は暖かい石板でも作ってもらおうか。
そうなったらまたあの洞窟に行く必要があるのか。面倒だな。
そんなことを考えているときだった。
「師匠、お久しぶりです」
声とともに、勢いよく扉が開いた。
冷たい外気が流れ込み、その中心で小さな影が淡い碧色の髪を揺らしている。
メルの弟子兼マタタビ運び係のニコラだった。
両腕には、身体が覆い隠れるほど大きな革袋。どうやらそれは重いらしく肩で息をしている。
マタタビにしては量が多いな。
「はぁっ、はぁ……っ。やっと着きました……」
「あら、ニコラ、どうしたの?」
「頼まれてた周辺国の地図と歴史書、持ってきました!」
「あぁ、こんなにあったのね」
ニコラは半泣きみたいな顔で革袋を床に下ろした。
どさり、と重たい音が響く。
中には古びた羊皮紙、何冊もの分厚い書物、そして丁寧に丸められた地図がぎっしり詰め込まれていた。
「助かるわ、ニコラ。街まで降りるの、面倒だったもの」
それにしてもこの量は酷だな。私はクッションの上で半眼になる。弟子の扱いが雑過ぎるだろう。
「お前、よくこんなの持って来たな」
さすがの私もニコラに同情する。
「うぅ……途中で三回くらい投げ捨てたくなりました……」
「魔法を使えば良かっただろう?」
ニコラは高度な転送魔法を使えたはずだ。
「それも考えたんですが、街で妙な噂を聞きまして」
神妙に話し出すニコラに、私たちは耳を傾ける。
「国衛軍がこの森で靈魔猫を見たとか。伝説上の動物なので、本気にはしませんでしたが、念のため魔力を温存しようと思いまして」
私は反射的に視線を伏せた。
だがニコラは私の動きに気づかない。
そういえばこいつには、私の正体を見られていなかったな。
どこぞの鳥に攫われかけたときは、浮遊魔法でいっぱいいっぱいだったのだろう。
まぁむやみやたらにひけらかすべきではない。ニコラに危険が及ぶ可能性もある。黙っておいたほうがいいだろう。
「兵士たちは、かなり本気みたいでしたよ。国民にこの森に近づかないように御触れを出したみたいで。もともとその前から魔獣が多くて近づく人は少なかったですけど」
よしよし、無事に私の計画は成功したらしい。
「だから、師匠も気をつけてください。もし靈魔猫に出会したら……」
「大丈夫よ」
そこでメルが話を遮り、視線が一瞬だけ私に向く。
メルにはあの夜のことを知らせるつもりはなかったが、勘付いたらしい。
私の他に靈魔猫がいるとは思えないしな。プイと視線を逸らすと、メルは柔和な笑みを浮かべた。
それから姿勢を戻したメルは、ニコラが持ってきた地図を広げていく。
「そんなことよりもこれを確認しないと」
地図は机の上だけでは収まりきらず、椅子の上や床にまで資料が積み上がっている。羊皮紙にはいくつもの印が書き込まれ、周辺国の地図には赤い線が引かれていた。
ニコラは床に広げられた大量の地図と歴史書を見回し、小さく目を丸くした。
「……師匠、これ全部読むんですか?」
「読むというより、探すのよ」
メルは一冊の古書をぱらぱらとめくりながら答える。
「探す?」
「先日、この家に魔女がやってきたの」
その言葉に、ニコラの表情がわずかに引き締まった。
「そんな……、この家が見つかったんですか」
「ええ、霆鳥を追いかけていて、たまたま見つけたみたいだけど」
メルは静かに頷く。それでも心配そうなニコラに「もうやっつけたわ」と付け加える。
「その魔女がどこから来たのか、調査するというわけですね」
「そういうことよ」
「しかしそこまで分かるものなんですか?」
するとメルは地図の一点を指先で軽く叩く。
「魔術には癖が出るの。使う術式、詠唱、魔力の流れ方。私の推測だと1200年前のユポン公国周辺の系譜だったわ。今はどの国なのか、魔女の集落はあるのか、それとも歴史の中で滅びた生き残りかもしれない」
メルは思考を口に出して整理しながら、素早く文献を調べていく。
ニコラはしばらく呆然としていたが、真面目な顔に切り替えて、メルの手伝いをする。
持ってきた文献を年代順に並べ、必要な資料を探しながら、調査を進めていく。
しかし時間はたてど、思った以上に難航していた。
「えっとこの時代だと、ここはまだルーベン王国ですね」
ニコラは古びた羊皮紙と現在の地図を交互に見比べながら、指先で境界線をなぞる。
「でも、120年前の戦争で領土が割られて、その後に北側をアルノー公国が吸収して……あれ? いや、その前に一回同盟解体してたっけ……?」
「つまり?」
「全然わかりません!」
ニコラは半ば叫ぶように言った。
床に広げられた地図には、文献ごとに異なる国境線が何重にも書き込まれている。見ているだけで頭が痛くなる有様だ。
「だから人間の国は覚えたくないのよねぇ……」
メルは頬杖をつきながら、心底うんざりした顔でぼやいた。
「いや、普通はそんな感覚にならないんですけど」
「だって本当にすぐ変わるんだもの。戦争したり、王様が死んだり、勝手に分裂したり……人間って忙しいわよね」
その口ぶりは、まるで季節の移り変わりについて語るみたいな感覚だった。
春が来て、夏が過ぎ、秋が終わる。それと同じ感覚で、国が生まれ、滅び、形を変えていく。
長命種である魔女にとって、人間の国家とはその程度の存在なのだろう。
「それにしても、あの魔女は強かったわ」
調査が停滞し始めて、メルは一息つくように呟いた。
その声色に、ニコラが顔を上げる。
「え?」
「今生きている魔女の中では1番かも。少なくとも、ニコラよりはずっと格上」
「うっ」
ニコラは露骨に肩を落とした。
「そ、それ、わざわざ言います……?」
「事実だもの」
「優しさって知ってます?」
「? ……知ってるわよ?」
まるで分かっていない顔でメルは首を傾げる。
私は思わず鼻を鳴らした。
「諦めろ。こいつは悪気なく刺してくるタイプだ」
「一番対処に困るやつじゃないですか……」
ニコラは小さく嘆息したあと、少し真面目な顔になる。
「でも、師匠でも強いって思うくらいなんですね」
「ええ」
メルは静かに頷いた。
「魔力量も、術式の精度も高かったし」
「あぁ、あの隕石のようなやつか」
「ええ、戦闘慣れもしていたし、実戦経験も相当積んでるはずよ」
彼女はそう言いながら、先日の戦闘を思い返すように目を細める。
そんなことを言いつつ、攻撃ひとつ受けずに一蹴していたわけだから、どこまで本気かわからない。
「じゃあ、どこかの国の兵士なんでしょうか?」
「どうかしら」
メルは指先で地図を軽く叩いた。
「あれが国の戦力になったら、地図が全部塗り替えられるわ」
「……そんなにですか」
部屋の空気が少しだけ重くなる。窓の外では、風に揺れた枝がかすかに軋んでいた。
「私のように単独か、あるいはどこにも属さない集落でしょうね。あれと同格の魔女が複数いるなら厄介よ」
メルの声音は穏やかなままだったが、その瞳には薄く警戒の色が宿っていた。
私はクッションの上で耳を揺らす。
「魔女ってのは基本、自分勝手な連中だ」
私はクッションの上で尻尾を揺らしながら鼻を鳴らす。
「だからこそ、群れて動いてるなら厄介だろうな。少なくとも、こいつみたいに集団行動ができないやつだったらいいが」
「ちょっと、タズ……」
メルは困ったように眉を下げる。小さく頬を膨らませ、それからひとつ咳払いをした。
「……とにかく」
図星過ぎて、強引に話を戻したな。
「もしそういう魔女たちの集団が存在するなら、事前に把握しておかなきゃいけないわ」
「知らないまま敵に回すのは危険、ってことですか」
「ええ。相手の数も、拠点も、目的も分からないまま戦うのは避けたいもの」
ニコラはしばらく黙ったまま文献を見つめていたが、やがてむすっとした顔で唇を尖らせた。
「……なんか面白くないです」
「何が?」
メルが首を傾げる。
「師匠が、魔女の襲撃者のことばっかり褒めるの」
「褒めてるわけじゃないわよ?」
「でも強かったって何回も言ってるじゃないですか」
ニコラは露骨に不満そうだった。分かりやすい奴である。
「ふむ」
私はクッションの上で片目を開く。
「嫉妬か?」
「ち、違います!」
「声が裏返ってるぞ」
「うるさいです、タズさん!」
ニコラは顔を赤くして叫んだあと、ふいっとそっぽを向く。
「……私だって、もっと強くなれます」
部屋に少し沈黙が落ちる。
メルはそんな弟子を見つめ、それから困ったように微笑んだ。
「ニコラはちゃんと強いわよ。まだ若いし、戦闘に特化する必要もないでしょう?」
「その言い方、余計子ども扱いされてる感じするんですけど……」
実際子どもだろう、と思ったがこれ以上つつくのも野暮なので、言葉を飲み込んだ。
「……師匠」
「なぁに?」
「特訓させてください」
メルがぱちりと瞬きをする。
「急ねぇ」
「ちゃんと強くなりたいんです」
その目には、先ほどまでの拗ねた色とは別の熱が宿っていた。悔しかったのだろう。
「先日の戦いでその魔女が使ってたという魔法を、教えてほしいです」
「うーん……」
メルは少し困ったように頬へ手を当てる。
「お願いします!」
ニコラは身を乗り出した。
「……分かったわ。少しだけよ?」
「ほんとですか!?」
ぱっとニコラの顔が明るくなる。現金な弟子である。
「ただし、無理だと思ったらすぐ止めること。いい?」
「はい!」
返事だけは立派だった。
私はクッションの上で目を細める。
「どうせ聞かないぞ、そいつ」
「うん、たぶん聞かないわねぇ」
「師匠!?」
メルはくすりと笑いながら立ち上がると、ローブを取り出して羽織った。
「じゃあ庭に行きましょうか」
私は窓際へと移動する。家の裏庭には、冷たい風が吹いていた。
秋も終わりかけているせいで、木々はほとんど葉を落としている。灰色の空の下、乾いた土だけが広がっていた。
ニコラは待ちきれない様子で前へ出る。
「それで師匠、どうやるんですか?」
「まず勘違いしないでほしいんだけど」
メルは人差し指を立てた。
「彼女の魔法をそのまま教えることはできないわ」
「え?」
「ひとりひとり、魔術式が違う。火球の生成、圧縮、加速、軌道制御、落下操作。全部を同時にやってる複合魔法なのよ」
ニコラが固まる。
「……はい?」
「だから難しいの」
普通の魔法使いなら、火球を作るだけで精一杯だ。
そこへ圧縮術式を重ね、さらに空中加速と弾道制御を同時展開するなど、正気の沙汰ではない。
現にあの火球は適当に放ったものではなく、メルの魔法を掻い潜り、明確に霆鳥の雛をめがけて飛んできていた。
「ちなみに、途中で制御が崩れると暴発するわ」
「怖っ!?」
ニコラは青ざめた顔で叫ぶ。
しかし、その目はまだ死んでいなかった。
「……でも、やります」
メルは苦笑しながら、空へ片手を向ける。
「まずは火球を作る。ここまでは出来るわね?」
「はい!」
ニコラが杖を構える。
魔力が集まり、赤い火球が生まれた。
「次に圧縮。外へ逃げる魔力を押さえ込む感じ」
「こう……ですか?」
瞬間。ぼふっ、と間抜けな音を立てて火球が消えた。
「消えちゃいました……」
「押さえ込み過ぎね」
「加減が分かりません」
「慣れよ、慣れ」
雑である。やはりメルは教えるのには向いていない天才型だ。
ニコラは唸りながら再び火球を作る。
今度は圧縮に成功した。
「でき――」
直後、火球が真横へ吹っ飛び、庭木へ突撃した。
「わぁぁぁっ!?」
轟音。 だが、その寸前。
「水竜」
メルが軽く指を振る。
地面から大量の水が巻き上がり、一匹の竜のようにうねりながら火球へ食らいついた。
蒸気が爆ぜ、白煙が広がる。火球は一瞬で飲み込まれ、跡形もなく消えた。
ニコラがぽかんと口を開ける。
「何度でも失敗しなさい」
水の竜は空中をゆるやかに旋回し、そのままメルの背後へ待機するように漂った。
とても水とは思えない挙動である。あれも魔法のコントロールでなせる技か。
「はい!」
ニコラは目を輝かせながら、再び杖を構えた。
それからも額に汗を滲ませながら、何度も術式を組み直す。
失敗。
また失敗。
軌道が逸れ、火力が散り、制御が崩れる。
そのたびにメルの水竜が飛び回り、火球を噛み砕くように消していった。
もう指で数えることもできなくなった。普通なら心が折れてもおかしくない回数だ。
それでもニコラは杖を下ろさなかった。
「ニコラ」
不意に、メルが静かな声で呼びかけた。
その背後では、蒼い水竜がゆるやかに身をくねらせている。陽光を反射した水面が、淡く揺れていた。
「あなたの得意な魔法は何? 生命魔法でしょう?」
「……は、はい!」
突然話を振られたニコラは、反射的に背筋を伸ばす。
だが、その直後に動きを止めた。
「えっと……?」
メルの言葉の意味を測りかねたのだろう。
ニコラは杖を握ったまま、しばらく考え込むように視線を彷徨わせる。
「……あ」
やがて、何かに気付いたように顔を上げる。
それから気合を入れ直すように、荒い息を吐きながら、再び火球を生み出す。
私はその背中を見ながら、小さく目を細めた。今までと何か違う雰囲気があった。
魔力を練り上げると、空気がぴん、と張り詰めた。
上空に赤い火球が生まれる。
先ほどまでとは違う。火球には羽根のようなものと、大きく開く口のようなものが見える。
不安定に揺らめいていた炎が、今度はひとつの沢山の火球に離散していった。
その様子は、まるで鳥の群れのようだ。
「圧縮、固定……加速……!」
ニコラの周囲で熱風が渦を巻く。
火球はさらに圧縮され、赤から白に近い色へ変わっていく。
そして……。
「落ちろッ!!」
轟音。
空気を裂きながら、火球が急降下した。
まるで狩りをするために急降下する猛禽類だった。燃えながら尾を引き、一直線に地面へ叩き落ちる。
熱風が庭を吹き抜け、乾いた土を巻き上げる。
「うおっ」
私は思わず耳を伏せた。
衝撃で窓ガラスがびりびりと震え、爆炎が庭の一角を飲み込んだ。
だが同時に、メルの水竜が空を駆ける。
「水竜」
蒼い奔流が火炎へ噛みつき、渦を巻きながら呑み込んでいく。その様子は鳥の群れを喰らう竜そのものだ。
大量の白煙が立ち昇り、噴火のような蒸気が漂う。今度は火球の威力が高かったのか、水竜の姿がない。相殺されたらしい。
ニコラは呆然と、自分の手を見つめていた。
「……できた」
信じられない、という声だった。
「できました……!」
振り返る顔が、一気に明るくなる。
メルはぱちぱちと拍手した。
「すごいわ。まだ粗いけど、実戦でも使える威力だわ」
私は窓辺からその様子を眺めながら、小さく息を吐く。
驚いた。完全ではない。
火球の数も多くないし、制御も荒削りだ。
だが、あの軌道。あの速度。
さらには生命魔法を用いて、火球を鳥にしてコントロールするという応用力。
先日見たあの魔女の魔法と比べても、大きく見劣りしない。
「たった数時間でここまで形にするとはな……」
思わず感心が漏れる。
普通の魔法使いなら、術式を考えるだけで数ヶ月はかかる。実戦レベルの形にするなどあり得ない。
「お前、本当に初めてか?」
「へ?」
ニコラがきょとんとする。
「初めてですけど……?」
「……化け物め」
「なんで罵倒されてるんですか!?」
褒め言葉だ。馬鹿め。
「やっぱり、ニコラはセンスが随一ね」
メルの言葉に、ニコラがぱちぱちと瞬きをした。
「……あ、ありがとうございます」
どうやらここまで真っ直ぐ褒められるとは思っていなかったらしい。
メルは小さく笑う。
「火属性との相性もいいし、術式の飲み込みも早い。さすが私の弟子ね」
ニコラはみるみる顔を赤くしていく。
「そ、そんなに褒められると逆に困るんですけど……」
「事実だもの」
「うぅ……」
照れ隠しみたいに頭を掻きながらも、その口元は緩みっぱなしだった。
分かりやすい弟子である。
メルもそんな様子が可笑しいのか、くすくす笑っている。
先ほどまで張り詰めていた空気は、いつの間にか薄れていた。
冷たい風が庭を吹き抜け、枯れ葉が舞う。
魔法の相談をするニコラとメルの間には、穏やかな時間が流れていた。
……だがら私は窓辺からニコラを見つめる。
あれだけの魔法を、たった十数回の試行で形にした。
それがどれほど異常なことか、本人はまるで理解していない。
才能というのは、時に厄介だ。
強い光には、必ず何かが寄ってくる。
力を求める者。利用しようとする者。
あるいは、恐れて排除しようとする者。
ニコラはセンスはあるが、メルのように敵を退けるほどの実力や揺るがない安定感はない。
先日の魔女の姿が脳裏をよぎる。
もし奴らが徒党を組んでいたとしたら。
もしニコラの存在を知れば。
標的になるのは必須だろう。あるいは……。
「……ふむ」
「タズさん?」
いつの間にか、ニコラが不思議そうにこちらを見ていた。
「なんです? 難しい顔して」
「別に」
私は短く答え、尻尾を揺らす。
今ここで水を差す必要はない。
少なくとも今だけは、この穏やかな時間を壊したくなかった。
だから私は、それ以上何も言わなかった。




