第2章 無垢な嘘の屋台
翌日、黒燈夜市の路地に再び足を踏み入れた楓。昨夜の紙片――「忘れたくない花火」――は胸ポケットにそっとしまってある。まだ薄明かりの残る路地に、奇妙な屋台がひとつだけ光を灯していた。
「ねえ、願い屋台の紙、見せてもらえる?」
声をかけたのは、昨夜の少年――黒いフードをかぶった無口な弟子、蒼だった。楓がうなずくと、彼は静かに頷き、屋台の紙片を指差す。
「これ、昨日の屋台とは違う。嘘の願いを集める屋台だ」
嘘の願い――? 楓は眉をひそめる。紙片を見ると、そこには「明日、私は誰にも迷惑をかけない」と書かれている。どうやら少女が自分を偽るためにつけた願いのようだ。
「人は、嘘の願いをしてしまうこともある……でも、それを売る屋台なんて、あるんだろうか」
楓がつぶやくと、屋台の陰から、無邪気な笑い声が響いた。小柄な少女が二人、白いマスクをつけ、紙片を手に楽しそうに踊る。
「嘘の願いって、どれくらい叶うのかな?」
「叶うんじゃなくて、人を惑わすためのものだ」
蒼が低く答える。楓は直感的にピンときた。この屋台の存在は、夜市の秩序を乱すもの――しかし、人の未熟さを映す鏡でもある。
「私、調べてみる」
楓は屋台に近づき、紙片を手に取る。触れた瞬間、淡い光が手のひらに流れ込み、嘘の願いが描かれた少女たちの影が、夜市の灯りに溶け込む。
「なるほど……これが人の“未完成さ”か」
その時、屋台の奥から、消えた店主の声が微かに響いた。
「選ぶこと、それがすべての始まり――」
楓は紙片を握りしめ、微笑む。
「私は、逃げずに選ぶ――だから、この夜市の嘘も、ちゃんと解いてみせる」
小さな屋台の灯りに、夜市の影が揺れる。
楓の探偵としての一歩は、静かに、しかし確実に進んでいた。




