第3章 10話 集いし翼、見えぬ勝機
洞窟の中に私たちは場所を移し、多くの人たちが合流した。
洞窟の外には飛竜ニルヴァーナが休んでおり、その竜に乗って天空の風の第二部隊と第三部隊が合流、ゼルによってマリウスが合流したのである。
そんな大人数が集まっての会議が始まった。
「まずは、第二部隊、第三部隊、緊急招集に応えてくれて感謝する。サーラ達も、予想以上の大事となった、ひとまず確認を取りたいのだが、引き続き手伝ってくれる、という予定でよいか」
「はい、どのみちどうにかしないと、私の故郷も危険にさらされそうです」
「ありがとう。状況は切迫している。そして、規模はデファードの王都、いや一国で済む問題ではない」
マリウスさんは、全体を見まわすように、それぞれの顔を見て、目線を変えながら言う。
「魔族側は、組織だった編成をはじめている。やつらが、王都にいる間に、一気に殲滅させたいところだが、不可解な状況もある」
すると、今度は、ウォルダムさんが話はじめた。
「観測とゼルの調査によって、魔族は大規模な軍を編成しておることが分かっておる。じゃが、いったいこれまでそ奴らはどこにいたのか、隠れておったのか、どうやって来たのかがわからぬ。端的に言えばのぅ、最悪、敵が湯水のようにわいてくることもあるということじゃ」
すると、白髪の男性ザックさんが言う。
「なんだぁ、あるかどうかわからねぇ、原因の心配って話かぁ?」
それに、マリウスさんが答えた。
「そうなる。そうでなくとも、厳しい戦いになる。敵の戦力、増援の可能性の有無、増援があるなら手段やルートは把握しておきたい」
「心当たりはねぇのかよ?」
「迷宮クレスタにかなりの人員がさかれていた、何かあると思うが、情報はない」
「迷宮の遺産を魔族側が手にした結果、と考えることもできるかのぅ」
「なかなか、笑えねぇ状況じゃねぇか。何とかしなきゃいけない魔族の大軍勢、それに加えて迷宮攻略、それも、ははっ、緊急ってのが笑えるねぇ」
ザックさんは笑って言っているが、本当に笑えるような状況ではないのだ。
そもそも、迷宮の攻略というのは、周囲に街を作って、数十組の冒険者が何十年単位で行うものである。数日で踏破できるものではないのだ。
王都ミルデは、迷宮クレスタ攻略のために栄えた街が発展し、様々な経緯があって王都となった場所である。
そして、これまで攻略された、という話は出ていない。
「その心配している、迷宮の遺産がどうのってのは、どこまで気にした方がいいんだ。ひとまず、敵の見えてる部隊削っちまった方がいいんじゃないか?」
荒っぽいしぐさでザックさんが言った。
ウォルダムさんは髭をいじって目を閉じながら答える。
「削りながら、調べる、ということをせんといかんかもしれんのぉ。本当に迷宮クレスタなのか、それとも、場合によっては発見した遺産を別の場所で使って居る場合もあるじゃろ」
「そうだな。東、こちら側から攻めて敵戦力を削りつつ、その時にニルヴァーナによる上空からの情報収集を並行で行おう。おそらくそれで決着はしない。一度引いて、再度作戦を練るという方向でいく。魔族は当然空を飛ぶが、飛行する魔物も確認されている、上空側も戦闘になるだろう」
その後、細かい作戦の話になったが、私が理解できたことはごくわずかだった。
冒険者ランク5や6の強き者たちがそろっているにもかかわらず、むしろ、敗北の色さえ感じるその会議は、重々しい空気で終わった。
私は、外に出て、星空を見上げる。
アスマは果たして、今どこにいるのだろうか。
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俺は目を閉じていたのをやめ、夜、巻きを囲んだパーブルとジョニーに告げた。
「どうやら、かなり悪い状況のようだ」
「国境は超えたが、王都まではまだまだ先だ。間に合わないんじゃないか」
心配そうにパーブルが言う。
ひとまず、俺はサーラの記憶を読んで分かったことを二人に伝えた。
「天空の風が三舞台勢ぞろいで、その状況はかなり厳しいな」
状況を理解した、パーブルが言い、そして、ジョニーも言葉をかける。
「アスマだけでも、先に行けないか、あ、いや、それだけじゃ意味がないのか?」
「そうだな……」
状況は悪いと言える。それはとても簡単なことだ。明らかに強大な敵軍という問題が一つ。増援など、敵の出現が不明な点が一つ。
そして、前者だけでも、王都を覆うほどの魔族、というのは、どうやら、国の、それも優秀な軍隊を率いて戦って、善戦できるかどうかという内容である。
それを、いくら優秀な魔族退治専門のとはいえ、三から四パーティー程度で対処しようというのだから、かなり難しいことに対処しようとしている。
そのうえで、敵の出現が不明という問題への対処も、必要である可能性が高い。
一つ片づけるだけでも手一杯なのに、もう一つ問題がある――そんな感じだ。
いったい、俺はどうしたらいいだろうか。
「ほら、村の記憶を読み取るってやってたの、あれの拡大版はできないのか?」
「試すしかないか……だが、それができたとして、俺がどう目的地に行くか、近づくかという問題がある。ただ、村以上の大きさの範囲では試したことがない、ある程度近づかないといけないと思う」
「難しいな……」
そう、難しい。だが、何かしら、ひらめきでもって、事に当たるしかないのかもしれない。
そうであるならば――
「変身時間、温存しといた方がよさそうだな。合流のための馬へ変身しての移動はやめて、この場所で考えるというのはどうだ?」
「そうだな。変身時間はためておいた方がいい。馬になっても間に合わないんじゃ、意味がねぇ」
そうして俺は、考えることに時間を使うことにした。
パチパチと薪がはぜる音だけが、静かな夜に響いていた。冷たい夜気が、肌をかすめる。
時間制限のある問題への取り組みというのは、昔の試験問題を思い出す。
ただし、この問題には、答えがあるかどうか、そして、制限時間がどれくらいかもわからないし、数学のように問題文に必要な情報が集められているわけでもない。
ひらめきのためのヒントは、俺の人生全てから掘り出さなければならない。
「アスマはとりあえず休んでくれよ。見張りは俺たちでやっておく」
「頼む」
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昼、天空を高速で駆ける竜ニルヴァーナは上空を警戒していた魔族と空飛ぶ魔獣の一団へ急接近、魔族を嚙みちぎる。さらに、鳥人のコーラスが風をまとわせた槍の一突きが放たれて、敵の一団は損壊する。
「予定通り、敵の警戒網に穴を開けた! 全軍、これより威力偵察を開始する!」
マリウスの号令を皮切りに、地上部隊による電撃作戦が開始された。
先陣を切ったのは第二部隊を率いる『破砕のザック』だ。彼は雄叫びを上げると、大地を踏みしめる。その一歩で地面がクレーターのように陥没し、凄まじい衝撃波が魔族の前衛部隊を吹き飛ばした。
「うおおおお! 道は開いたぜ、てめぇら続け!」
ザックが力ずくでこじ開けた突破口から、屈強な肉体を持つ第二部隊のメンバーがなだれ込む。
後方からは第三部隊による支援攻撃が続く。一人の小柄なエルフが弓を構えると、その体から淡い光が放たれ、風の精霊と一体化する。
「風よ、我が矢となりて敵を穿て!」
放たれた矢は数十本の光の矢と化し、それぞれが意志を持つかのように魔族を追尾し、次々とその動きを縫い止めていく。上空からは、巨大な翼竜へと姿を変えた「竜化の狂戦士」が、灼熱のブレスを吐き出し、敵陣を焼き払った。
「私達も行きます!」
第一部隊の主力として、私もマリウスさんやゼルさんと共に中央から攻め上がる。これほどの規模の戦闘は初めてで、高揚感と恐怖が入り混じる。
「サーラ、一点集中だ! あの防御結界を破る!」
マリウスさんの指示を受け、私は意識を集中させる。これまでのどの戦闘よりも速く、そして濃密に魔力が収束していくのを感じる。
「いっけえええええ!」
放たれた極大の雷撃ビームは、魔族が展開していた防御結界をいとも容易く粉砕し、後方にいた大型の魔獣をも巻き込んで消し飛ばした。
「やった…!」
だが、息をつく暇もない。
「ペーター! 右翼の魔獣を足止めしろ!」
「は、はい!」
ペーターは必死に槍を構えて駆け出すが、天空の風の超人的な戦闘に全くついていけていない。魔法の余波に怯え、マリウスさんの指示にも一瞬反応が遅れる。その隙を突かれ、魔獣の爪が彼を弾き飛ばした。
「ぐわっ!」
「ペーター!」
すかさずマチルダさんとコニーさんが駆け寄り、治癒魔法をかける。彼女たち治癒術師の存在がなければ、この無謀ともいえる電撃作戦は一瞬で崩壊していただろう。
「くそっ……次元が違いすぎる……ついて行けねぇ……」
ペーターは唇を噛みしめる。私もまた、自分の攻撃で手一杯で、彼の援護に回れなかったことを悔やんだ。
戦いは熾烈を極めた。天空の風の各部隊がそれぞれの能力を最大限に発揮し、魔族の軍勢を圧倒していく。
しかし、ウォルダムさんの表情は険しい。
「やっかいじゃのぅ……これだけの奇襲を受けながら、動揺せんか。立て直しが早いわい」
その言葉通り、魔族たちは統率を失うことなく、冷静に陣形を再編し、的確な反撃を加えてくる。その動きは、まるで熟練の指揮官がいるかのようだった。
「深追いは危険じゃ。潮時じゃな」
ウォルダムさんの進言に、マリウスさんも頷く。
「全軍、撤退! 目的は達した!」
その号令一下、天空の風は誰一人欠けることなく、しかし誰もがこれから長く厳しい戦いになることを予感し、戦場を後にするのだった。そう、戦いはまだこれからなのだ。
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俺は大地に手をついて、集中していた意識を戻した。
「ダメだ」
そう、ダメだった。
朝から何度か試したが、遠隔地の、王都やその周辺の場所の記憶を手繰ることはできなかったのである。
あぐらをかいて座りなおして、腕を組み、遠くを見つめ、息を吐きだす。
どうやら、記憶を引き出せるのはおおよそ目視できる範囲の二倍が限界であるらしい。
空を飛んでいきたい気分だった。
だが、残念ながらこの世界にそのような魔法を使える存在に心当たりはない。サーラの会ったウォルダムという爺さんならありうるのかもしれないが、直接、見ていないゆえか、彼になることも、彼の記憶を手繰ることもできない。
そう、空を飛んだり、もしくはいっそ、瞬間転移、テレポートによって瞬時に臨む場所に移動出来たらよいのだが、こちらも同様に手立てはない。
知っているマンガやアニメのキャラクターたちのようにはいかないのだ。
俺自身が書いたWeb小説でも、空を飛んだり、はたまた、ひょっこり自在な場所に現れる、そんなキャラクターを登場させたりもした。
だが、それらのキャラクターに変身できるか、というとそう上手くはいかない。
そもそもだ。俺は、性格、気質、能力、そうした側面でそこそこ設定という内容を煮詰めてはいる。
しかし、それは文章、言葉という範囲に限られるのである。
三次元的な緻密さはない。
そう、俺は彼らをイメージしきれないのであった。自分が作っていながらにして、彼らを精密には空想しきれてはいなかったのだ。
イメージによる変身は具体的な姿をもとめるらしい。
そして俺は別に、有名な小説家でもなんでもない。キャラクターイラストを描いてもらったことはないのである。
具体的にどんな姿かなんて、思い描けないのだ。
もっと早くから、イメージによる変身を鍛えておくべきだったのかもしれない。
選択を誤ったのだろうか。
急がなければ、いや、現時点で、すでにサーラたちは危険な状況である。
危険、でいえば、状況としては、デファード国全体、もしくは、それを超えての非常事態になりかねない。
そうなれば、俺自身の旅、生活だって危うくなる。逃亡して、安全な国まで逃げられるかどうかも怪しいくらい、不吉な状況であった。
場合によっては、この世界のすべてを巻き込んでしまって、安全な場所なんてなくなってしまいかねないほどの不穏さがある。
そう、いっそ逃げて平和な場所で俺たちは、なんてことができればいいのだが、どうもそうはいかない気がするのである。
それは、杞憂かもしれない。
だが、一国が。それも魔族の領土から離れた場所が。唐突に魔族の大群に攻め滅ぼされる――そんな異常事態が起ころうとしているのだ。
その原因、どうやって、そんな大群がやってきたのか、密かに長い年月をかけたものなのか、知らなければ、うかうか、どこの国でだってのんきに過ごせない。
イタズラ好きの俺に、ヒーロー願望はない。
そう、この事件を解決して、英雄になりたいわけではないのである。逃げれるなら、逃げたい。
といって、それはそれでサーラを説得するのは難しそうだが……
いや、そもそも、逃げたところで、安全が確保できない。
ともかく、どうしたものか……
創成魔法なら、あるいは、空を、瞬間転移も可能かもしれないが、今から練習して間に合うものではない。
うーん、わからん。と、俺は大の字になって天を仰いだ。
見える空はのどかなものである。
空を飛ぶ、というのは、わりと定番の憧れる能力の一つではないだろうか。
戦闘能力インフレの激しいある格闘マンガでも、一人の敵が空を飛んでいたかと思えば、主人公も空を飛びはじめ、主要キャラクターは空を飛ぶのが当然のような作品もあった。
サイボーグやロボットものでもそうだ。
飛行能力は特筆したもので、主人公だったり、もしくは主人公の相棒役のキャラクターが空を飛んだりと、いろいろあったような気がする。
剣と魔法のファンタジー世界だと、杖に乗って、だったりと様々だ。
あぁ、空が飛びたい。
そうしたキャラクターにでも、なれたな――ん!?
どうなんだ!?
それらは俺が生み出したキャラクターよりよほど姿などの造形ははっきりとイメージできる。
これはまさに天啓というべき奴だろうか。
口元がゆがむ。
心が躍る。
もしかしたら、なんとか、なるかもしれない。




