第3章 09話 王都陥落
デファード国、王都ミルデの各所に魔族が出現。人々を襲い始め、悲鳴が響く。駆け寄った衛兵たちも、あっけなく無残にはたき倒されていく。
「伝令ー伝令ー!」
城の中も、騒がしさが増していく。
一心不乱に全速力で走る伝令兵の目には、もはや、他の兵士の姿など映っていなかった。
早く、上官へ知らせなければ。
しかし、火急の報告をしようとしていた兵士は、あまりにも素早い魔族の槍に背中を一突きされて倒れる。周囲の兵士たちも次々と現れる魔族によって息絶えていく。
それは黒い角と翼をもった人ならざる異形なる存在。
ぞろぞろと場内に何体もの魔族がうごめき、そして、城全体を侵食するように別々の場所へと向かっていった。
玉座の間。王はすでに息絶えていた。言葉も発せず、ただその場に崩れている。
そこには、青白い顔。力の抜けた腕が、玉座から垂れ下がっていた。
周囲では剣と剣がぶつかる音、魔術の爆発音、怒号と悲鳴が交錯する。
だが、この部屋だけは異様なほど静かだった。
……デファード国は、もう終わっていた。
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マリウスは伝令兵のかっこうで、王都から離れた山奥、突然、仲間だったはずの兵士が魔族としての本性を現した初撃を剣で防ぎ、その金属音が鳴りやまないうちに距離をとった。
原因不明の不作や病気の蔓延を大規模に調査する、という名目で、調査に行く、自分たちの目的地が間近に迫っているところだった。
剣を構えなおし、魔族と相対するは一瞬。
考えるべきことは、他の兵士は魔族であるか否か。とはいえ、見える数の範囲では臆する必要もない。
そうマリウスは判断し、目の前の魔族を一刀両断に切り伏せた。
油断することなく、倒した魔族から目を離さずに距離をとりつつ、周囲、それも、魔族かもしれない兵士たちを警戒する。
他の兵士はおびえて動けないもの、逃げ去ったものと様々だが、こちらに近づこうとする者はいない。
調査隊は六人程度の少人数をデファード国全体に大胆に派遣する、というものだった。
最初にマリウスは、自分を狙ってのものだと考えた。
だが、様子がおかしい。
攻めるなら、一斉に、こちらが休む時間、考える時間を与えずに苛烈に畳みかけるのが正しい。
このチームにいる魔族は目の前で死んでいる一体だけということなのだろうか。
狙われたのは私、ではない?
何が狙いだ?
だが、何かしら致命的なミスをしてしまったのではないか、そんな考えが思考の四方八方で見え隠れする。
罠か?
いや、私は生きている。
ほんの数刻、チームの隊長である人に、仲間が声をかけた。
「隊長、魔族です。どういうことですか?」
「わからん。おい、そこの強いの、どういう状況だ?」
どうやら、隊長も判断できかねる状況らしい。それはそうだろう。
「わかりません」
率直に、彼の方には向かず、魔族に目をやりながら、そう言うことしかできなかった。
状況が分からない。
ただ分かるのは、今行う判断が、この先の何かに致命的な影響を与えるだろうということだ。
森深く、二日ほど王都から歩いた場所。
窮地に立たされた、というデファード国の国家を挙げての直々の大調査隊。
襲われた私。
潜んでいた魔族。
狙われた私。
私が狙われたのは偶然?
敵の狙いは?
私が潜入していたのがバレていて、王都から遠ざけるための作戦……にしては、規模が大きすぎる。私の部隊だけでいいはずだ。
今回は全軍を挙げてのもの、王都の兵のほとんどが参加しているほどの規模だ。
つまり、王都に兵がほとんどいない。バラバラの状態だ。
王都が危ないのか!
「急ぎ王都へ向かいます!」
私は、そう叫ぶと、森を駆けていく。
「おい!なんだ、何かわかったのか!」
という、チームの隊長の声も遠ざかっていく。
時間は敵にたっぷり与えてしまった……果たして、間に合うだろうか。
まずは、仲間のもとに向かわなければ。
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ゼルさんの渾身の一撃で魔族は宙にはね上げられ、それを雷の一線を追撃として放ち、それによって魔族は消滅する。
「こりゃ、きりがねぇ」
ゼルさんは油断なく、周囲を警戒しながらこぼした。
私は、幾度も放った雷撃で消耗し、地面に片膝をつく。
王都の街は混沌としており、逃げ惑う人々と、魔族による破壊の音で入り乱れている。
炎で街は焼かれていく。
ウォルダムさんは冷静に告げる。
「ゼル、皆のもの、いったん引くぞい」
「そんな……」
それは、街の人々が、魔族に蹂躙されるのを見過ごす、ということだ。
「サーラよ、これは街全体、いやもっと大きな戦いじゃ。一人二人、強き者がいて、そやつらが無茶をすれば状況が変わるものではない。そもそも、全貌が見えとらん」
「そうだぜ、いくらサーラでももう、何度今の雷撃を放ったと思ってるんだ。それでこれだ、点で収まらない。ここは逃げよう」
ペーターさんは、反対側は警戒しながら言う。
無力だ……
「わしらが生きていれば、救える、変えられる運命もある。行くぞい」
「おぅ!」
素早く、ゼルさんは反対側の先頭に進み、次いで、コニーさんが進んでいく。
ダメなのか……後ろ髪を引かれる。
「さぁ、行きましょう」
マチルダさんに肩をたたかれて促される。
悔しい。
だが……ここで死ぬわけにはいかない。
そう、まずはこの戦場を生き残らなければ。
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半日以上、もう日が暮れるころ、私たちは王都から少し離れた岩の多い丘へと逃げ延びたところである。
「マリウスを探してくる」
「頼むぞぃ」
ゼルさんは駆けていった。兵士として潜入していたリーダーであるマリウスと合流する必要があった。
各々、体を休め、マチルダはペーターのケガを魔術で治療している。
「まずいことになったのぅ。魔族がわらわらと、どこからやって来よったのやら」
ウォルダムさんは、腰を下ろして王都ミルデの方をにらみながら言う。
「どうなっちゃうんですか?」
私の質問にウォルダムさんは首を振った。
「まだ状況の把握もできとらんからのぅ。とはいえ奇妙じゃ。あれほどの数、遭遇した範囲が王都全土に及んでおるとすれば、これはもう魔族との戦争じゃて。いったい、今日までどこに魔族たちは隠れておった。いや、そもそも、どうやってやって来たんじゃ」
「困りましたね。第二、第三部隊への連絡は?」
治癒術師のコニーさんが確認をとるように尋ねた。
「王都で撤退はじめる前に、もうやっとるよ」
「連絡ですか?」
私は、連絡、というのがよくわからなかったので質問する。魔道具か何かだろうか。
「天空の風の各部隊に一つずつ、簡単な簡素な連絡しかできませんが、遠隔でも連絡できる手段があるんです。機密事項なので、これ以上は」
つまり、天空の風は他のメンバーと情報交換をした、ということなのだろう。
「ひとまずはゼルがマリウスを連れてきてくれるのを待つのと、休息じゃのぅ。にしても、こりゃ王都全体にうじゃうじゃおるのぅ。この規模はうーむ……こりゃちょっと、うーむわしらの手に余るやもしれん」
一人でなんでもこなしてしまいそうなゼルさんの仲間、しかも、その中でも知に長けた人がそんなことを言うのだ。状況はかなり悪い。
私自身も、これまで体験してきた以上の状況であることはよく理解している。
いつぞやの村が襲われたときや、王都にくるまでの野盗との争いとは比べ物にならない。
一度だけ見た魔族が何体も、そして、見たこともない魔物が多数あばれ、それが街の一角ではなく全体でなされるという異常事態であった。
ふと思う。その魔族の大部隊が、果たして、この地を壊すだけでおさまるだろうかと。
そんなはずはない。放置すれば、隣国にも広がるだろう。故郷のユークララス領にまで、及んでしまうかもしれない。
コニーによって、焚火がたかれ、カカッという音と、柔らかな火が闇夜にともる。
「なに、まだ敗北したわけではない」
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竜の背に乗った四人の冒険者たちは、夜の空を飛んでいた。雲も突き抜け一直線に目的地へと向かう。
「国家壊滅規模の緊急って、リーダーもしくじったなぁ」
白髪の鋭い目つきに筋肉質の男は、仲間に顔を向けて笑った。
「しくじったというより、ババを引いたって感じなないかしら」
赤いローブを羽織った、豊満な胸の魔術師風の女性が、気軽に答える。
「行ってみないと分かりません。まずは、第三部隊を拾っていきませんとな」
羽毛の多い、鳥顔の翼あと腕のある鳥獣人が落ち着いた声で言う。
一人、ドワーフの男は目をつむり、腕を組んで無言で座っている。
「まぁいいさ、そりゃつまり、暴れられるってことだろう! さぁ、天空の風、第二部隊隊長ザック・ブレイブオール様が次のリーダーにふさわしいってところを見せてやるよ!」
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デファード国の玉座には、三メートルほどの巨大な炎をまとった筋肉質の魔族が鎮座していた。
その身体は炎に包まれ、筋肉は岩のように隆々としている。
周囲の壁は黒く焦げ、床には血痕と折れた剣が無数に散らばっていた。
そこに、人の姿のラザー摂政が付き従うように横に立ち、ぞくぞくと、魔族が王の間にはいり並んでいく。
「ふっふ……ふははは! 実に良い眺めだ。もはや人の姿でいる必要もあるまい、ガロン」
「はっ」
それに応え、ラザー摂政だったそれは魔族にしては珍しい、白い線がいくつも入った黒い異形の姿へと変貌する。
「ガロンよ、福音の扉、よくぞ開いてくれた」
「めっそうもありません」
「しかし、この地は魔力が薄いな」
「門のエネルギーとするため、迷宮が周辺一帯の力を吸っておりますので」
「止めるわけにはいかんと?」
「はい、もうしわけございません」
「まぁよい、地図を持ってこい。デファードが手中に収められたなら、次を考えねばな」




