第3章 01話 旅立ち
「いったいどういうことだ! まさか……魔族なのか……」
驚くバルトに、俺は落ち着いた調子で応える。
「いえいえ、私は魔族ではありません。あと、セルディア様は生きていらっしゃいます」
バルトは、それを聞き終えた後おもむろに、鍵のかかった箱を開けて水晶を取り出した。
「まず、これを持って見てくれ」
「はい」
俺はそれを受け取るが、特に何も変わらない。
「これでよろしいですか?」
あぁ。そうして、水晶を返した。
これは、ユークララス家の秘伝の家宝、魔族を見破る水晶だ。それが、反応しなかったのである。
「そうだな、順番に聞きたいがいいか?」
「もちろんです。そのために、お呼びしたのですから」
「パーブルやジョニーをここに呼んだのは?」
「二つ理由があります、一つは驚いていただきたかったので。それと、この件については私としては巻き込んだ形になったので、私からお伝えしたかったのです」
「いつからだ。いつから、入れ替わっていた」
「一度家を飛び出して、次に戻って来る、その間でです」
「つまり、帰ってきてからは、既に……」
「はい」
「本当に変身などということができるのか?」
「はい、では、猫になってお見せしましょう」
ふと、黒猫に変身して見せる。
皆を見上げつつ。
「お判りいただけましたか?」
「なんとっ!」
猫のまま、机に上る、ちょっと見上げての話は大変なので。
今は、黒猫をベースにセナの能力としている。
「魔族でもなく、それに」
ふと、バルトが触ってくる。
「実態もあるというのか。幻影の魔法とも違う」
「そうです。ご理解が早くて助かります」
「では、セルディアが生きているというのは、どうして保証できる、いや、セルディアは今どこにいる」
「黒猫になれば、黒猫の記憶を、セルディアになれば、セルディアの記憶をのぞくことができます」
「なんと……」
「探しに行く必要はありませんよ。セルディア、セナはこちらへ向かっていますから」
「帰ってくるのか?」
「ちゃんと、お別れを言いに、ということみたいです」
「それで、君はいったい何者なんだ」
そういわれて、また床に降りる、そしてようやく、俺は、遊馬慧としてバルトの前に初めて姿を現したのだ。
「アスマじゃないかっ!」
「そうだパーブル、俺は遊馬慧、今まで騙していて悪かったな。そしてセルディアのお父様、あらためて、遊馬慧です、どうぞよろしく」
「それが本来の姿、だというのか」
「はい」
「普通の人間ではないか」
「そうですね。この姿では、魔法も使えない、変身しか取り柄のない、ただの人間ですよ」
「君の目的はなんだ? セルディアに成り代わる、その生活を奪うのであれば、黙っていればよかったではないか」
「いえいえ、もともと、途中でバラしてしまって、皆さんに驚いてもらうことが目的でしたので」
「なん、だと!?」
「はい、いわゆる、悪ふざけです。もちろん、セナにとっても都合がよかったのですけどね。セルディアとしての時間も楽しませていただきました。俺は、こういうイタズラ好きの、どうしようもない、悪い人間なんです」
バルトは椅子に深く腰を落とし、顔を片手で覆った。
「実の娘の姿かどうか、わからなかったとは、父親として不覚……」
「いやいや、ずっと近くにいた私達でも、わかりませんでした」
「そうですね。まさか、アスマだったとは……」
「パーブル、セナはここにくる、付いていきたいなら、その時一緒についていくといいんじゃないかな。まぁ、バルドさん的には、行かせてくはないだろうけどね」
「当然だ」
「きっと、もう止められませんよ」
「そうなのか?」
「一人旅はもちろん、今や冒険者ランク4となっていますからね」
「信じられん、しかし、帰ってくるというなら、門番に伝えておくとしよう」
その言葉の後、おれはまた、セナの姿に戻った。
「本物のセルディアが帰ってくるまでは、しばし、この姿のまま、でもよろしいですか」
「わかった。一つ聞きたい、私たちをたばかっていたとはいえ、いろいろと知識を進言してくれていたのはどういうことだ、それも、セルディアの振りをするためか?」
「はい、お伝えしたときに皆さんに驚いてほしかったものですから」
その後、話し合いは終了となった。
セルディアが入れ替わっていることについては、混乱を避けるため、この四人の秘密にする、ということとなった。
にしてもさ、まさか、セナが帰ってくるとは、俺は思っていなかったけれどね。
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私とゼルの旅立ちに、ペーターが加わり、街の門を出るところである。
ギーツさんやレッツさん、ナディアさんに見送られる。
ペーターは、人間の青年、十八歳の槍使いの戦士である。冒険者ランクは3になったところだ。
どうやら、私のことが好きらしい。
絶対振り向かせて見せる、だってさ。うーん、好意は嬉しくとも、うん、ちょっとね。
セルさんは、着いてこれるならついてきやがれ、だそうだ。ペーターも苦労しそうだ。
「では、行ってきます」
「元気でね」
「お前さんたちなら心配はいらんじゃろうが、無事を祈っておる」
手を振り、前を向いて、ゼルさんを先頭に歩き始めた。
もっと、ずっと、いてもいいなと思うくらい、いい場所だったと思う。
吹き抜ける風にささやかに寂しさを感じながら、それでも、もっと遠くの景色を見たいという思いも大きいことを感じる。
皆に見送られて、という嬉しい旅立ちなんて初めてだった。
ほんの少し、涙は出るけれど前をしっかり向いて歩こう。
そう、同時に二つは選べない。
ずっとこの街にいることと、世界を巡る旅がしたいという、そんな思いをかなえることは不可能だ。
「その、お二人ともペース早くないですか?」
「何言ってやがる、魔法使いのサーラが言うならまだわかるが、お前は戦士じゃねぇか!」
「サーラはどうなのさ」
「え? もう少し早くてもいいんじゃない」
「ハッハッハッハッハッハ!」
きっと、私の未来は明るいはずだ。
そして、そのためにも、けじめをつけに行かなければならない。
向かおう、飛び出してきた、逃げ出してきた、故郷に。
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あれからしばらくして、ノレントの街に私たちはたどり着いた。
ペーターはあいかわらずへばっている。
「その、今日は、宿で休みましょうよ」
「どうするセナ? 俺は構わないぜ」
「私も、街は実はあんまり散策したことがないから、今日は休みにしましょうか」
「やった!」
「ったく、ペーターはしかたねぇな」
宿をとった後、ゼルは冒険者ギルドへ向かった。骨の在りそうなやつを探してくると言って。
私は、街を散策している。
私の故郷の街ではあるが、実は街では全く活動をしたことはない。
ずっと、貴族の館か、外に出たとしても馬車また、貴族の館でと、街を見る自由などなかった。
街はにぎわっている。そういう側面も多い。しかし、ほんの少し、裏道を見かければ、路上生活者や、その先には、盗賊など、暗いところもありそうであった。
そんなことも、昔の私は知らなかったし、見てもいなかった。逃げ出したあの時でさえも。
街を見渡せる場所を探して散策する。
荷物を運ぶ人、街中で遊ぶ子供たち、猫や鳥、出店、パン屋さんやお肉屋さんからの香りと、木々のさわさわと風になびく音を感じながら、いい街だなと思う。
そうか、お父様は、もしかすると、この街を守りたかったのかもしれない。
いや、領主であるからして、この街だけではないのか。もっと大きい。
それはまた、広大だなと感じる。
もちろん、完ぺきではない。きっと難しいのだろうと思う。
どこで、だれが悲鳴を上げているか、悪いことをしているかなんてわかったものではないのだ。
いたるところで起こるそれらと、隣国との争いなど、そう、きっといろんなことがあるのだと思う。
わかってなかったな。
とうとう見つけた、見晴らしのいい場所から、街を眺める。
もし、私が、この街並みを、この街の人々を、以前から知っていて、好きだったら、ともすると、逃げ出すことはなかったのかもしれない。
どうだろう、それでも、あの男との結婚は嫌だと思う。うん、絶対に。あれはないよ。
ふと、遠くで子供が転んで泣いているのが見えた。
私は跳躍して、そこへ向かおうと、飛び降り、防御円を足場に駆け始めた。
ちょっと緊張している。
明日、そう、父に会うのだ。
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私は、実家へ戻ってきたが、ひとまず、客間に通された。
髪の色と髪型はもう戻している。
ゼル、ペーターと一緒に待たされていると、パーブルとジョニーがやってきた。
「セナちゃん! 本物ってことだよね!」
「はい、お久しぶりです。パーブルさんお元気でしたか」
「もちろんだ、にしても驚いた、まるで格闘家みたいないでたちじゃないか!」
「これでも、今も魔法使いです」
その後、バルトとセルディアになりすましたアスマがやってきた。
事前に少し話していたペーターも、アスマのセルディアの姿に驚く。
「まずは、セルディア、よく帰ってきた。ひとまず、みんな、座ろうか」
着席し、話し合いが始まる。
「ひとまず、紛らわしいので、アスマ殿には元の姿に戻ってもらえるか?」
「わかりました」
と、アスマは、あの姿に戻った。なつかしいアスマだ。
「いろいろ、娘が迷惑をかけた。父として謝罪する」
父は頭を下げ、すこし間を開け、頭を上げた。
「今回のことだが、アスマ殿がセルディアとして入れ替わっていたことは、内密にしたい。以後、アスマ殿はアスマ殿、セルディアはセルディアとして振舞ってほしい。セルディアが、これからどうするかとは別にしてな。また、アスマ殿の変身能力についても口外しないものとしたい」
「また、めんどうなことをするんだな?」
と言うのはゼルである。
「アスマ殿は、しばらくの間、我が娘セルディアとして暮らしていた、それを知っているのはここの数名のみだ。混乱を避けたいというのもあるし、怪しんでいるものもいなければ、アスマ殿も結局あとは旅立たれる。ならば、これがよいと判断した」
「その変身野郎も、続けるつもりはもうないってことか……聞いてはいたが、確かに魔族臭さはないな」
「アスマ殿が魔族でないことは確認済みだ。それは、セルディアが生きていることからしてそうだろう」
そう、魔族に成り代わられた人は、頭を食われ、死んでしまっているはずなのだから。
「少し話をする時間が欲しい」
「長くても一週間、そうでないなら、かまわないぜ」
「ゼルと言ったか、君たちは、どこへ向かう予定なのだ」
「俺は、天空の風、第一部隊のゼル、魔族討伐を専門にしている。公にはいえないが、まぁ、ここならいいか、向かう先はデファード国だ」
「娘の力が必要なのか?」
「かなり力はついてきた、これからの天空の風の力になって欲しい」
「なるほど」
その後、後になってしまったが、自己紹介をそれぞれしたのち、ゼルさんとペーター、アスマは来客用の部屋へと向かった。
私は自分の部屋に向かう。
懐かしい部屋だった。いろいろ変わっている。アスマがいろいろやっていたのだろうか?
一応、貴族の普段着に着替えておく。
鏡を見ながら、不思議な感じだった。もう、こんな格好をすることはない、そう思っていたのだから。これが最後かもしれない。
ドアがノックされ「どうぞ」というと、父が執務室に来てくれとのことだった。
私にとっての本番はここからだ。
気を引き締める。
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執務室にて。
「よく来てくれた、まずはお互い、座ろうか」
と、それぞれソファにもたれかかった。
「見抜けなかった父を許してくれ。まんまとアスマ殿に騙されてしまった」
「いえ、勝手に家を出て、ご心配をおかけしました」
「また、行くというのか?」
「はい」
「マズール・ウォズニッグは失脚、縁談も破談になった、それでもか?」
「はい、私は、世界のいろんな場所を見てみたいですし、助けられる人がいたら、冒険者として力になりたいと思います」
「貴族という立場でのやりかたもあるが、そうだな、女性にできることは限られるな」
「はい」
「ずいぶん窮屈な思いをさせてすまなかった。優しさからのことだったとはいえな」
「分かっております。私、護衛の依頼で盗賊に襲われたり、村で賊に襲われたりといろいろと悲惨なことにも出会いました。そして、私は手を汚しました」
「そうか……」
「現実は思っていた以上にキラキラしたものばかりではなく、不自由で残酷なものもたくさんあると知りました」
「それでも、行くというのか?」
「はい、それに、誰かを救うにはきっと残酷な判断はどこかで必要でしょう。私は、安全な場所で暮らす生活を良しとはできません」
「いろいろ苦労をしたのだな」
「はい、いろんなことがありました――」
その後、父とこれまでのことを語った。
私が家を出てから、アスマと出会ってから、彼に協力してもらって入れ替わったこと、そして、フェルディアスの街でのいろんなことを。
たくさん、たくさんのことを語った。
そんな最後に父は言った。
「私に何かできることはないか、何でも言ってくれ?」
私は首を横に振った。
「いいえ、もう装備も何かも、全てを一人でではなくとも、仲間と共にやっていけます」
「そうか……」
父は寂しそうに言った。
「お父様が、可能な範囲とはいえ、いろんな自由をくれたのは理解しているつもりです。いままで、ありがとうございました」
「気が変わったら帰ってくるといい」
「わかりました」
「セルディア、私の望むようには育たなかったが。頼もしくなったな、そう思う」
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俺の部屋に、ゼルが尋ねていた。同じ来客用の部屋であるが。
「よっ、じゃまするぜ!」
俺は、もう遊馬慧の姿だ。ただ、最近こっちの方が違和感がある。ずいぶんセナの姿に馴染んでしまった。
「どうしたんだ?」
「あんたと変身の能力に興味がわいてな、魔族の匂いはしねえし、それでいて、いまのあんたからは覇気を感じねぇ。だが、サーラの姿の時は違った、どういうこった?」
「俺自身は、ひ弱な男だ。ただ、変身すると、その相手の能力でもって行動できる。だから、覇気っていうのもそういうことじゃないかな」
「なるほど、俺にもなれるのか?」
「もちろん」
というわけで、俺はゼルに変身した。
「まじかっ!すげぇな……はー」
驚くとともにゼルはニヤリとする。
「なぁ、ずっととは言わねぇからよ、アスマ、あんたも俺たちに協力してみねえか?」
「魔族討伐の?」
「そうだ」
ひとまず俺は、姿をもとに戻す。
「しばらくは、セナ、サーラとはせっかくだし行動したいとは思ってる……けどな」
「何かあんのか?」
「俺が好きなのは、イタズラ、悪ふざけだ。正義のヒーローになりたいわけじゃない」
「そうか。それじゃ、他には何になれるんだ?」
「俺にとっては切り札だから、そうだな、猫とか」
黒猫になって。
「こんなかんじだ」
「おぉ、猫になって話もできるのか!」
「あとは」
と、ペーターになってみる。
「ほほぅ、いいねぇ」
そしていったん変身を解いて。
「全ては言えないが、変身にも条件はある。俺が会ったことがある、というな」
「なるほど、その辺は、ぜひよ、ウォルダムの爺さんとも話してみてくれよ。いろいろ知恵の回る魔法使いだ」
「分かった」
「じゃあな」
そう言って、ゼルは帰っていった。
あいかわらず、セナの時もそうだが、やりたいことだけやって、聞きたいことだけやってと、嵐のような男だった。
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バリスタードは任務中、街道を歩いているときに手紙を渡された。
一人になった夜、宿の部屋で手紙を開ける。
『監視および警護は不要となった。次の任務はおって知らせる。現在の状況を継続されたし』
という暗号文であった。
動きがあったらしい。
セルディア様に何かあった、のだろうか。
それとも、もう警護の必要は、無くなった、何か理由があるのか。
現状維持と書かれていたものの、ユークララス家の重要な役職を得てしまっている。警護のために必要と判断したのだが、はたして、どうしたものか。
私と言っても、組織の位置先兵でしかない。
あのお方の考えなどわかりようもないか。
少し不安がよぎる。
セルディア様の命に何かあったとかでなければよいのだが。
以前、デファード国へ向かう途中に襲われたとあった。
不思議な風により、危機を脱したとあったが。
ともすると、それらも、あのお方が何かされたのだろうか。
ひとまず、セルディア様の近況を確認しておくとしよう。
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私はサーラとしてノレントを出立した。髪の色はサーラの時のもの。
メンバーは、ゼル、ペーター、アスマ、パーブル、ジョニー、さらにマチルダさんという治癒魔法使いである。
思いのほか、大所帯になってしまった。
アスマは猫になってパーブルの背中の荷物に乗っている。
彼いわく、元の姿では体力がないので、とのこと。
食事も猫用でいいらしい。
これから、いったん北のエンタンクト商業連合国に向かう。少し迂回する形だ。
これからが本当に私にとっての旅立ちなのかもしれない。
ひっそりとした旅立ちで、見送りはない。
はたして、このノレントに戻ってくることは今後あるのだろうか。
朝日がまぶしく包み込む。振り向くと、見たこともない、朝日に照らされた奇麗なノレントが見えた。
私は、そんな場所に、ずっと住んでいたんだなと、初めて知った。
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ノレントをながめるセナの横で、俺は彼女を見て思う。
自由か……
彼女は断ち切ったのだ。ちゃんと、親と、周りと話をして。
俺はそれができず、敷かれたレールにしたがって、鬱屈をWeb小説として少しばかり吐き出しつつも、まったくうまくやれていなかった。
凄いと思うと同時に、自由を求め突き進む彼女をまぶしく思う。
俺も、そうできたらよかった。
ただ願う。
彼女が、ずっと自由でありますように。
だって、今の彼女の瞳は、これまで以上に輝いているのだから。




