第2章 21話 それぞれの門出
私はブレック・ドーベンの館の客間で彼と向かい合って座っていた。
「街を去るか、残念だ」
「はい。ハインケル様の教育途中で、誠に恐れ入ります」
「いやいや。息子もずいぶん、君になついているようだった。これまでありがとう」
「こちらこそ、いい経験になりました」
「そうだな、ウィリアムの件でも、君には感謝しなければなるまい。本当に感謝している」
「そちらは偶然でした」
「そうかもしれん、しかし、困ったものだ。サーラに言っても仕方ないことかもしれぬが、私たち貴族には貴族なりの務めがある。それがわかるのは、まだまだ先なのかもしれん」
「実は、私は、貴族の生まれですよ。家出してしまいましたけれど」
「なんと!」
「自由を求める気持ちは、よくわかります。私の場合は逆でした。貴族の女性としての生き方が不自由で、婚約相手がとても嫌な人だったのです」
「しかし、サーラ、君は一人で、自立できている。ウィリアムは違う」
「どうでしょう。私は最初、グネムですら殺せなかった臆病者でしたよ。いい人たちに出会えました」
「恩人の君に言うのもあれだが、貴族には貴族の務めがあると私は考えている」
「どうでしょう、それはブレック様が、領民の安寧を、または苦労を目にされていて、どうにかしよう、どうにかできた、そういうことが見えているからではありませんか?」
「どういうことだ?」
「私は籠の中で、領民と接する機会もなければ、守りたいとも思っていませんでした」
「ウィリアムにそう言う機会を与えるべきだった、ということか」
「でも、難しいです。それって、苦しい人々の暮らしを体験したり、盗賊に襲われてみたりしなければ、他人事になってしまいます。私は不幸にも、幸いにも、経験してしまいました」
「経験せねば、わからぬ……か」
「それぞれの人の気質かもしれません。私の兄は、経験することなく、貴族の務めを果たそうと真面目に、きっと今も頑張っています」
「そうか。ウィリアムを自由にさせてやるべきだと思うか?」
「一度、外での暮らしを経験して見るのは、ありかもしれません。リーシェさんとではなく、一人で、村とかでいかがでしょう?」
「私は過保護なのかもしれん。それは、恐ろしいと感じる」
「そうですね。私は街に出ることも禁じられていましたから、そういうものなのかなとお察しします」
「話を戻そう。サーラ、これまでのこと誠に感謝する」
そうして、館を出た私は、防具屋へと向かった。
「よぅサーラ、注文の奴、できてるぜ」
「ありがとうございます」
新装備は、魔法の靴も含めて、私の体にフィットするよう、完全に調整してもらったものだ。
いずれの防具の素材も、魔力加工がされていて、丈夫で防御力も高い優れモノである。
魔物解体用ではあるが、戦闘も意識した短剣は腰の背中という予定で、切れ味の良いものとなっている。
以前から、相談して発注していたもので、出立しようと思ったタイミングで完成したのは都合がよかった。
一通り試着してみて、体を少し動かしてみる。
「どうだい、調整はいるかい?」
「うーんと」
と、いうことで、細かい違和感を伝えて、いくつか調整してもらう。
「ありがとうございます、よさそうです」
俊足のブーツも、数段階上位になっていて、左右の腕輪もランクアップしている。
この街、フェルディアスで入手できる最も良いものを取りそろえたのだ。
まぁ、ずいぶん蓄えも減ったけど。
そうして、魔法店へと、向かった。もちろん直線で。
防御円の階段を駆け上がりながら、ちょっと、なじむのに時間が必要かなと感じる。
魔法店に入ると、上位の魔法の媒体である宝石を購入した。
もう、杖なしのスタイルでいこうと思って、杖は更新せずである。
お店を出て、新しい装備の感触を試すため、私は街を駆け巡った。
もうすぐ、この景色とも別れる日が近い。
ワクワクする思いと共に、寂しくも思う。ずいぶんこの街で暮らしていたようにも思う。怒涛の日々だったな。
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一つのお店を貸し切りにしての夜の食事会だ。
主役は私である。
冒険者ギルドで、私がゼルさんとともに旅に出ることを伝えたら、お別れ会を開こうということで、いつの間にか話は膨らみ、そして今に至る。
「それでは、サーラちゃんのこれまでの感謝と、旅立ちを祝して! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
お店を貸し切りにしての、それはもうたくさんの人たちが、私を中心にしてにぎやかにしている。
音頭をとっているのはレッツさんだ。
「それじゃ、サーラちゃん、一言もらえるかい?」
え?
そんな話してました?
まったく、どうしようかな。
「この街では、みなさんにたいへんお世話になりました。ありがとうございます。いろいろと助けていただきましたし、見識もずいぶん広がりました。私は、いろんな世界を見て回りたいと思っています。それに、こんな食事会を開いていただけるなんて思ってもいませんでした。とても嬉しいです。ぜひ、今日は飲み明かしましょう!」
「「「イエーーーイ!」」
こうして、その晩は飲み明かして、今日くらいはいいかとはめを外して。
そう、べろんべろんに。
「サーラちゃんって結構酒癖、悪かったんだな……」
「まぁ、今日ぐらいいいじゃないのさ」
「くそぉ、俺、サーラちゃん狙ってたのになぁ」
「ついていけば、いいじゃないかよっ」
離れたところではそんなやり取りも。
「よっ、またなんかあったら気軽に戻って来いよな!」
というのはギーツさん。
「はい、シスコンギーツ先輩!」
「シスコン言うなっ!」
「「はっはっはっは」」
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「うえぇーん、サーラ行っちゃうのやだよー」
と、ハインケルくんの最期の授業は冒頭で泣かれてしまった。
彼の頭をなでながら、私はそっと膝をついて目線を合わせた。
「ごめんね、お別れの次は、きっといい出会いがあるから」
「やだぁ、やだー」
その日は、泣き続けるハインケルくんをなだめることしかできなかった。
ほんの少し、もらい泣きをしかけたのは秘密である。
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変身魔法の訓練と実験の成果で、できるようになったこと、分かったことがある。
まず、複合変身は二枠だと、三時間維持できるようになった。
これが、三枠になると一時間。
四枠になると十分である。
そう、四枠まで延び、そして複合変身の時間も全体的に伸びている。
とはいえ、今のままではパンツに変身して、一日中はいてもらう、などということはできないから、もっと頑張らねばなるまい。
なお、練習方法はパンツではなく、セナをベースに、能力を追加でバリスタードというふうにしている。
さらに、途中での返信がばれないよう、そんな最中に、セナに単体変身すれば、何とかごまかせる、という感じになってきた。
ただ、複合変身中は、それぞれの引き出せる能力が低下するようで、万能とはいかない。この辺も、練習次第かもしれない。
これまで95%だったものが、80%、80%のように分散してしまうのである。
修練の余地ありである。
強引に、そこを90%、90%とすると、維持できる時間はさらに減ってしまうのだ。
あと、セナをベースに、能力で精霊とすることで、精霊を見て意思疎通が図れるので、そこから精霊を利用した魔法の練習も始めた。
詠唱魔法とは少し異なる。
というのも、精霊としての意思疎通は、言葉ではなく思念を飛ばす形であるからだ。
いうなれば、詠唱魔法の上位、精霊魔法と言った方がいいかもしれない。
かねてよりやってみたかった、幻影についても実践できた。
なお、これについては別の方法でも可能で、そちらも並行している。
それは、セナ単体で、創成魔法による、精霊感知と精霊との意思疎通である。
こちらも順調で、現時点では、セナ単体のほうが変身維持の時間を気にしなくていいのでメリットだが、複合変身の練習もしたいので、そちらもやっている感じである。
部屋の中での実験なので、あまり激しいことはできていない。
幻影は、もう一人のセナがいるかのように、だったり、複数のセナがいるかのように、ちょっとした分身のようなこともできる。
鏡の前でグループアイドル的なポーズをとって遊んでみる。
超可愛い。そんな美少女が三人も!
もちろん幻影に実態はないが、戦闘では相手を翻弄するのに便利かもしれない。
他、植物を成長させたり、光をはなったり、雷撃、水の生成などいろいろできる。
媒体魔法と異なって便利なのは、命令すれば、あとは指示に従って、いい感じにやってくれることである。
対価は相談して決めるので、魔力だったり、お祈りだったり、捧げものだったり、いろいろ。いくつかは事前に相談して取り決めてある。
精霊とお話して、リフレッシュ、お風呂に入ったような魔法もやってくれることが分かった。
媒体魔法ではできないこともできる部分があるということだ。
近くのことであれば、精霊さんに尋ねる、なんてこともできる。
精霊さんは念力的なこともできるので、パンツになって浮遊することだってできた。
それはさておき、物事は意外な方向に動き出そうとしているらしい。
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旅立ちの数日前、私は、ゼルさんに少しお願いをしてみた。
「ゼルさん、立ち寄りたい場所があるのですけれどいいですか?」
「どこだ?」
「私の故郷、ユークララス領の都市ノレント、その実家です」
「少し経路はかわるが、遠回りにはならねぇな、いいぜ」
「ありがとうございます」
「実家に戻ってどうするんだ?」
「はい、勝手に家を出てきたので、ちゃんとお別れを言おうかと」
「そうか」
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俺は、パーブル、ジョニーも集めてもらって、これからバルトの執務室で話し合いを始めるところだ。
「セルディアから、話したいことがある、とのことだったが、珍しいな。どうした」
「大切なお伝えがございます。まず、冷静に聞いていただけます用お願いします」
と、パーブル、ジョニー、バルト、それぞれを見る。
誰もが、いったいどういうことだろうと、不思議に思っている。
そう、ワクワクでも緊張でも、まして、危険など思いもしていない、ちょっとした報告、くらいのそんな雰囲気だ。
「実は、私、本物のセルディアではございませんの」
「なんだと!」
バルトが驚愕して声を上げた。
パーブルもジョニーも声こそ上げなかったものの、どういうこと? という表情をしている。
いいね、その表情、俺さ、これが見たかったんだよ、はっはっはっはっは!




