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第2章 17話 知らない世界

私は大雨の中、泥と返り血にまみれ、立ち尽くしていた。村の中で、水たまりはところどころ赤く染まっている。


守れなかった……


多くの人を守れなかった……


死んだ……


死んでしまった……


そして、殺してしまった……


冷たい雨が心を打ち付けるように顔や体を打っていく。


膝から崩れ落ち、泣きわめくことしかできない。


後悔と恐怖と怒りがごちゃまぜになって、胃から何かがこみあげてくる。


どうして、こんなに世界は、醜いんだ……


---


バリスタードとなった俺の一瞬の行動は誰にも察知することのできない速度で完了したことで、事態は思いのほか良い方へと向かった。


俺はあの後すぐに猫に変身し、脱ぎ捨てたセルディアの服は放置して、馬車の中に戻り、服を着たセルディアへと変身したのである。


「はい、突然、疾風が吹いたかと思ったら、賊は滅多切りにされておりました」


などと、セナの姿の俺に報告してくるのだ。


よしよし。


そのうえで、こちらに負傷者はいるものの、死者は出ていないとのこと。


決断がもう少し遅れていれば、どうなっていたかは怪しい。


なんとも、バリスタード様々である。


とはいえ、俺自身に反動がないわけでもない。


身体や変身能力とかそういうことではない。


いくらバリスタードになっていても、その時はまだいいとして、元に戻ればセナに変身している俺なのだ。


うん、気分が悪い。


切り伏せたのが一瞬であっても、手に伝わるその感触が記憶に残っている。


口元を手で押さえ、深呼吸をする。


護衛の隊長の判断によって、さらに敵が待っている可能性も考慮し、ノレントへ引き返すという判断を下した。


「セルディア様、ノレントに戻りますのでしばしご辛抱を」


そう語りかけて来たのはパーブルである。


「はい」


よほどつらそうに見えたのであろうか、パーブルも暗い表情をしている。


悪いな、さすがにこういう荒事には耐性がないんだ。


「少し休ませてください」


そういって、馬車の中に戻り、横になった。


これはきついぜ。


もっとお気楽楽しい異世界ファンタジーでいいんだよ、俺が求めてるのは……ははっ。


寝ようにも、あまりにも気分が悪く、興奮していて、休めそうにもない。


でもな、パーブルたちを守ったことを後悔はしていない。


だってよ、パーブル、あいつが死んじまったら、俺がセナじゃないってバラしたときに、一番驚いてくれる、驚かしたい奴が、いなくなっちまうんだからよ。


ったく、感謝してくれよ……


---


村からフェルディアスの街へ戻る道中、ギーツさんが優しく声をかけ続けてくれる。


まだ、雨は降り続けていた。


「サーラのおかげで、俺たちも、村人の多くも無事だった。まずはな、できたことをちゃんと考えよう、な」


「はい」


それでも、暗くか細くしか、返事はできない。


「帰ったら、しばらくゆっくりしたらいいさ」


「はい」


「大丈夫だ、大丈夫。サーラは十分やったよ」


「……」


はたして、あれが十分と言えるのだろうか……


「元気を出せとは言わないから、ちゃんとメシはくいなよ」


「はい」


長く長い道を歩いた気がする。


「街が見えたぜ」


少し顔を上げる。


街だ。


帰ってきた。


でも、もう私は知ってしまった。


元には戻らない。


この世界は、平穏の影に、残酷で、残忍な姿があって……


……そして私も、残忍な存在に、なってしまった……


---


俺は帰ると心配されたテレシアに抱いて泣きつかれた。


わからんではないが、あんたの心配まで背負ってやる余裕はない。


その後、気分がすぐれないからと強引に部屋に向かった。


ふぅーなんとかなった。さっそく、服を着てないセナに変身して部屋にあった服をきる。


危ない危ない。


服あり変身状態から、服を脱がせるとどうなるか、そう、服が消えてしまうのだ。すっごく怪しいだろ?


まぁ、わだかまりは残りつつも、最初の関門は一つ突破できて一安心だ。


でもさ、妙だと思うんだよね、あの賊の人数は。


奇麗に待ち構えられてた気がする。


そういう疑念がわいて仕方がなかった。


いつもの紐と指輪の創成魔法で、さて、黒幕はまずいるかを確認するとしましょう。


まず、裏で糸を引いている人はいる、裏で糸を引いている人はいない、その他……結果は、はい、でました、黒幕がいまーす!


つづいて、あれは山賊ですかどこかの貴族の兵士ですか、はいはい、貴族の兵士です!


それはいったいどこの国のでしょうかね、デファード国!


それではどこの領でしょうか、ウォズニッグ家!


はいそれでは黒幕は! マズール・ウォズニッグ! お前ふざけんなよっ!


はーーー、セルディアを嫁にと言いつつ、暗殺ですかーーー!


これは、むしろマズールは戦争をしたがっているのかな。はい、イエスとでました。


バルトさん、もともと詰んでるみたいですよこの状況。


娘さん命狙われてるじゃないですか。


まったく、マズールの奴に、一泡吹かせたくなってきた。


どうしたらいいかな。


どうできる?


一番わかりやすい方法は、俺がバリスタードに変身して、乗り込んでマズールを暗殺することか。


相手の戦力が未知数すぎて、少しバリスタードの強さを過信しているかもしれない。


何かしら政治的な嫌がらせをするにしても、セルディアとしては力はない。バルトだってそうだ。


くっそぉ、しかし許さん。許してなるものか!


ファンタジーならでわのもっと恐ろしい奥の手はあるかもしれない。


それは、もし可能だとすると非常に恐ろしいチート級の禁じ手だ。


まずは実験からだが、うーん、実験がまず難しい。


あの賊がデファード国の兵士だとすると、それに変身して……


許す気なんてない。そう、まったくもって一ミリたりとも手加減する気もない。


実験もなく、いきなりやれたことはあった。


いや、少しマイルドな方法を思いついた。


それでもチート級にやばいけれどね。


この世界にサイコロなるものは、うーん、セナの記憶ではないらしい。じゃあ、木を削って立方体を作ってもらおう。一辺が二センチくらいのやつ。


さぁ、運命を捻じ曲げてやろうじゃないか。


---


翌朝、私は宿の部屋で呆然としていた。


そんなところを乱暴に扉が明けられた。ゼルだ。


「防具を貸しな」


言われるがままに、渡す、なんだろう。


慌ただしく去っていった。


ふぅ、強引には連れて行かないんだな。


でも、いっそ動いていた方が気が楽だったかもしれない。


もう雨はやんでいても、心が晴れることはない。


夢を見すぎていたのかもしれない。


貴族の社会は妬みや嫉み、暗躍やらいろいろあって汚いことも多くて、そして窮屈だった。


そとはもっと自由で晴れ晴れしている世界だと思っていた。


でも、外のすべてがそうというわけではなかった。


いろんなところで、ああした暴力が横行しているのだろうか。


なんで、人同士で争っているのだろう。


どうして、みんなで仲良く暮らせないのだろう。


どうしてあんな嫌なことを私に迫ってくる世界を、運命を呪う。


つらつらと悩んでしばらくして、ゼルがまた現れた。


「洗っといた、乾かしておきな」


どうやら、汚れた防具を洗って、あれ、包帯は新しいのも買ってきてくれたみたいだ。


「ねぇ、私、助けられなかった」


「上を見ればきりがねぇぜ。たとえランク6でも、世界は救えない。貴族の領主様でも、王様だって、世界を平和にはできちゃいねぇ」


「……」


「サーラ、人間一人にできることには限界がある」


「世界って残酷なんだね」


「それを少しでもマシにしようって、頑張ってる連中だってたくさんいるんだぜ」


「私は、そこまで強くなれそうにない」


「んなこたねぇよ。今弱気になるのはかまわねぇさ。メシはちゃんと食えよ、食ってなかったら明日引っ張り出すからな」


ゼルはそう言うと、また走り去っていった。


昨日の光景は地獄だった。


そしてまた、私も、地獄を作った一人だった。


ゼルが洗ってくれた防具を抱きしめる。この防具みたいに、心を、汚れてしまった何かを、洗い流せたなら……どれほどよかっただろう。


そう、私もまた、地獄を作ってしまえる、そんな一人なのだ。


---


俺はバルトに執務室に呼ばれて来ていた。


「無事でよかった。災難であったな」


「はい。これをお父様は偶然のものとお考えですか?」


「どういうことだ?」


「山賊にしてはとても多く待ち構えていらっしゃいました」


「まさか……根拠はあるのか?」


「いいえ、ですけれど、少し外出を控えてもよろしいでしょうか」


「構わんが、街のも、ということか?」


「はい」


そう、ひとまず、仕返しに集中したい。


どこでどう命を狙われるかもわからないしね。


「もしかして、首謀者の見当はついているのか?」


「はい、ついていますわ」


「誰だというのだ」


「それは、お答えいたしかねます」


「何故だ?」


「間違っていたら大変ですから」


「先日の怪盗パンドラの件、お前の言ったとおりだった。まだ二回であるが、お前の推理は見事なものだと思っている」


「はい、まだ二回ですわ」


「自分の命がかかっておるのだぞ」


「承知しております。しばしお待ちください。時期に潮目は変わります」


「わかった」


しぶしぶバルトは引き下がった。


それにしても、まだ、気分が悪い。野蛮なのってほんとやだねー。


---


数日がたって、まだ気持ちは戻らないけれど、それでも冒険者ギルドへと私は向かった。


「よぅ、いくか?」


ゼルが聞いてくる。


「うん」


力なく答える。


その日はまた、荷物の運搬の仕事だった。相変わらず無茶苦茶なルートは、私にとってもそれはもはや通常ルートとなっていた。


無心で、ただただ荷物を運ぶ。


以前はもっとしんどかったのに、もうこれが日常で平常で普通のことになってしまった。


ともすると、人殺しだって、慣れてしまえるのだろうか。そんな思考が頭をよぎる。


屋根を伝って、防御円を階段にして、階段だって跳躍力がついていまでは間隔は大きい。


たくさんの荷物をあっちへこっちへと運んだ後、いつものように冒険者ギルドで報酬を受け取る。


そう、いつも通り、できている。


さて、魔法の練習もしようと、街の外に向かった。


外ではまた、子供たちがいた。


「あっ、やっときた!」


まったく、無邪気なものだなと思う。


「近づいちゃだめだからね」


「「うん」」


そうして、いつものように練習を始める。


雷撃の威力調整してのいくつもの発動、そして、風の、風の……


風の刃が……恐ろしい。


次々と賊を切断していったあの光景がフラッシュバックする。


血塗られた魔法……


そんなイメージ……


そのおかげで、救われた命もある、と言ってはもらえた。


魔法も凶器、使いよう。


包丁も、ナイフも、剣だって、モノは使いよう。


ともすると、権力だってそうなのかもしれない。


弱弱しく、風の刃を放つ。


放つことはできるみたいだ。


少しずつ、威力を上げていく。


上げるたびに恐怖がこみあげてくる。


それが人を殺める力のあるものだと、まざまざと感じてしまったから。


威力半分ほどで、今日はうち止めにした。


次に進もう。


防御円の練習もやった後で、最後に、いつものやつを。


いろんな思いを込めて、そう、込め切って、限界ぎりぎりまで荒れ狂う魔力を強引にまとめて解き放つ!


その衝撃で後方に吹き飛ぶ。


今までよりもさらに巨大な一撃のビームが天高く放たれた。


「すっげー、今日はいつもよりさらにおおきいや!」


子供たちは、本当に無邪気だ。


ふと、目を輝かせて空を見上げている子供たちを見る。


まだ、何も知らない無垢な子供たち。


そっか、私って、何も知らなかったんだ。


---


俺の実験は順調だった、サイコロは十個手に入れた。


細工師さんに作ってもらった立方体に、インクで丸をそれぞれ付けた簡易的なものである。


まずは三つふってみる。


コロコロと。


いずれも六が出る。


それを何度も繰り返す。


ほとんど、六だけが出るようになった。


十個全部を振ってみる。


ずいぶん高い確率ですべて六の目が出るようになった。


何をしたかって?


願ったのさ、創成魔法で。


つまり、今の俺は、サイコロの運命を自在に変えられるってことなのよ。

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