第2章 16話 雨と決意
修練場で俺の稽古は少しまた変化していた。
パーブルの剣の稽古は、できる攻撃は剣以外も使う。格闘も交えたりと、ほんの少し慣れたころにそうしたのを加えつつ、俺は俺なりに工夫してみようと思ったのだ。
最初は剣の稽古を純粋に行うが半分は、魔法も交えた試行錯誤に挑戦した。
俺は、というかセナは魔法が使える。防御円が。
であるなら、剣で戦いながら、自身への攻撃を防御円を使って防いでも構わないはずだ。
ジョニーとの訓練も半分はいつも通り行い、同じように、防御円を残り半分は使うようにしていく。
さらに、身体強化の魔法も追加で覚えてこちらと併用できるかも試していく。
もちろん最初はゆっくりから、だが、もうずいぶん慣れてきた。
パーブルの剣を防御円ではじきつつ横なぎに一振り、をざっと引いて交わされたり、そんな感じ。
最初のころと比べて、緊張感をもってやっていけているのがなかなかに楽しい。体を動かすのってホント楽しいよね。
パーブルとの武術の訓練が終わって。
「セルディア様も、剣で戦場に出てみるのもいいかもしれませんね」
「ありがとうございます」
そんな風に言ってくれる。なかなかに、ずいぶん上達したように思う。
もともと、防御円でカバーしていたことも、その練習もしていたこともあって、相手の攻撃の動きを見ることは経験を積んでいたからだろうか、それに最近は体力もさらに持つようになってきている。
どことなく筋肉もついてきている。ちょっとずつ、俺の知っている、別れたあの時のセナから変わっていってしまっているように思うが、流石にこういう変化は問題ないだろうか。と、少し不安になる。一応、武術の訓練もしているし、その影響だとは思うけど。
「では、次の稽古ではちょっと実際の剣を少し扱ってみたいです」
「そうですね。少しずつ、進めていきましょう」
ちょっと、実際に切れる鋭い剣を持つのはちょっと怖いけどね。でも、こういう剣と魔法のファンタジーが楽しめているのだから、身代わり生活も悪くないかも。
最近本当に、体を動かす楽しさ、というのに目覚めてきている。
イタズラも楽しいんだけど、案外俺の性分は、もしくはセナのかも、それは、体を動かすことにもあったのかもしれない。
何が自分にとって大事なものか、わからないものだなと思う。
---
フェルディアスの冒険者ギルドへ行くと。
「サーラちゃん今日うちのパーティどうよ?」
「いやいや、今日はうちどう?」
などなど、私が門をくぐれば、こんなことになるようになってしまった。
奥の方では、
「けっ、何が神の雷のサーラだっ、調子に乗りやがって」
「最近は市長様にも媚び売ってるんだってよ」
などとうっすら聞こえてくる。
多くは歓迎してくれて、引く手あまたでそれはそれで困惑しながら、対応しているのだが。なんだか、嫌っている人もいるようである。
ナディアさんいわく「そういうのは気にするな、合わない奴は誰にでもいる」とのこと。
「それでは、今日はギーツさんのパーティーにご一緒させてください」
「よっしゃ!」
人気者になれば、妬まれもする。というのは、貴族でもここでも、変わらないらしい。
いつの間にか、冒険者ランクは4になった。
遠くの村でブラッドウルフが出没し、この街まで支援が求められている。
早速村へと向かい、少し休んで捜索を開始した。
ほどなく、独特の雄たけびと共に黒い妖気をはなった5mほどの獣が山林の遠方に確認された。
「先制します!」
私は、十分に魔力練る、やや遠い、いけるだろうか?
出力70%ほど、範囲より収束を重視して雷撃のビームを放つ。
ゴドーンと、稲光のビームは、木々を焼き焦がし、周囲に多大な光をあびせる。
遠くの方で、大きく倒れる音がする。
「確認お願いします」
「おっし!」
ゆっくりと前衛二人が近づいていく。
ほどなくして、ブラッドウルフの撃退を確認した。
ふぅ、魔獣相手だと、もう慣れたものだった。
「サーラちゃんだったら、一人で依頼こなせそうだよな」
「いえいえ、探索とか、そういう方面はさっぱりですし、今回は都合よく遠方に発見できたました」
その昔、ブラッドウルフを、パーブルさんたちと共に、必死に倒したのが懐かしい。
あの時は、もともとはナッドウルフの討伐依頼だったんだ。
「余裕があるなら、村で他に依頼があるか確認しておこう」
それもいいと思う。村に冒険者が在中していることは少ない。
ゴブリンやそのほか、倒せるものがいるなら、この際、心配事は終わらせておいた方がいいと思う。
うん、平和が一番だ。
---
デファード国のウォズニッグ領の近い貴族の別邸へと俺は向かっていた。
マズールに招待されたのである。
貴族の馬車に乗り、揺られている。
気が重い。とうとう、この日が来てしまった。まだ、結婚ではないものの、数か月に一度、顔合わせをしなければならない。
嫌なものだ。
警護にはパーブルやジョニー、マチルダも参加しているので、見知った人たちも多い。
セナの気持ちにのまれてどんどんと心が憂鬱になっていく。なんとなく、外は曇り空な気がする。
そんな風に思っていたら雨が降ってきた。
景気の悪いことだ。
馬車の速度が落ちる。
ご不興をかわないように、ある程度の対応はしなければならないというのもしんどい。
とはいえ、こんなことが嫌だからと、セナとの入れ替わりをばらすつもりもない。
俺が頑張っていれば、それだけセナは遠くに行けるのだから。
今頃、セナはどうしているだろうか……
---
村で他の依頼もこなしているとずいぶん遅くなったので、空き家で私たちは今日は泊っていくこととなった。
雨が降り始めた、ということもある。
ゴブリンの盗伐は仲間に大方任せて私は防御円の援護に徹した。
「にしてもさ、サーラちゃんの雷撃はあれでとびぬけてるけど、防御円も凄いよな」
「そうだな、早いし的確だし。僕はまねできないよ」
防御円、いつの間にかできていた気もするし、それはゼルさんとで必死だったからか、それとも、足場に使うようにした影響なのだろうか。
雨音は強くなり、雷までなりだした。
「明日にはやんでるといいんだけど」
「そうですね。それでも、ぬかるんでるんでしょうけど」
「ま、こういう時もある」
そんな時だった、
「ギャーーー!」
人の叫び声が聞こえた。
手慣れたギーツさんは、颯爽と飛び出しながらいう。
「警戒! カシム見に行くぞ、他、動かず!」
私は杖を手に取り、周囲をうかがいながら、壁側へと身を近づけた。
雨音でよくわからない。
ガキン!
金属音が聞こえると思ったら「敵襲!賊だ!」とギーツさんの怒声が聞こえる。
どうする!?
どうすればいい?
賊ということは、相手は人である。
バン!と、扉が開かれ、短剣や斧をもった数人が現れる!
「ヒャッホー!」
と叫びながら、駆けだそうとするその瞬間、思考が停止する。ゆっくりと。
何かしないと。
今ここにいるのは、私と、他二人も後衛で。
ふと、仲間が杖を掲げようとしているのがゆっくりとわかる。
それよりも、相手の動きが早いことは直感できた。間に合わない。
でも、それは嫌だ。
何とかしないと。
たとえ、防御円で防いでも、追撃が来る。
いつぞやレッツさんが言っていた。賊は逃げるより殺してしまう方が安全だと。
そんな言葉がよぎった。
「あぁぁあああああ!」
私は叫びながら最大限の速度で雷撃の範囲魔法を解き放った。
「ぐおぉお!」
何か嫌な予感がした。
目の前の相手が焦げてゆっくりと倒れていく。
でも、それだけじゃない、なんだ、なんなんだ!?
慌てて私はよくわからず直感に従って走り出した。
扉を開けると、ギーツさんが片膝をついて、今まさに、賊の斧が振りかぶられんとしていた。
即、防御円を発動させてはじきながら、急いで接近しつつ、のけぞったその腕を風の刃で切断する。
その腕からは血がざっとほとばしっていく。
「このぉ!」
やるしかない、けど、決心もつかないだからこそ、できたことは――
目の前の賊のもう一つの腕を、さらに風の刃で切断する。
相手はその勢いで吹っ飛んでいく。
だが、金属のかち合う音は他からも聞こえてくる。
「ギーツさん!」
ひとまず、気を失っているギーツさんをさっきいた場所へと身体強化の力でもって連れ帰る。
「ギーツさんが倒れた、ごめんなさい、たぶん私のせい、まだ戦ってると思う、どうしよう」
まくしたてるように、中の二人に告げる。
一人が、ギーツさんを抱えつつ、もう一人が。
「相手の人数は?」
「わからない」
「いいかい、自分の命優先だよ。まず、カシムが戻ってくるまで、しばらく、ここに立て籠る」
「村の人たちは?」
横に首を振られる。
「可能なら助けるけど、まずはギーツを起こして、体制を立て直さないと。相手の数も未知数。逃げるしかないかもしれない」
それは……つまり……村の人たちを、見捨てる、ということだ。
それも嫌だ。
嫌だ。
でも、人を相手にするのは怖い。
視界がぐらつく。
それでも、そう思って、私は外に駆けだした。
平穏にただ暮らしていた人たちを襲って強奪する、そんなのは――
そんなのは――
ほんのりと、怒りの炎が、心に宿り始めていた。
---
急に馬車が止まった。俺は何事だろうと思った。
稲光と共に「山賊だ!」という叫び声がして周囲の足音があわただしくなる。
このまま馬車の中にいて大丈夫だろうかと、そんな考えがふとよぎる。
待つ、待たない、どうする?
一瞬ためらって、扉を開けて雨の中を飛び出すと、前方には大勢の賊がいる。賊の規模なのか?
くそっ靴もドレスも動きにくい。
「セルディア様、中へお入りください!」
近くの護衛が叫ぶ。
前方の戦いは押されている。
直感的に分かる、俺が何かしないとだめだと。
いつか来るかなとは思っていた。
冒険者の依頼でも、直接自分がということを避けてきたあることを。
それはそうだろう、それは忌避するべきものとして育ってきたのだ。
安全な社会で、いやニュースではよく見るが、まさか自分が当事者になる、なろうだなんて思わないもの。
殺してやりたいくらいむかつく人間がいなかったかと言ったらそんなことはない。
でも、思うと、実行するは、大きなへだたりがある。
一つ、全く別の方法もなくはない。
猫になってこの場を逃げ去ってしまえばいい。
うん……できるね、きっと。
それが俺にとってリスクのない選択だ。
そのあとはゆっくり歩いてノレントに戻ればいい。
パーブルとジョニー、マチルダを見捨てるのか?
相手は何十人、こちらは少数、俺が逃げたら、確実に負ける。
と言って今のセナでできるかというと、わからない。
状況を大きく好転できるだろうが、賭けだ。
もっと分のいい賭けはある。
だが、どこまでその力を俺が発揮できるかはわからない。
そしてもし、そうするとすれば、俺は人を殺める選択をしたということになる。
怖い。
あー。そっか。この怖さ、セナの怖さもあるのか。
だとすると、そうだな、あの男なら、そんな恐怖はもうとっくに乗り越えているだろう。
俺は変身のスイッチを切り替え猫になりつつ服が散乱するが落ちる前に前へと駆け出す。
そうそう、今ちゃんと服着ちゃってるからさ、こうでもしないと、彼に変身しにくいんだよね。
後の言い訳とか、なんで彼がここにとか、もうその辺は今考えるのはよそう。
パーブルたちが死んでしまう前に、動かないと。
次の瞬間、俺の姿は、猫からバリスタードへと変わっていた。
ふっ、あんなに恐ろしいと思っていた感情が噓のようだ。
剣を振り抜き、俊足の斬撃は一瞬であまたの賊だけを見事に切り伏せた。
その出来事を理解できたものはこの場の他の誰にもできなかった。




