第2章 15話 偽りの予告状
パーブルを少しからかったことと、冒険者の仕事での手ごたえもあって、満足感を得ながら、また俺は貴族の生活となった。
部屋で、いつもの習慣でやっている魔法や変身の練習がおわり、怪盗パンドラについて考えるところだ。
幻影の魔法、一人のエルフ、その辺は分かっている。
しかし、いくら幻影で忍び込もうと思っても、足音はたつし、獣人族が警備にいれば彼らの嗅覚は伊達ではない。それに、魔力自体は変わらず、姿を消すような幻影も光だけ、魔力を感じられる人からすれば、存在感が分かってしまうのだ。
つまり、光をごまかせるだけ、である。
それに、たとえ忍び込めたとして、どうやって盗むのか、というのが問題だ。
警備の記録のなかでは、警備対象にはずらずらと人が並んでいるときもあったという。そんな状況でどうやって運び出す?
いっそ、対象をテレポートさせるような、そんな魔法でもあればと思う。
再度確認する。紐と指輪の創成魔法で、幻影、転移、そのた、でどの魔法でどういうトリックが使われているかを占ったところ、四割が幻影、四割がその他となった。
あれ?
他も使ってる?
トリックは、幻影だけではない……だと!?
念のため確認で、こんどは、幻影とその他、転移、その他、で占ったところ、九割が幻影とその他となった。
あちゃー、つまり幻影一つだと思い込んでいたということかっ!
とすれば残りを探してみよう。
魔法の本を色々調べながら反応するものをとりあえずひとしきり全部確認していく。そう、前回、止めちゃったのがまずかった。
そうしてもう一つの魔法にたどり着いた。
それは、物質生成である。物質?
なんで、物質生成?
これは、イメージした物質をなるべく再現する媒体魔法とのこと。ただし、非常に高度なイメージ力が必要で、繊細な物を作るのは難しいらしい。
大雑把に表現すると、棒人間は作れても、それを人体と見えるリアルさにするのは難しいということかな?
ふむふむ……?
いやいや、ますますわからなくなった。
そんなものがあざやかに盗み出す手口と一体どう関係するというのだろう。
そもそも、いつの間にか盗まれていた、であって、当日は騒ぎも起こらず、何か作られた、見かけた、そんなこともないのである。
いっそのこと、犯人を特定してしまった方が早いかもしれない。
犯人を特定して、俺が見て、そいつに変身して、記憶を覗いて、トリックを知る。
ま、犯人が近郊にいるとは限らないから、この手段は使えないんだけどね。
くそぅ、俺の頭脳はここまでなのか!
俺を含めて、みんな大きな見当違いをしているのかもしれない。トリックなどというのはそういうものだ。
視点を変えよう。
料理で例えるなら、カレーライスを作るにはどうしたらいい、人参、玉ねぎ、お米、カレー粉、お肉など素材が分かっているが手段が分からないのが今である。
少しひっくり返して、それぞれでできることを考えてみるのはどうだ?
人参はどんな調理方法があるのか、玉ねぎは、お米は、カレー粉は、肉はと、それぞれから見ていく。
一見遠回りに見える。それは、玉ねぎの調理法がたくさんあって、そのうちのどれかのはずだが、そう、たくさんの情報に遭遇してしまう。
しかし、まずはそれらの調理方法を全部並べて組み合して行けば、カレーライスの作り方も見えてくるだろう。
いやいや、カレーライスくらい、作り方は知っているよ。作ったことは、学校とかでしかないけれどね。
つまり、幻影、物質生成、それぞれ、またはその二つでできることを考えてみる。
幻影というのは、詠唱魔法で精霊によって光の操作で、奇麗な幻影を作れるのが特徴である。こちらは高精細である。
ただし、光だけ。たとえ、人に幻影で変身したとしても、声や匂い、魔力、そういったものまでは嘘をつけない。
幻影は、人や生物にかぎらず、景色などもできるのではないかな、と調べてみると……部屋を覆うように幻影を作って、その中からならそう見える、ような景色の幻影も可能なようだ。
つまり、部屋にいるけれど、草原にいるかのような景色を見る、そんなことは可能なのだろう。
そして、物体などの幻影も作ることができるのは言うまでもない。と言って、ただの光でしかないから持ち運びはできないのだが。
物質生成については……本を調べてみて……
魔力量に応じて、それっぽい荒い立体物が作れるらしい。精度の悪い3Dプリンターを想像したらいいだろうか。
鉄の剣を作って一時的な武器にするのは刃の先端がとがらないので難しく、鈍器にしかならないと、なるほど。
主に、壊れてもいい、壊す予定の的など、そうしたものに向いているとか。
鉄の鎧を試し切りしたい、みたいなときとかかな?
実際のものが消費されないなら、コストパフォーマンスはよさそうである。
制限として、込めた魔力に応じて、一時的にしか具現化されないとのこと。
まぁ、魔法ではよくあるよね。
水は例外かな。あれは残るっぽいけど、炎、雷、ツタの魔法だって、ほどなくすると消えるものがほとんどだ。
花の魔法とかも、永続で残らないんだよね。
ん?
残らない?
何か引っかかる。
もし、花の魔法で、誰かにプレゼントしたとしよう。花の魔法とは言わずに。パーブルとかに。でも、翌日には消えていたりするんじゃないだろうか。
そして、パーブルは、せっかくもらったのに消えちゃったよーなんて、なるんじゃないか。
そっか、あーーー、はーーー、なるほど。
それで、幻影と物質生成なのか。
本当にそうかどうか記録を確認すると……
盗まれた物について、それぞれの、盗まれる前の警備状態は、うーん、書いていない。
断言は難しい。
なら、まずは占いで確認だ。
怪盗パンドラは、予告状を出したのは、盗んだ後、盗んだ前、その他、さぁ、どれ!
ででん、予告状を出したのは、なんと、盗んだ後、でしたーぱちぱちぱち。
つまりこれは、普通に盗む。そのとき、物質魔法で、代わりのものを置いておく、でもそれだけだと荒いから、物質魔法に幻影の魔法をかけておく。
そして、その後、予告状を出す、するとどうなるか。
警備の人達がよばれて、厳戒態勢が敷かれる。
そんな中で、物質魔法の効果が切れて、同時に幻影の魔法も切れて、いつのまにか、無くなってしまうのではないだろうか。
なんでわざわざ予告状を出しているかというと、愉快犯だからかな。なるほど。俺がやったぞってまぁ、示したいわけだ。
つまり、これ、普通に盗まれてます!
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今日がハインケルくんとの初めての授業だった。
一本、杖を買ってきてあげたのでそれを渡す。
「まずは、これが必要なんです」
「おー!」
一番安い杖であるのに、とっても楽しそうだ。
「魔法には種類があるのは知っている?」
「ううん、わからない」
「まずは、呪文をとなえるやつ。精霊が見えないと使えないから、エルフさんたちが得意な魔法ね」
なるべく、平易な言葉をこころがける。
「それと、私が使っているのは、魔法の杖とか、魔法の宝石とかに触れて、魔力を操作して行うものね。ハインケル様に教えられるのもこちらだから、杖がいるの」
「えっと、精霊で呪文をとなえるほうと、杖がいるほうってこと?」
「そう。あとは、魔方陣を書くものね。とりあえず、杖の先に魔力をこめて、光らせてみましょう。こんな風に」
と、杖を掲げて先端を光らせる。洞窟の探索とかでは役に立つ。
「やってみる」
むむむむ、とやってみているが、うまくいかない。最初はそんなものであるが。
「それじゃ、ちょっと手を貸してね」
と、彼のてに杖を触れさせて、魔力を接触しているところに収束させてぐるぐるとする。
「何か感じます?」
「うーん、なんか変な感じ」
「それが魔力、魔力を感じ取って、自分の魔力を杖の先端で光るように願ってみてください」
ともう一度やってみるも、上手くいかない。最初のコツはなかなかつかめるものではない。
彼の手に杖から魔力を感じさせて、杖を光らせようとしてもらって、それを繰り返す。
「最初のコツをつかむのはちょっと時間がかかると思うから、焦らなくていいですよ」
「うん」
繰り返していく。
なかなかうまくいかないので、ハインケルくんはちょっとしょんぼりしてきた。
「難しいね」
「そうですよ。たとえば、ハインケル様は最初から文字が書けましたか?」
「ううん」
「どれくらい時間をかけて、文章が書けるようになりました?」
「とってもかかった」
「今はどうですか? 文章を書くのに時間はかかりますか?」
「うーん、難しいのはまだ大変だけど、簡単なものは書けるよ」
「はい、いまは、文字を書くのがわからない段階です。文字をたくさん書いて覚えようとしていたことはありませんか?」
「ある」
「はい、そこからですから、大変ですけど、ゆっくりやっていきましょう」
「うん、わかった」
根気よく続けたが、その日は、彼の杖が光ることはなかった。
ハインケル君は肩を落として、杖を見つめたまま黙り込んでしまう
簡単に魔力を感じ、それが実現できるほど、人間は魔力感覚に対して優れていない。
最初のとっかかりをつかむまでは、ちょっと連日してみた方がいいかもしれない。
そう思って、ブレックさんに伝えてもらうようにした。
ちょっと忙しくなるけれど。頑張ろう。
ハインケルくんが、根を上げてしまっては、残念だし。
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バルトの執務室で俺は怪盗パンドラについて、可能性として報告した。
「つまり、招待状が届いたときには盗まれていて手遅れだと?」
「はい。確認のため、もし次の招待状が届いた際は、狙われたものをくまなく確認し、幻影や物質魔法によるすり替わり出ないか、一度ご確認されるとよろしいかと」
「なるほど、もし仮にそうだとした場合だ……悩ましい問題が残る」
「はい」
「凄腕の盗賊の魔法使いがいる、ということであろう。招待状が来てからでは犯人を追い詰められない」
「そうです」
「トリックは分かったが、どう対処したらいいというのか。それが問題だ」
「難しいですね。おそらく盗みやすいものを盗んでいると思われますし、全てを厳重に警備することも難しいでしょう。できることがあるとすれば、犯人は窃盗の金銭欲だけで動いていないという点です」
「どういうことだ?」
「もし、高度に盗みの技術があって、それを裏で売り払ってお金に換えて、それで満足なら、トリックや予告状なんて必要ありません。世間を騒がせて楽しんでいるのです。でしたら、もし取られてしまった時にできる抵抗は一つしかありません」
「なんだ?」
「騒がないことです。予告状がとどいただとか、盗まれただとか、怪盗パンドラがどうとか、ひっそりと、厳かに、盗まれたことを悔やむしかありません」
「どういうことだ?」
「相手は注目を集めること自体が目的なのです。こちらが騒げば騒ぐだけ気分がいいのです。ですから、その気分の良くなることをしてあげない、それくらいしか、できません」
それは、ネットの炎上騒ぎにも似た話だ。
結局、騒ぎたいひとが攻撃的な発言をして反応があったら楽しむという構造。反論してしまってはかえってエサを与える構造に似ている。
「わかった。次回、予告状が届いた場所では、早急に、狙われたものを調べさせるようにしよう」
「はい。大切なものはもともと取られにくいよう、厳重に保管するしかございません」
トリックは見破った。だが、結局犯人が捕まるというわけでもない。
そう、今回の件、俺が勝利したか、というとそうでもない。犯人は依然活動中。ニジアン病の時は首謀者の魔族が見つかったが、今回は、残念ながら、そこにたどり着くことは難しい。
狙われている先を占って、いろいろやることはできるかもしれないが、セルディアとしては、ここまでで十分だろう。
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私はここ二週間、ゼルとの依頼もこなしつつ、街の外での魔法の練習もしつつ、そして、少し予定よりかなり多くの時間、ハインケルくんに教える時間を割いた。
ちょっとオーバーワークである。
しかし、なんと。
中庭で、彼の杖の先端が、ふわっと、光ったのだ!
「光った!」
「頑張りましたね」
「うん!」
それはそれは嬉しそうに、光った杖をキラキラとした瞳でみつめ、ハインケル君は笑っていた。
頑張ったかいがあったというものだ。




