第2章 07話 嵐の獣人
「ちょっと、そんな走しらなくても!」
駆け足で山道を登っていく。
謎の怖い獣人に先導され、なし崩し的に一緒に依頼を受けるようなことになってしまった。
「早く終わらせられるもんは、すぐやる、それが鉄則や!」
「ひえぇ」
と、息を切らせながらついていく。私は、体力は全力ダッシュがつづくほどの物は持ち合わせてはいないというのに。
もう、走るだけ、ついていくだけで精いっぱいで、質問だの状況だの考える余裕さえない。
「よし!こっちや!」
と、こんどは山道から外れて山に入っていく。
「ちょっ……うぇ」
なんとか必死でついていく。
「嬢ちゃんもっとペースあげてあげて!」
いやいや、そんな無茶な!
ほどなくして、なんとかたどり着くと、今度は目前に、3mほどのカニ型の魔物がいた。パイルグラブだ。
頭がもうろうとしながらも、「おっしゃー!」と気合を入れた獣人は突撃していく。
ちょっとまって、魔物の攻撃振りかぶってるのに全く無視してる、危ない!
急いで防御円を張るとガン!と、あざやかにはじけた。
二呼吸ほどして、ちょっと冷静になって、ガシガシと真正面から殴りあっている獣人のラッシュはとまらない。
相手は硬い殻がある、風の刃より雷撃がいい。
杖の先に雷撃をあいつを倒せるくらいをイメージして、どっと魔力をこめるとあれ? また込めすぎる。
ガシュンと放たれた雷撃に、獣人は予想していたように見てもいないのにとっさにかわして、雷撃がパイルグラブを焼きこがし、倒れた。
「やるじゃねぇか」
「もう、なんなんですか」
「何言ってんだ、まだ終わりじゃねえ」
と、ナイフを抜き取って、解体をはじめた。
「解体は、できねぇか、てきとうでいい、ほれ、やってみろ」
ポーンとナイフを渡される。
あわわとキャッチして、もう、言われるがまま、なすがままにとにかくやれそうなことをやっていく。
ほどなくして、解体が終わる。
私のやったのはぐっちゃぐちゃだが。
「よし! OKだ、じゃあ、全力で帰るぜ!」
えー!
もう声も出ない。分担した片方のパイルグラブの荷物を担いで、また全力疾走がはじまった。
ちょっと、こんなペースじゃ、私死んじゃう。
冒険者ギルドの受付前にたどり着き、私はぶっ倒れ、魂が抜け落ちていた。
「ほれ、お前の分だ!」
頭の上に銀貨袋が載せられるも、ちょっと動けそうにない。
「あー」
「いい一発だったぜ、じゃ、また俺は次やるから、明日もよろしくな」
「ふぇ?」
しばらく、私は動けないでいた。
周囲からこんな声が聞こえてくる。
「ゼルに気に入られるとは、ついてねぇと言うかなんというか」
「目つけられるよりはいいだろ」
あははは、何だったんだいったい。
まだ、昼にもなっていなかった。
でも、もう今日は動けそうにない。
宿、そもそも探さないと……
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バルトの執務室で、俺はセルディアとしてバルトと二人っきりで向かい合っている。
「ひとまず、座ろう」
そう促されて、お互い向かい合って座る。
「心配したのだ。うむ、まずは聞こう、何が不満だったのだ」
「常々、申し上げている、デファード国のマズール・ウォズニッグとの結婚についてお断りしたいと」
「やはりそれなのか」
「はい、ですが、私はどうも自由を求める性分であるらしいのです」
「まだあると?」
「はい、もっと広く世界を自由に渡り歩き、人々と語らいたいのです」
「なるほど。だが、貴族として生まれた以上貴族の責務がある」
「確かに私を形作る多くの物事は貴族だからかもしれません。家も、使用人も、食事も、でも、貴族と言うのが私にとって最も大切なものを壊すのでしたら、私はどんな手段を使っても、貴族を捨て去るでしょう」
「民を見捨てるというのか?」
「いえ、民が私を見捨てたのです。違いますか?」
「生贄のように私は考えてはおらん」
「いえ、今は民の話をしています」
「そうだが。だが、民もまた不自由なのだ。お互いにそれぞれ、自由だ、贅沢だといっているのだよ」
「そうかもしれません。でも、私が民でしたら、貴族を贅沢だとは言いません。どちらも、知っているからこそ言えることですけれど」
「私はこのさいだ、お前には腹を割って話そう。私とて、娘のお前をマズールに嫁がせたいとは思ってはおらんのだ」
「はい」
「だが、ことは領主の一存で決められる範囲を超えている。戦争が起こるかどうか、その瀬戸際なのだ」
「はい」
「我が国ウェンプトンは、今、内部での争いで弱っている状態だ。王政が瓦解しつつある。この機に、デファード国が我が領内に攻め入る可能性が日増しに高くなってきている。これは王家からの命令でもある。すまないが、私にはどうすることもできない」
「では、嫁ぐ日まで、多くの自由をくださいませんか?」
「どうしたらいい?」
「街で、セルディアとしてではなく、セナと偽名を使って、冒険者として活動させてください。護衛に、パーブルとジョニーをお願いします。私を導いてくれた二人です。そこに1名、治癒魔法に優れた誰かを監視役にお付けください」
「それが条件だと?」
「はい」
「もう、逃げぬのだな」
「はい」
はは、ごめんね、逃げるも何も俺、セルディアじゃないんだわっ、って思いながらも、真剣な表情を維持しようと努める。
こういうふうに交換条件を出しておけば、動きやすいし、パーブルたちとも合流できるけど、さて、どうなるかな。
「セルディアよ、私は何か間違えたか?」
「いえ、たまたま、どうしようもないめぐりあわせ、と言うのはあるのではないでしょうか」
きっとそうだ。もしセルディアを助けようとおもってバルトが行動し、領主の座をおろされると、今度は兄のレオナードが困ったり、そんな感じ。
全部は選べない。
それに、ともすると、根本的にセナの自由を求める気性は貴族にあっていなかった、と言うことなのかもしれない。どうしようもない。
「こちらから、条件と言うよりひとつ仕事をまかせたい」
「はい、どのような内容でしょう?」
「国内が弱っている原因の一つは、我が領土でも蔓延し始めているやっかいな病気だ。熱が出て感染力が高く、死者も出ている。知恵を貸して欲しい」
「結果の保証はできかねますよ?」
「無論だ、猫の手も借りたい状況なのだよ」
「わかりました」
「では、先の条件でよいな」
「はい」
こうしてバルトとの話も終わった。
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バルトは娘、セルディアが部屋から去ったあと、席に戻って長く一呼吸する。
ふーーー、はーー。
不思議なこともあるものだ。
二ヵ月もない、セルディアが外に行っていた時間というのは。
にもかかわらず、先ほどの話し方、持っていきかた、まったく違っていた。
わずかばかりの経験で、これほど人は変わるのだろうか。
いや、若い世代にとって、二ヵ月ともなるとそれは大きな時間なのかもしれない。
これまでは、感情的なお願いの仕方だった。
そう、感情に訴えるように、感情をむき出しにして、「どうかお願いします」「私はこれをやりたいんです」、そんな感じだったが今はどうだ。
感情的な物言いはなく、平静に落ち着いた、感情で話をやり取りするのではなく理屈でやり取りをしていた。
違和感といってもいい。
たった二ヵ月でこうも変わってしまうなら、いや、変われるなら、私は何と愚かなことをしていたのかとも思う。
外の世界、現実を知れば、そうか、変わることもありうるのか。
もっとだだをこねられると思っていた。いつものように。
今回はそうではない、結局、一番大事なことに関してはセルディアが折れた形になる。
それはつまり、未来がだめなら、せめて今だけでも自由でありたい、そういうことなのだと感じた。
なら、少々の無理でも、その願い、かなえてやりたいと思う。
貴族の責務、背負いたくはない、というのは、そうか、それは仕方がないのかもしれない。
できる限りの願いはかなえているつもりであったが、結局それはセルディアにとっては不十分で、今回の街での冒険者としての活動、それがまさに、やりたいことだったのだろう。
そこまでは、本来は自由にはさせられない。
万一の危険があってはならないからだ。
そう、私であっても、そう自由に外を出歩けるものではない。
護衛が必要だ。
それほどまでに、私たちは、命、というものを狙われやすい立場にいる。
もしかすれば、街の人々との交流をきっかけに、そうした民のため、そう、そのためならと思ってくれたらよいのだが……
腹を割って話したつもりだったが、セルディアもそうだが、どうだろう、感情、心も含めて、という意味ではもう、セルディアの心からの声は聞こえないのではないだろうかと思うと寂しさを感じる。
成長したのか。
いや、それは嬉しいはずだ。
現実の、できることと、できないこととを見極め、その中で妥協点を探っていく、その上で、自分に利があるように話をまとめる。実に良い方向に成長している。
ともすれば、レオナードより、あの話運びは的確である。むしろ、それこそ、周囲との論戦、駆け引きに向いているとさえいえる。
もう、私の知っているセルディアはいないのかもしれない。
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フェルディアスに着いて2日目の朝、冒険者ギルドに向かうと。
「よし!いくぜ!」
と、ゼルと思われる、獣人にまたしても強引に首根っこをつかまれて、連れていかれてしまう。
3日目の朝、
「よし!いくぜ!」
と、また同じようにゼルに翻弄され、それが終わり宿に戻った私はバタンとベットに突っ伏した。
4日目の朝、
「よし!いくぜ!」
以下略
5日目の朝、
さすがに疲れがたまってきたし、ちょっと休もうとぼーっとしていた時だった。
部屋の扉が唐突に開けられ、
「おい!いくぞ!」
と、ゼルが問答無用で入ってきてこれまた、強制連行で依頼をさせられる。
嵐のような毎日に翻弄され、わたしは何とかついてくのに必死であった。
10日目のその嵐が終わって、ほんの少し体力的な余裕ができたので、街の外側の平原で、魔法の練習をする。
やっとだ、今のうちにやっておかないと。
不思議なことに、雷撃も、風の刃も、防御円も、あと水の生成でさえ、なぜだか思うようにできなくなっている。
想定以上のスムーズさとスピードでやれてしまって、調整がうまくいかないので危なっかしいのだ。
今までこんなことはなかった。
ともかく、それぞれ雷撃を放ってみて、次は風の刃と練習してその感覚を体になじませようとする。
今のままでは危なっかしい。
人間の成長で背丈が伸びるように、魔法のそういうのも成長があるのだろうか?
それはそうとして、ゼルに付き合うにしろしないにしても、これについては克服しておかなければ危険だった。
強い敵を倒す、そういう場合なら、そこまで問題にはならない。過剰な攻撃という程度。
もし、冒険者ギルドで最初に絡んできた、なんだっけ、あの人、まぁ、その、だ、手加減がある程度必要な時が危ない。
ロハン先生からは、魔法ではそうした繊細さを中心に、習うことが多かったから、今回そこも難しくなっている節がある。
そのため、昔やっていたように、威力をLv1で発射、Lv2で発射、Lv3で発射のような段階をもって行って、それらを意識して切り替えての訓練も行っていく。
ドドドドン、と、風の刃を放っていく。
お金については、ゼルさんは半分ずつで報酬を渡してくれているので、余裕がある状態だった。
夜、すこし贅沢をしても問題ないほどに。
でも、それはやめておこう。翌朝が危ないかもしれないし、贅沢をするなら、また、仲間とともに、わいわいしたい。
さぁて、今日は次で最後にしよう。
そう思って、めいいっぱいの魔力を込めるだけ込めて、時間をかけて、
今できる限りの雷撃ビームを解き放つ!
「どぉおおおおりゃあああ!」
ドガガガガーっと、周囲をまぶしく光らせながら極大の雷撃ビームが空へ向かって放たれた。
こちらも、威力が以前より上昇しているのを、呆然と見つめる。
でも、いい気分だった。
叫んだから気分がいいのかもしれない。
そんな毎日を過ごしていたあくる日。
山の岩肌見える、ある場所で、私はゼルと共に、ドラゴンと対峙していた。
あのー、流石にこれは、無茶じゃないでしょうか。
いつものことであるが、依頼内容については開けてびっくり出会ってわかる、そんな感じだった。心の準備なんてあったものではない。
だが、ドラゴンだ! ドラゴンだよ!
目の前にいるのはグランドドラゴン。空は飛ばないからワイバーンなどよりは対処はしやすいかもしれないが、地上で暴れられたら、というか、こんな魔物は複数の冒険者パーティーが連携して対処するようなものである。
それを
たった二人で
やれ
というのか
「行くぜ、サーラ!」
ゼルはそういうと、ドラゴンも雄たけびをあげ、戦闘が開始される。




