第2章 - 02話 どうか元気で
俺は遊馬慧の姿で、バリスタードを探した。
一つ、やっておくことがあった。
どうやら、決闘での大活躍以降、街中で立っているだけで人が集まるようになってしまったらしく、いったん馬小屋でバリスタードに変身して彼の思考を読んで、それでもって、西門から出た少し先の丘へと向かった。
どうも、セナについてはもう帰るだろうと安心しているようだった。
ふふふふ、実はそうじゃないんだなぁと、心に潜めつつ、剣を振るっているバリスタードを呼ぶ。
「バリスタード、話したいことがある」
すると、剣を振っていた彼は手を止め、剣を鞘に納めた。
「どうした?」
「悪い、実は心変わりだ、セナについていくという件は無かったことにしてくれ」
「構わないが、何かあったのか」
「あぁ、ちょっと面白い話があってな、それに乗ってみようと思うんだよ」
こういう時、まったくの嘘をつかないほうがそれっぽいんじゃないかと思う。真実を少し込めて、というやつだ。
「その話は大丈夫なのか?」
「中身は話せないが、リスクがどうこうというなら、わりとリスクがある。けどな、楽しそうなんだ」
「そうか……確かに、実にアスマ殿は気分がよさそうだ」
「分かるか?」
「あぁ。だが、惜しいな、私としては君には来て欲しかった」
「どうしてだ?」
「セナ様の人を見る目は確かだ。それに、セナ様がなんというかな、信頼して話ができる人間と言うのは少ない。実家ではそうだな、魔術師の先生くらいだったんだろうと私は考えている」
「ずいぶんと少ないんだな」
「いろいろあってな。だから、セナ様は悲しむんだろうなと」
「セナにはもう話してある」
「そうか……そうだな、私としては考え直してほしいところだ」
「その、セナ様がってやつか」
「そうだ」
「悪い。見つけちまったんだ、面白そうなことを」
「アスマ殿の言い分もよく分かる。だが、伏して頼む、どうか、一緒に来てはくれまいか」
ふと、バリスタードは、礼儀正しく、俺に頭を下げてそう言った。
「頭を上げてくれ。二転三転して申し訳ないが、俺の心は変わらないよ」
そう、バリスタードは悪い人ではない。
もしここに悪人がいるとするなら、そんな人を騙している俺こそが、悪人であろう。
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私はセナだ、そうセナであるぞ。
と、そういうのにも慣れてきたころ、パーブルに食事に誘われて、着いていくことにした。
初めて食事を一緒にしたときの、美味しい肉のお店だった。
不思議な気分だ。あの時は猫になって、横から見てたんだった。
「いろいろあったし、俺としちゃ、力不足で悪かったと思う。悪かった、セナちゃん」
「いえいえ、私こそ、恐縮ですよ」
おぉい!すまん!本当うにすまねぇなはははは!やばい、にやけそうだ、くっ、笑ってしまってはいけない、ちゃんと、申し訳なさそうにせねばならないので、本来の俺の心をぐいぐいと引っ込めて、セナになりきる。
「にしても、バリスタードさんは本当に強かった。参ったよ。冒険者ランク5を舐めてた。俺達ももうランク4近くって言われてるけど、別格だった」
「そうですね。私も、バリスタードがそこまで強いというのは知らなかったんです。私は、武術の練習はさせてもらえず、彼の戦う姿もはじめてみましたから」
「そりゃ、貴族様の館で、戦いなんておこっちゃならねぇもんな」
「はい、嫌がらせなどはありますけど、ああいう冒険者の戦いみたいなことは、男性だとまた違ったのかもしれません」
「うんうん、でもまぁ、これからまたよろしくな」
おう!? ダメだ、平常心平常心。
「は、はい……よろしくお願いします」
「そう、だったらどう、お酒でも」
「今日はやめておきます」
「お酒の、失敗はだれでもあるから、ほんのちょっとでもいいんだぜ」
むむ、こやつ、もしかして今日……私をお持ち帰りしようとたくらんではいまいか?
男の俺だったら間違いなくそう狙ってやるよね。
絶対そうだよね!
あー、そうか、バルト家に使える身分になってしまったら近づきにくくなるかもしれないから、パーブルさーん、勝負にでてきましたねー。
さてさて、どうする。ほんの少しくらいはお酒に付き合ってみるか……断るとかえって怪しいか……
「じゃあ、その、ちょっとだけ」
「おぅ!」
そうしてお酒を頼んだ。
うーん、大丈夫かなー私。
これさ、変身ってだいぶ本人になってしまうらしいというのが分かってきてるから、知識や技術とか、話し方も自然とそうなるから。
だからさ。えーっとねぇ。
飲みすぎると、たぶんヤバイ。
一杯をちびちびいこう、そうしよう。
そうして、パーブルとこれまでの冒険を振り返ったりこれからの話をしながらお酒を楽しんだ。
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私は馬車に乗せてもらって、慣れない杖を握りしめて、遠くなっていく街を見つめていた。
これから、サーラとして生きていく。
ほんの少しの時間だったけれど、あの街でのセナとして過ごした毎日は、とてもいとおしく、目頭が熱くなる。
うん、そうか、私、きっとずっと、あの生活を続けていたかったんだ。
そして、アスマからどんどんと遠く離れていってしまうのかと思うと……
私は周囲に泣き顔が見られることにないように顔をうつ向けてしまって、目をつむり、馬車の揺れとガタゴトという音だけを感じる。
もっともっと、たくさん、末永く、一緒にいたかった。今更ながらにそう思う。
違う場所に向かって、ここまで寂しくなるということはこれまで無かった。
いや、ロハン先生に対しては少し、そうは思ったけれど、うん、なんだろう、心にぽっかりと穴が開いてしまったようで。
なんでかな、以前、あの街までの道中は一人の寂しさなんてなかった。
なんとかしてやるぞ、野垂れ死にしてしまったって構わない。絶対に逃げ出してやるんだ。そんな強い思いだった。
でも今は、嫌だった。
街に戻りたい。
なんで、上手くいかないんだろう。
もっとパーブルさんたちにいろいろと教えて欲しかった。
いや、認めてもらえる、肩を並べられる存在になって、上達したなって褒めてほしかった。
なんでこんな、逃亡なんてしなければならないのだろう。
私が戻ったところで、そんな生活はもう戻らない。
壊れてしまったんだ。
バリスタードに見つけられた、あの瞬間に、全て。
また、会えるかな……
会えないよね……
だって、私の代わりに、アスマは私の実家に行くのだから。
もう、二度と会えないのか。
嫌だ……
どうしようもなく、ただただ、涙が出てきて、声は殺して、胸にこみあげてくるものが止められなくて……
嫌だ嫌だと、ずっと、そう泣き続けた。
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俺は朝の変身の練習をセナの宿の部屋で行ったあと、それに加えて、セナに変身しての魔法の練習を薬草のとれる森までの平原で行うように生活習慣を一部変えていた。
もう、ほとんどはセナとして生きている。
寝るときもそうしているし、数回の失敗はあったが、今では問題なく起きても変身は解けなくなっていた。
ほんの少し、夜に部屋で変身を戻して休憩をはさむことをしているくらいで、ずいぶん調子よくできていた。
媒体魔法については確認と練習もしたかった。
いくら、記憶をたどれるとは言っても、実際に試しておきたいのである。
あの時見た、前方への広範囲な雷撃魔法や、収束させたビームのような雷撃、そしてそれらの力加減の調整に、狙いを定めたり、連射速度を確認してみたりとやっておくべきことは沢山ある。
風の魔法もそうだし、水の生成など、セナはたくさんの魔法が使える。
水を冷水に、ちょこっと出してみたり、びしゃっと飛ばしてみたり、収束させて高速に放ったり、セナとしてできていたことをまず確認した。
ただ、外でためらわれる確認は室内でやった。それはそれとしておいておく。
防御円や生活で使う魔法などいろいろ試したうえで、練習と拡張できないかの実験だ。
まずは、収束速度、命中精度、あと、杖なしでの威力の確認もだね。
他には、ウェルゴーがやっていたツタの魔法や、シーラの治癒や結界などもできないかと試す。
とてもではないにしろ、ちょこっとツタが出たり、小さな結界が作れたり、切った指先の傷がほんのり治りかけたような、そんな感じがする。
うん、少しずつ試していく。何事も練習練習。
これは、変身の実験の一部でもある。
今までは、変身した本人の力がそのまま引き出せるかどうか、であった。
そのうえで、さらに、本人ができてないことも、訓練しだいでどうにかなりうるのか、と言う実験である。
それはもしかしたら失敗となる可能性もある。と言うか高い。変身した対象以上のことはできません、と言うのはあり得そうだ。
だが、本当にそうかな、と思う。
例えば、セナの姿にプラスして、指に精霊が見れる指輪をはめている状態をイメージして変身すれば、精霊が見えるセナになれる。
そう、成れるのだ。
肉体面と衣装面で、何かしら差があるかもしれないが、まだまだ変身能力にはわかっていないことが多い。
それに、変身能力なんてよくよく考えてみれば実に俺向きの能力じゃないかと今更思った。
本当に今更だ。なんで気づかなかったのだろう。イタズラや悪ふざけなんて俺に最適な能力だ。
ひとまず、そんな実験が終わったら冒険者ギルドへ向かう。
もう、セナは旅だったはずだ。
本名はセルディアなのか。今でも俺にとってはセナだけど。
セナはサーラとして次の町に向かう。
ちょっと惜しいことをしたなとも思わなくわない。
せっかく仲良くなれた可憐な女の子。それも、一緒に逃げてくれない? なんて駆け落ちみたいなことまで言ってくれたのだ。
まさに男みょうりに尽きるというか、いっそそのまま二人で頑張ってもよかったんじゃないかとも思う。
うん、ちがうな。寂しいんだ。
元気でやってくれるといいけど。
ほんと、選択を間違えたかもしれない。恋愛を優先するなら確実に間違いだ。
セナと一緒に逃げて、それでもって、いつしか二人は見たいな展開、ぜんぜんあったんじゃないか。
ともすると、俺は大馬鹿ものかもしれない。
何せ、俺が優先したことは、イタズラがしたい、などということなのだから。
ほんと大馬鹿だ。
街の門をくぐって入る。
きっと、もう会うことはないと思う。
探せるかどうか、って、まぁ、この世界がどれだけ広いのかは分からないけれど、セナはきっと街をどんどん転々として距離をとっていくはずだ。
俺はしばらくは一年、せめて半年以上はセナとして生きるつもりである。
それだけきっと空間的な距離は離れるだろう。
となると、いったいぜんたい、どうやってセナを探せるというのだろう。
ん?
いやいや、探せはするんじゃないか。
ははは、あぁ、感傷的になってちょっと頭が回っていなかった。
そうだった、バリスタードの居場所をこの前探すときに、バリスタードに変身して記憶を読んだんだった。
そっか、そうだ。
うん、また会える。
俺はセナの居場所が分かる。
遠かったら向かうのは大変かもしれないけど、きっとまた会うことはできる。
生きてさえいてくれたなら。
なら、祈ろう。セナが無事にサーラとして、健康で、自由に、楽しく、生きていけることを。




