かつて宮廷魔道具師だった者
グリースはその足で職場に戻った。
部屋に入るとすぐに、ある部下がグリースに尋ねた。
「グリースさん、アイクは…どうでしたか? 」
「アイク? フンッ、そんなやつどうでもいいだろ。あいつはこの私が直々に頼んでやったというのにそれを断ったのだぞ」
「じゃ、じゃあ例の仕事はどうするのですか」
「そんなもんお前達で何とかしろ! 私はもう帰るからさっさと終わらせておけよ」
「そ、それが無理だからアイクに戻ってくるように頼んだのではないのですか」
グリースはそんなこと、とうの昔に忘れていた。そもそもアイクに戻ってくるように頼みに行ったことだですら奇跡みたいなものだったのだ。
頼みに行ったのはこの仕事を無事に終わらせないとグリースの立場が危ういから。もうグリースはこの仕事を誰にでもできる仕事だと思っている。
「そんなもの知るか。終わらなかったらお前達はクビだぞ」
「そ、そんな無茶な…」
そんな部下の声が届くこともなく、グリースは帰ってしまった。
それから一週間、グリースは一度も職場に来なかった。
当然、仕事は終わらなかった。
例の仕事の期限の次の日、グリースは再び国王に呼び出された。
グリースは今、顔面蒼白で地獄の門の前に立っている。
正確には地獄の門ではなく国王の執務室の扉の前だが、グリースにとっては地獄のようなものだ。
扉の横には獄卒…ではなく守衛が立っている。
グリースは意を決して扉をノックし、失礼しますと言って部屋に入る。
目の前には顔を真っ赤にした赤鬼…ではなく国王がいた。
「国王様この度は」
「黙れ! 貴様は自分が何をしたか分かっているのか? 貴様に依頼した仕事、期限を過ぎたのに提出されてないではないか! 」
「て、提出されてないですと? 」
グリースはこの仕事がアイクにしかできないとは微塵も思っていなかった。
部下達が全て終わらせるだろうと信じて疑わなかったのだ。
「ああそうだ。貴様は一度ならず二度までも私の依頼を失敗したな? できなかった場合の処分は覚えているか? 」
「お、お待ち下さい国王様。次こそは必ず完遂して見せます」
「その言葉は前回来たときも聞いた。そして私はそれを信用した。だが貴様はそれを裏切った。貴様の言葉はもう信用に値しない」
「お、お願いします国王様。処分だけはどうか…」
グリースがそう懇願すると国王はニヤリと笑って言った。
「そうか。それならば今回の仕事の失敗の処分は取り消そう」
「ほ、本当ですか国王様。寛大なお心感謝いたします」
「構わんよグリース。ところで昨日私のところに貴様の部下が来て興味深い話をしてくれたのだが…なんの話だと思う? 」
「な、なんの話でしょう? 」
「貴様の勤務態度の話だ。 貴様の部下によるとどうやら貴様は仕事を全くしていないらしいな。そもそも職場に来ることすら少ないのだとか」
「そ、それは誤解でして…」
グリースは必死に弁明するも今さら許される筈がない。
「よって貴様は宮廷魔道具師を今日付けで解任する。今までご苦労だったな」
「国王様、どうかお慈悲を…」
「ならん、今すぐに出ていけ! 貴様は目障りだ」
国王がそう怒鳴ると外から守衛が入ってきてグリースを無理矢理連れ出そうとする。
「お願いします国王様、これからは心を入れ替えて真面目に働きます。ですのでどうか…」
「ならんと言っておるだろう。貴様は部下を不当に解雇したこともあったそうだな。もはや同情の余地はない。これ以上騒ぐなら貴様の爵位を没収するが」
国王に言われグリースは口をつぐむしかなかった。
その後、守衛によってきっちり外に連れ出された。
グリースは怒りで顔が真っ赤だった。グリースはまだ部下達が無能なせいで自分がクビになってしまったと思っている。
職場に戻ることなく家に帰り、酒を浴びるように飲む。
グリースはそのまま寝落ちした。
次の日、グリースは正午ごろに目を覚まし外のポストに新聞を取りに行く。
グリースの習慣の中で唯一まともと言えるものだった。
グリースはいつものように一面に目を通す。
そこにはなぜか自分の名前が書かれていた。
宮廷魔道具師グリース・ヴァルツ!! 不正に宮廷魔道具師になっていた疑い!?国王の怒りを買いクビに!?
職場でのパワハラ疑惑も!?部下の一人に直撃インタビュー!!
「あの人はとんでもない人ですよ。部下に自分の仕事を押し付ける上にそもそも職場にすらまともに来ない。同僚の一人は顔がムカつくからなんて理由でクビにされた人もいました。それだけではなく…」
そこまで読んでグリースは叫んだ。
「ふざけるな! あのクソやろうよくもこんなクソみたいな記事書かせやがって…」
その日、宮廷魔道具師として最高の名誉を手に入れていた男は国で最も有名な無職になった。




