第四章 「10の約束と1つの誓い」 1
俺とゴローは先行するイネコとナナコの後を追いかけた。
イネコはこの建物に犬山博士がいると言っていた。だから、イネコは真っすぐにご主人の元へ向かったはずだ。俺たちは入り口でずいぶんと足踏みしたせいで、かなりの遅れをとってしまった。
ビル自体、外から見た感じ、縦にも横にもそれなりの大きさがあった。エレベーターでも使われていたらかなり骨が折れそうだが、その操作にはロックがかかっていたので俺は少し安心した。しかし、イネコのように優れた嗅覚もなく、どう二人に追いつこうかと考えていると、廊下の先に横たわる研究員らしき姿が見えた。
近づいてみると白衣を着たチンパンジーが仰向けに倒れていた。そばに、イネコの毛らしいものが落ちている。
二人がここを通った証拠だ。
チンパンジーに目立った外傷はないので、イネコの『魅了』か、あるいはナナコの当身で意識を失ったのだろう。侵入者である俺たちはこの施設の奴らを排除して進む必要がある。建物内にどれだけの動物がいるか分からないが、施設内で倒れている奴らを目印にしてイネコたちを追いかければいいのか。
その仮説を証明するように、案の定、俺たちの行く先を示すように、向かう先々で白衣を着た動物が倒れていた。
それにしても、この建物内にいるのは、外で遭遇した屈強な捕食者ではなく、大人しそうな類人猿ばかりだった。ゴローの話しによれば、この島ではフィジカルが強い動物が警備任務を担い、知能の高い種は研究職に就いているらしい。なるほど、それでは二人の進撃を止められるわけがない。まあ、こいつらは二人を止めようとしたのではなく、タマタマ居合わせただけの不運な奴なのだろうが……。
そうこうしている内に、俺は何となく知った匂いを嗅ぎつけた。視線の先には、「よっ」っとこちらに手を上げて示すナナコが。そして、その隣にイネコの姿があった。
意識を失ったチンパンジーをイネコはそっと廊下の脇に寝かせて、
「ここに、ご主人がいる」
近くの扉を示してみせる。部屋のプレートには『No.20』と印字されている。
イネコがドアの取っ手に指をかけた所で、
「どうぞ」
と、部屋の中から声がした。
イネコとナナコが目を丸くして顔を見合わせる。
「だいじょうぶだ」とゴローが促したので、俺はイネコにうなずいてみせる。
扉を開けると、部屋の中には眼鏡をかけたオランウータンと写真で見た犬山博士らしき人物がいた。次の瞬間、犬の姿に戻ったイネコが犬山博士に飛びつき顔をペロペロと舐めた。
どうやら感動の再会を果たせたようだ。
ふと、ナナコの方を見ると意味深な表情をこちらに向けていたので、「どうかしたのか?」と訊ねる俺に、
「わたしも舐めてやろうか?」
チロっと薄ピンクの舌を出して笑った。俺は「アホか」とその提案をデコピンをしてはじき返す。
ともかく、イネコの依頼を完了できたとほっと胸を撫でおろす。それから、俺はオランウータンに視線を向けると、間髪を入れず、
「君たちが来るのを待っていました」
投げかけられた言葉に、心臓がドキリと跳ねる。
どういう意味だろうか? そう思い、改めてオランウータンを観察する。
どことなく優しい表情をしている。穏やかな口調で俺たちを迎え入れているようにも感じた。顔のシワは深く、体毛は結構な長さをしていてるのでそれなりの年齢なのだろう。
「まるで俺たちがここに来るのを知っていたような口ぶりですね」
特に敵意は感じられなかったので、頭に浮かんだ質問を投げかけてみる。
「その通りだ」
ゴローがオランウータンの代わりに答えた。
眉をピクリと動かしてみせる俺にゴローはさらに補足する。
「20号さんは既に知っていたのさ。俺たちがここに来る未来が見えていたんだ」




