第42話
腕を放され、シルヴァンは仲間のもとへ戻っていった。勧誘は断りたいが、追いかければ勘違いされそうなのでやめておこう。
事が済んだとガンジは手を叩き、周囲の冒険者たちに「依頼を受けたらとっとと行ってこい!」と喝を入れたおかげで、その後のギルド業務には支障が出なかった。ちなみに、気絶していたF級冒険者たちもガンジの一喝で全員ちょうど目を覚ました。条件反射かもしれない。
窓口に行くと、マリアやオルオにまで委縮されつつ、「橘花さんて【ミブロ】だったんですね」と言われた。「まぁ、所属はしてる」と肯定しておいた。嘘ではない。
万能草の依頼について詳しく聞きたいとマリアとオルオに尋ねると、二人はすんなり話してくれた。『威圧』スキルのせいで疲れ切っているように見えたが。
事の始まりはこうだ。
モリフンの娘が夕方になっても森から帰らないという報告から、街にいる兵を総動員して捜索が行われ、夜の帳が降りた頃、街から一番近い森の中の川辺で泣いている娘が発見された。あまりにも泥だらけだったため事情を尋ねると、『万能草』を森で見つけて持ち帰ろうとしていたところ、賊に襲われ命からがら逃げてきたという。
自分の娘が襲われたと知り大騒ぎしたモリフンは、たまたま暇を持て余していたA級ランクに討伐依頼を出し、襲われた少女も涙ながらに恐怖を語って、一緒に依頼を受ける新人に討伐を頼んでいたという。
マリア曰く「名演技よ。あのウソ泣きで新人も騙されてたわ。女の涙は女に効かないってやつね」
今の話からA級がいると知り、「B級のシルヴァンがギルド一の実力者じゃなかったのか?」と聞くと、オルオは「実力者ですよ」と答えた。
――世の中、実力だけじゃないこともあるらしい。
ここで話が終わるかと思いきや、マリアの愚痴が続いた。
「それにしても、あの新人の横暴な態度はいただけませんわ。ほかの新人はまだマナー範囲内でしたけど、いい装備を持ってるからといって周囲の人を人とも思わない発言はいかがかと」
「そうですね。でも、そのせいであのA級に目をつけられたのだと思いますけど」
マリアの愚痴は新人の自信過剰と思えたが、オルオのA級への言い方に引っかかりを感じた。
「オルオさん、その“目をつけられた”って、お灸をすえる的な意味ですか?」
「いいえ……本来ギルド職員の私たちが言っていいことではありませんが、橘花さんも彼が帰ってきたら気をつけてください」
「言い方が引っかかるな。その人、A級なのに問題児か?」
「当たりです、橘花さん!」
オルオが答える前にマリアが言い切った。
「何であんな人物がA級にいられるのかわかりませんわ。横柄な態度、依頼違反、新人潰しは日常茶飯事、婦女暴行未遂まで起こしてるんですのよ。あれが貴族だなんて……はぁ」
「聞いてるだけですごい問題児だな。除名処分にならないのは、貴族だからか」
「あの狸の親戚ですわ。誰も手を付けられなくて……あ、橘花さんも気をつけて! 綺麗な男性にも手を出すって噂ですから」
「あー……そういうのは斬ってしまっていいかもな。私のところでは侍に無礼を働けば、斬捨て御免という考えがある」
『え?』
マリアとオルオが同時に目を丸くした。二人揃っての同反応は珍しく、面白い。顔面蒼白でガクブルし始めたのはマリアだった。
「あ、あの、私の今までの行動は……ご、ごめんなさいっ! 斬り捨てないでくださいぃ!」
「自覚してたのか、マリアさん。大丈夫、侍は誇り高き武士だ。よほどのことがなければ女子供に刃は向けない」
「でも本当に気をつけてください。新人を連れて行って装備を奪ったりもあったそうです。僕も朝、連れて出て行った新人の装備を我が物顔で身に着けてるのを見ました」
「くすん。礼にもらったと言ってましたけど、あとで聞いたらその新人は依頼中に大怪我してギルドを辞めていきましたわ」
(うわー、キナ臭いな。関わりたくない)
二人の会話は、漫画や小説ではあるあるな話だ。正直、関わりたくも近づきたくもない。だが橘花も人間。関わった人がいる森に、そんな人物が新人を連れて入ったのは心配だ。
討伐という名の下に連れていかれた新人のことは気にしないが、難癖つけて隠れ里襲撃もあり得る人物に見える。今までの問題行動を考えると、「俺、貴族だけど何か文句ある?」と笑いながら踏みつけているようだ。
「あー、それじゃ私も森へ行ってくるよ」
「今は奥へ行かない方がいいですよ。もし本当に賊がいたら……」
「そうですわ。あのA級と鉢合わせしたら、橘花さんの装備や容姿を見て襲いかかってくるかもしれません」
「いや、どちらにしても心配なんだ。あの森に知り合いがいるから」
とりあえず、森の奥へ行く言い訳として薬草採取依頼を受けておくことにした。何もなければいい。何もないことを祈っている。
「あの、橘花さん。よろしければこれをお持ちください。映像記録用の道具です」
オルオが手続きをしている間、マリアがこっそり持ってきたのは、PAO時代にも使われた手のひらサイズに羽が畳まれた記録装置。羽を広げると人の頭くらいの大きさになり、第三者の視点から映像を撮影できる。中身を設定すれば周囲を飛び回らせて好きな角度から撮影できるものだ。
ゲームではボス戦の縛りプレイ記録や年末年始の祭りのネット配信に使われていた。
「もしもの時のためです。橘花さんが困らないように、持っていってください」
こんなものまであるのかと感心しつつ、マリアの真剣な表情に気づいた。
(これ、もしかして貴重品で持ち出し禁止だったり、職員が持ち出すのはマズいんじゃ……)
オルオの挙動を盗み見ると、周囲を気にしてハラハラしている。二人とも薄々察しているようだ。
何かあれば、橘花が【ミブロ】であることも肯定したため行動が読めているのだろう。
できることは限られているが、協力的なのは保身に走る者より好感が持てる。
「ありがたく借りるよ。サンキュー、マリアさん」
マリアから記憶装置を受け取り、橘花は足早にギルドを後にした。
街の南門へ向かうと、思いのほか時間がかかり、太陽は山の稜線の上に昇っていた。
街の外に出る際は必ず門兵に出入り記録を取ってもらう決まりだ。
門のところで見知った顔を見つけた。
「ラウト、おはよう。薬草採取で遠出するから記録取ってくれ」
「おはようございます、橘花さん。今日は薬草採取ですか? この前みたいにレッサーラビットを山ほど取ってきてくれると思ってましたが」
「肉が食いたいだけだろ」
「ええ、商人以外は冒険者の獲物のモンスター肉が食糧供給ですから」
「じゃあ、帰ったら前みたいに焼肉パーティーしようか」
「本当ですか!」
「……現金だな、青年」
「早く帰ってきてくださいね!」
「わかった、でも真剣な表情で手を握らないでくれ」
焼肉パーティーと聞いてラウトの目が輝く。両手をぎゅっと握りしめられ、真剣に見つめられる姿は周囲の通行人にとっていい見世物だ。門兵に両手握られて引き留められているのは何かしたのかと思われても仕方ない。
ラウトを見ていると、弟の月を思い出す。焼肉に誘ったら背丈も体格も追い越したのに、子供の頃のように喜々として後ろをついてきていた。
トラストラムも「忙しいが姉貴の奢りなら仕方がない!」と付いてきたな。奢った見返りにパーティーで参加する激ムズクエストをクリアするまで何回も付き合わせたら、嬉し泣きしてたっけなぁ。
橘花が向こうのことを思い出していると、焼肉の約束をしたからかウキウキしながら、ようやく用紙に記入し始めたラウト。
「ところで、どこまで行くんですか?」
「森の奥さ。走って片道二時間くらいの場所」
「え。二週間前に賊が出たって聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。俺も同じ時期に森の奥から来たからな」
「無事に帰ってきてくださいね。焼肉パーティーしたいですし」
「心配してるのは焼肉のほうか」
「ちゃんと橘花さんの心配もしてます! ミーシャも橘花さんの獲ってくるモンスターの品を楽しみにしてますよ。毎回いい状態で喜んでくれてます」
「ラウトはミーシャを喜ばせたいんだな?」
「ち、違いますっ! 幼馴染として、頑張ってる彼女の応援をっ」
「はいはい、私も応援してるからガンバ♪」
頬を染めるラウトの肩をポンと叩き、森へ向かった。
「違いますからねっ!」と後ろから声がしたが、橘花は「若いねぇ」とからかうだけだった。
「さて、ここから走ると二時間弱。昼前くらいだ。本当に何もなければいいんだがな」




