第41話
「ちょっといいかい、鬼人族の――橘花さん」
何度か視線を向けてきた冒険者の一人だったが、接点はほぼなく名前も知らない。赤い短髪と瞳の人間族、二十五歳前後だろうか。橘花より少し背が高い。装備は片手剣に、ショルダーガード付きの胸当てとガントレット、グリーブだけの軽装備。一見軽装に見えて、それなりの上位ランク者と推測できる。
「最近ずっと見てたんだが、今はE級だろ? 薬草採取ばかりで、その腰の得物を使えてないみたいだ。俺たちのパーティーに入らないか? そうすれば上級依頼も受けられるぜ」
「結構だ。間に合っている」
男は後ろにいる三人の仲間を示したが、橘花は即座に断った。昨日のレッサーラビット駆除依頼前ならば異世界のお約束だと喜んでいたが、今は忙しい。そんな気持ちを冷めた視線で伝えた。
橘花の断りに周囲がざわつく。コソコソしたわけではないが、気づけば多くの視線が集まっていた。
「おい、あれ鬼人族に勧誘かけてるの、B級のシルヴァンだろ?」
「このアルミルの街じゃ実質、冒険者ギルド一の実力者だ。断るなんて何考えてるんだ」
(誰か知らんがありがとう。街の名前、今知った)
ラウトに適当に聞いていたため、下手に質問できなかったが、これで街の名前が分かって安堵する。街名もわかった。さて、勧誘してくる男――シルヴァンの扱いをどうするか。
B級なのに初心者同然のE級に声をかける意味がわからない。態度からしてからかってるわけでもなさそうだが。
「やめときな、シルヴァン。鬼人族はお高くとまってる奴が多いんだ」
「そうそう。武士とか言って自尊心の塊なんだよ~」
「今のパーティーで十分戦力足りてると思うぞ。第一、E級だろ。足手まといだ」
魔法職と射手らしき女二人、重戦士装備の男一人がそう口を揃える。
(パーティー組まないかと言った割には、仲間が反対してるのか。この男、独断で声かけてるんだな)
橘花が改めてシルヴァンを見ると、苦笑していた。
「仲間は反対してるそうだ。これで話は終わりでいいな?」
「ちょっと待ってくれ。鬼人族の戦闘力を見込んでだ。今度ディルティア遺跡に行く予定で、重戦士と前衛の俺だけじゃ不安だから勧誘したいんだ。橘花さんは特攻タイプじゃないかと当たりをつけて声をかけたんだ!」
シルヴァンの言葉に、橘花は即座に拒絶の気持ちを抱いた。
ディルティア遺跡――モンスターが巣食う遺跡。主にリザードマンが多く、無駄に高いHPに苦戦した経験がある。レベル上限アップデート後は多少楽になったが、今の橘花には厳しい。
「へえ、この近くなんだ。あの遺跡……今の状況で行ったら確実に死ぬな」と遠い目をした。
命が大事、暴力反対、平和主義でD級止まりを目指していると心の中で誓う。
仲間が反対しているパーティーに入る気はないと無視して、受け付けの窓口へ向かおうとしたその瞬間。
シルヴァンに腕を掴まれた。
「橘花さんが【ミブロ】出身だと聞いた。それだけの実力があるならパーティーを組んでほしい」
ざわり。
【ミブロ】という言葉に周囲が反応し、異様な空気がギルド内を満たす。
(ちょっと待て)
場の空気よりも、知られていないはずの【ミブロ】出身という言葉に、橘花の警戒が一気に高まった。
この街に来てから一言も【ミブロ】出身だと言っていない。ラウトにもはっきり告げた覚えはない。ただ「五年前に活躍した鬼人族」と認識されているだけだ。
それに、シルヴァンははっきり言った。
【ミブロ】出身だって聞いたんだと。
「誰から?」
声を低くし、スキル『威圧』を弱めに試すつもりだったが、思いのほか効果は絶大だった。
周囲の人間族たちは一斉に委縮し、F級の駆け出し冒険者は気絶。上位ランクの冒険者も震えながらへたり込んだ。
シルヴァンは顔色を青くしながらも笑みを崩さず、汗がこめかみを伝う。さすがB級の実力者。
やっちまったと内心焦りつつ、すぐに『威圧』を解除。
「……すまない。これでも加減したんだが、修行が足りないらしい」
周囲に大打撃を与えておいてその一言だけか、と責めないでほしい。橘花も慌てていたのだ。
次は対象限定でかけようと心に誓った。
しんとした沈黙を破り、乱暴に扉が開く音が響いた。
ギルドの奥から相談役のガンジが現れた。
「誰だ、こんなところで『威圧』をレベルMAXで発動したのは!」
その声に緊張が解け、凍り付いた空気がゆるんだ。
へたり込む冒険者を避けながら、ガンジは中央に立つ二人を睨みつけた。
「鬼人族の橘花か。子供じゃねえんだ、場所をわきまえろ」
「悪かった」
「おい、シルヴァン。ナンパなら別の相手にしろ。女と間違えたのかもしれんが、そいつは男だ」
「ち、違う、ガンジ! 俺は勧誘で……」
「いいから手を離せ。ギルドにもめ事として処理されたいのか」
橘花はまだ腕を掴まれていることに気づいた。
シルヴァンは捕まえた魚を逃がせと言われている子供のような表情で、なかなか手を離さない。
もたもたする時間にガンジの眉間の皺が深まり、シルヴァンはこらえるような表情になる。
「……諦めないから」
ようやっと放した瞬間、ボソリと橘花だけに聞こえる声。
「いや、諦めてくれ。懲りてくれよ……」




