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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
アルミルの街編
43/155

小話:静まり返った倉庫の片隅にて

読んでも読まなくてもストーリーには影響ない小話です

入口のベルがカラン、と小さく鳴って──

橘花とラウトの姿が扉の向こうに消えていくと、店の中にはしばしの静寂が落ちた。


ミーシャは、ぱたんと扉が閉まる音を聞いたまま、しばらく放心していた。

ふさふさの耳が、まだぴくぴくと揺れている。


「……お父さん、あの人……いったい何者なの?」


静かに漏れた声には、尊敬と困惑と、ほんの少しの畏怖が入り混じっていた。


ラークは肩にかけた革前掛けを外し、古びた作業椅子にどっかりと腰を下ろす。

そして懐から煙草のような香草を一本取り出し、ふっと息を吐いた。


「さてな。鬼人族、ってことは間違いねぇ。けど──た(・)だ(・)の(・)、じゃねぇだろうな」


「うん……でも、別に偉そうな感じでもなかったし……何というか、その、すごく普通というか……」


「普通ってのはな、“何者でもない者”が身につけるものじゃねぇ。“何か”を持ってる奴が、それでも普通であろうとすると、ああいう風になるんだ」


「……?」


ミーシャにはまだ難しいらしい。ラークは娘の頭を優しくぽんと撫でた。


「ま、世の中にはな、黙って歩いてるだけで風がざわつく奴ってのがいるんだよ。本人に自覚がなくてもな。……俺が若ぇ頃に見た、“本物の英雄”ってのが、ちょうどああいう奴だった」


ミーシャはしばし目を見開いていたが、やがてそっと尻尾を抱えるように座り込んだ。


「……あの人、すごく“さびしそう”だった。顔は微笑んでいるのに、心の奥の方がちょっとだけ、泣いてるみたいな」


「獣人の勘は鋭いな。俺もそう思った」


「何があったのかな、あの人に」


「……それを知るには、あの人の隣に立って、同じ景色を見るしかねぇだろうな」


「え?」


「“商人”なら、客の顔と財布の中身だけじゃなく、その人の『歩いてきた道』を読む目が要る。お前も一人前になりたいなら、そういう目を持て」


「……うん」


ミーシャは静かに頷いた。


その表情に、さっきまでの動揺はない。

むしろ、どこか誇らしげで、きらきらと金色の瞳が輝いている。


彼女はもう一度、扉の方を見た。


「……また来ると思う?」


「さぁな。でも、来たら今度はちゃんと“もてなして”やれ。あれだけの素材を平然と持ち込むような奴、そうそういねぇ」


「うん、次は泣かない……多分!」


ぴん、と立てた耳が嬉しそうに揺れた。


ラークはくくっと笑いながら椅子を軋ませ、立ち上がった。


「さて……伝票つけ直さねぇとな。今日の商談は、店の歴史に残るぞ」


ーーーーー


店が落ち着いた夜、ラークは奥の帳場で書類をめくりながら、ふと今日の出来事を思い返していた。


(──橘花、か)


鬼人族の男。礼儀正しく、物腰も柔らかい。娘に何かしたわけでも、何かを企んでいる風でもなかった。それでもラークは、妙に胸に引っかかる感覚を覚えていた。


「タチの悪い連中なら、もっと分かりやすい異臭がする。……だが、あいつは違う。気になる、ってだけだな」


そう呟くと、昔の商人仲間にあてて何通かの簡易文書を送る準備を始めた。情報屋や古物商、かつて冒険者と関わりのあった者たちに向けて、名と特徴を伝えただけの軽い照会。あくまで個人的な興味の範疇だ。


そして数日も経たないうちに、ひとつの報せが戻ってきた。


それを読んだラークの指が止まり、重々しく息を吐く。


「……ミブロ。第一隊隊長……? 鬼人族の、橘花……?」


そこには、かつて古都ミヤコで活動していた治安ギルド【ミブロ】の名と、同ギルドに所属していた伝説的な隊長の情報が記されていた。名は橘花。鬼人族の男性。数多の事件を解決し、その名を知らぬ者はいなかったという。


だが──


「五年前の……厄災を境に、行方不明?」


ラークは息を呑んだ。あの厄災以後、ミブロの何人かが消息を絶ったという噂は耳にしていた。だが、まさか自分の店を訪れた旅人が、そのひとりかもしれないとは。


「……ミーシャには黙っておくか。あれは知りたがりだが、話していい類じゃねぇ」


そう独り言を呟くと、ラークは紙を火鉢に落とし、炎の中で燃やした。文字は灰となり、夜風に乗って消えていく。


「それにしても、生きていたとはな……。だが、あいつが何を見て、何を背負ってるかは……まだわからねぇ」


小さく唸ると、ラークは椅子にもたれ、火の消えかけた囲炉裏をぼんやりと見つめていた。


ーーーー



日が傾きはじめた午後の店内。入口のベルが、カランと軽やかな音を立てた。


「いらっしゃ──あっ、橘花さん!」


レジ横で帳簿をまとめていたミーシャが顔を上げると、橘花が扉の向こうに立っていた。今日はラウトは一緒ではない。ひとりで来たらしい。


「先日は世話になった。また頼みたいことがあってね」


「もちろん! えっと、お父さん呼んできますね!」


ぱたぱたと奥へ駆けていく娘の声を聞きながら、橘花はふぅと息を吐いた。少しして、奥の帳場からごつい体格の男が出てくる。熊のような体躯に、飾り気のない皮の前掛け。ラークだった。


「よぉ、また来てくれたか。……橘花、だったな」


「そうだ。先日は娘さんに迷惑をかけたようで、すまなかった」


「なんの。あれは泣いた方が悪い。あいつもまだまだだ」


ラークは豪快に笑ってから、表情を引き締める。


「で、今日は?」


「前に換金を断られた希少通貨じゃなくて、普通の素材や剥ぎ取り品の買取をお願いしたい。多少は価値の分かるものも混じってると思う」


「そいつはありがてぇ。こっちの仕事に回せる品が多い方が助かるからな。見せてみな」


カウンターに荷物を広げると、橘花は持参した袋からモンスター素材を丁寧に並べていく。うち一部には、珍しい部位や、保存状態が極めて良好なものも混じっていた。


「……なるほどな。こりゃ確かに一級品だ。どうやってこんな綺麗に持って帰れた?」


「崩れる前に冷却処理して密封した。それだけのことだよ」


「“それだけのこと”を普通のやつはできねぇよ」


ラークは軽く鼻を鳴らした。

目の前の男の身のこなし、物腰、そして扱う品の精度。どれをとっても只者ではない――


だが、そのことを口にするつもりはなかった。


(……五年前のあの日から消息を絶っていた伝説の隊長、ねぇ)


問いただして答えが返るような相手ではない。それに、どこか疲れたようなその目に、詮索を向けるのは礼を欠く気がした。


「……ん。じゃあ、ざっと見積もり出すぜ。ミーシャ!」


「はーい!」


勢いよく返事をしたミーシャが店の奥から出てきて、早速計量と記録を始める。手際の良さは、ここ数日でぐっと成長していた。


「……娘もやっと商売の面白さがわかってきたらしい。お前のおかげかもしれん」


「そうか? 私はただ来ただけだが……まあ、ならよかった」


橘花は少しだけ表情を緩めた。


数分後、査定が終わるとミーシャが紙片を持って戻ってくる。


「お待たせしました! この量と質で、この価格になりますっ!」


橘花はその金額に驚いた顔もせず、静かに頷くと一言。


「妥当だ。頼む」


「まいどあり!」


会計が終わると、橘花は再び荷物を整え、軽く一礼して店を後にする。


その背中を見送るラークの目には、どこか遠い過去を思い出すような色が浮かんでいた。


「……お前さん、今度は何を背負ってるんだ?」


誰にも聞こえない声が、店の中に静かに沈んだ。

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