98 幽霊船を発見
「あった」
その言葉からすぐ後に、馬車が止まった。
テオバルトは、話をしていた二つ年上のアーベルと顔を見合わせた。
否、見合わせようとした。彼はバランスを崩して、壁に頭を打ちつけている。
「何があったって?」
打ち付けた側頭部に手を当てながら、アーベルが尋ねた。ギルベルトは彼を一瞥し、オーラフに向かって言う。
「アーベルには、突然の事に反応する瞬発力をちゃんと付けさせてください」
「お前は何をしに来たんだ?」
「アドバイスしてあげてるのに、それは無いでしょう?」
オーラフにじろりと見られたのにもかかわらず、ギルベルトはまるで気にする様子がない。馬車から飛び降りて、テオバルトにも来るよう指示してくる。後を追って、若干湿った土の上に飛び降りた。
「じゃ、どうもありがとうございました」
「待て。ここまで来ておいて来るなと言うつもりか」
オーラフが慌てた様子で踏み段に降りる。アーベルも不服そうに立ち上がった。
「あちらさんが困るでしょうから。そっちにとっても危険ですよ」
「どういう事だ?」
「生肉を体中に巻きつけて、腹を減らした肉食獣の群れのど真ん中に入って行くようなものです」
その言葉を聞いた二人が眉をひそめた。……似てる。
「ここで言う生肉は仇の息子。腹を減らした肉食獣の群れは、侯爵が海の底に沈めた海賊共。ここまで言えば分りますね」
「……奴等、生きているのか?」
「いえ。でも、まだ暴れ足りないようで」
そう言いながらギルベルトは斜め上を見た。ただでさえ暗かったそこがさらに暗くなり、テオバルトもそちらを見上げる。
二人の息を飲む音が聞こえた。無理も無い。
そこには、不気味な帆船が浮いていた。
所々腐って、黒く変色した船体。今にも倒れそうな三本のマストに、破れに破れてもう風を受けることができない、茶色の帆がぶら下がっている。
「なんだ、これは」
揺らぐ瞳で、オーラフがギルベルトに説明を求めた。
「幽霊船とか、海賊船とか、もっと大きくまとめるならシップ、帆船、さらに大きく船。お好きなものを」
「そうじゃない……そうじゃない」
呟くように言いながら首を振る。
その時、船首に一人の男が現れた。汚れ、破れたところもあるよれよれのブラウスの胸元をはだけ、黒いズボンに黒のブーツと言った格好。どちらもブラウスよりはマシだが、やはり、きれいだとはお世辞にも言えない。
その右後ろの腰には小さなポーチ、左腰には反り返った刀を吊っている。
「やあ。ずいぶん久しぶりじゃないか」
男は、羅宇が黒い煙管を弄びながらそう言った。
「兄上……あれ……」
「エトヴィン・チェルハだ……馬鹿な」
フォン・コルネリウスの兄弟が青ざめて、しかし男から視線を逸らさない。それに気付いた男が、煙管の吹口を二人に向けて尋ねた。
「そいつ等はフォン・コルネリウスの?」
「息子さん達。仕事は増やしてくれるなよ」
「分かっているさ。奴には何の恨みも無い。最初から最後まで、勝者は僕だ」
「そうか」
ギルベルトは肩をすくめ、男の元へ行こうと船に乗る。テオバルトも、固まっている二人に別れを告げて後を追った。




