97 馬車の中で
「お前が子供の取り扱いが上手とは思わなかった。人は見かけによらないな」
「でしょう?」
「皮肉だ」
「へぇ」
そう答えると、ギルベルトは窓の外へと視線を向けた。
生意気な顔の見る先は、ガラガラと言う車輪の音と共に流れて行く。森のひんやりした風が頬を撫でた。
「……ところで、お前は何をしに行こうとしているんだ?」
「……知らないのに、よく馬車出そうと言う気になりましたね」
彼はひょいと眉を上げ、意外そうにオーラフを見る。
「今日から一週間の休暇をもらっているからな。お前のする事なら時間の無駄にはならんだろう」
「時間の無駄にならなかったら何でもするんですか? いつか絶対後悔しますよ」
やかましい。もっと他の言い方は出来ないのか。オーラフはぐっと顔をしかめた。
「不吉な予言をするんじゃない」
「忠告です」
オーラフは大きなため息を吐き、クッションに背中を預ける。薄く目を開いて、陽の光で緑に光る瞳を睨みつけた。
「十二のガキに忠告されてたまるか」
「十六なんですが」
素早く、そして馬鹿にされているかのような口調で訂正される。オーラフはさらに顔をしかめ、二、三度躊躇った後に言い返した。
「……私の中では、お前は永遠の十二歳なんだ」
「不老ですか俺は。いくら最初に会ったのがそん時だからって。本物の十二歳がここに居ますよ」
ギルベルトが、隣に座った彼の弟を指す。名はテオバルトと言ったか。初めて会った頃のギルベルトによく似ている。
しかし、似ていないかと聞かれても肯定してしまいそうだ。
まず角が違う。次に髪型が違う。そして、まとっている雰囲気も少しばかり違っていた。兄と弟の差か? 話をしてはいないから、正直よくは分からない。
分からない事を考察するのは時間の無駄か。
もうすぐ十五になる弟の一人と、簡単な言葉を使って喋っている彼。今の話題は旅らしい。弟もテオバルトも、なかなか楽しそうだ。
ふと、ギルベルトの方へ視線を戻してみると、彼は馬車の隅の隅に体を預けて眠っていた。
あまりにも珍しいその光景に、オーラフは身を見開く。
コイツ、寝るのか……。てっきり寝なくても平気なのかと思っていた。むしろ、寝ないものだと思ってさえいた。
ぽかんとしていると、ギルベルトが顔を上げた。ついでに、左の人差指がオーラフの鼻先に付きつけられる。
「86人目」
そう動いた唇が弧を描いた。
「なんだ?」
「寝たふりに引っ掛かった奴。暇つぶしにはもってこいだから、今度やってみたらどうです?」
「遠慮しよう」
「残念だ」
言葉とは裏腹に、彼は分かっていたとばかりに弟たちを見る。
いつの間にか、話は魔法の事へと切り替わっていた。
「ギルベルト、そう言えば、お前は旅をしていたな」
「何を今更。忘れてたんですか?」
余計な言葉も混ざっているが、そこは気にしてはいけない。
「土産話は無いのか?」
「期待してたんですか?」
「ああ。興味はある。この身ではできんからな。お前にとってだって、暇つぶしになるだろう? 減る物じゃ無し」
ギルベルトはぴくりと眉をうごかし、少しの間なにかを考えるかのように沈黙した。
「んー。オーラフ兄さんとこの双子の話とか」
「会ったのか?」
「ずいぶん派手な攻撃魔法を操るようになりましたね、ディーン。いつ森がなくなるか、ちゃんと注意しといてくださいよ。相手してみたら、遠慮の『え』の字も無く攻撃してくるから大変でしたよ」
「ほう? 手こずったのか?」
意外な言葉に、思わず身を乗り出した。
「まさか。簡単に喉元へナイフ突きつけることができましたよ」
「……やったのか?」
ナイフを突きつけられて青くなる弟の顔を思い浮かべながら、オーラフは顔をしかめた。
「はい。戦い方ってものをちゃんと教えてやってください。今ならやる気は十二分にあるでしょうから」
「そうか。……そうだな。この後にでも訪ねてみるか」
深くうなずくと、ディーンと一緒に居る妹の方も思い出した。
「フィーアはどうだった?」
「面白い薬を作りますね」
そう言って、彼は薄く苦笑した。
「遊びと真面目のメリハリをしっかり付けて、馬鹿なものと危ないモノとを作ってる」
「褒めているのか、けなしているのかどっちだ」
「両方です」
きっぱりと、はっきりしない返事が帰ってくる。分からなくもないが……。
気が付けばいつの間にか、ギルベルトによるディーンとフィーアの様子についての報告、感想になってしまっていた。改めて旅の話を聞こうと口を開こうとするより先に、ギルベルトが声を上げた。




