91 本の中は大変、窓の外も一応は大変
皆が昼食を終え、それぞれ好きな事をしている休み時間。
文庫本を読んでいた忍の側に、誰かが立っているのが視界の端に写った。その顔を一瞥し、彼女は貌を上げた。
少し癖のある栗色の髪に、こめかみあたりから生えた、白く細長い角。
「…………シル、なんでそこに」
忍は小声で、彼女に話しかけた。
「すっごい外暗いからさー。外出したくなっちゃった」
「普通逆」
「天邪鬼なの、あたしってば」
そう言って、シルはなぜか胸を張る。
忍は適当にうなずいて、本へと視線を戻した。今、いい所なのだ。行方不明になっていた主人公を、もう一人の主人公とその仲間がもう見つけそうな――
扉を差す杖の先から、ドンッという衝撃が伝わってきた。その一瞬
後、扉は跡形もなく消えていた。
ディーンを先頭に、部屋の中へと駈け込む。
「フィーア様! どこですの!?」
エメルナが金切り声をあげた。ディーンはぐるりと部屋を見渡すが、
ボロボロの家具が転がっているだけで、フィーアは居ない。ラフェッ
トの方を見ても、彼はただ首を振るだけだった。鼠が一匹、走り去る。
『くそっ! 次行くぞ!』
かび臭いその中を、三人は走る。
――そこで、忍は静かにしおりを挟み、パンッという音を立てて本を閉じた。
いつになったらフィーアは見つかるんだ。もう軽く二十の部屋探してるよ? そろそろ見つけないとフィーアキレるよ? ただでさえあの子は気ぃ短いのに、いくらなんでも引っ張りすぎでしょ?
「時間かかるよねー、それ。しかも後でフィーア、ディーン達をこってり叱りつけるんだよ」
「ネタバレ」
自分の中で、もっともされたくない事だ。忍はキッと、シルを睨みつける。しかしシルには、堪えた様子もない。
「嘘だよ。本当は……」
改めて睨みなおす。今度はもっと、目に力を入れて。その目を見返して来たシルはけらけらと笑う。
さっき呼んでいた物語に出て来るフィーア。わがまま三昧の彼女はあまり好きではなかったが、目の前に居る化物とフィーア、どっちの方が嫌いだろう。
――シルだな。フィーアはまだ、照れたり泣いたりと可愛気がある。忍は再び、文庫本を手に取った。
相変わらず、ディーン達が幽霊船の中を駆けずり回っている。ディーンの使い魔であるラフェットは、完全に移動手段と化していた。
「暴風警報、出ないかなー」
誰かの声が聞こえる。
暴風警報が出れば帰れる。忍もそれは少し期待していた。昼休みに突入し、半分あきらめかけていたのだが。
「来た! 暴風警報、出たぞ!」
『マジ!?』
誰かがスマホ片手に叫んだ。はじかれるように、忍も顔を上げた。
教室のあちこちで歓声が上がる。拍手まで起こり始めた。
すぐ教室中が拍手の音でいっぱいになる。球技大会で男子が優勝した時も、ここまでは盛り上がらなかったのだが。
一人の男子が教壇に立って手を広げ、指先を動かすジェスチャーで『もっと拍手をしろ』と促す。忍も拍手を始めた。
そして彼は手を振り、教室の拍手の音が、一つのリズムを刻む。
パン、パパパンッ!
「何コレ何コレ。すっごー」
シルが忍の肩を掴み、肩を震わせながら言った。
「暴風警報ごときでここまで盛り上がれるものなんだねー」
そう言いながら顔を上げ、浮いた涙を拭っている。
教室中のお祭り騒ぎ。もう帰ろうとしている奴まで居る。まだ、何の連絡も入っていないのに。
忍は口元を押さえて、くすりと笑った。




