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ただいま迷走中!?  作者: 呪理阿
六月 梅雨だろうがどんどん迷走
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92/102

92 サボりの君

「……なんでこんなところに猫が?」

 鈴香は、廊下の向こうから駆けてくる黒猫を見て呟いた。

 まだ小さな黒猫は、すたたたと軽やかなステップでこちらに走ってくる。その後をタラッドとかいう頭に角が生えた男子が追って現れた。

「捕まえた」

 タラッドが黒猫を抱き上げ、その腕の中に収めた。顎の舌を撫でると、黒猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。

「タラッドくん、その猫は……」

「叶子ちゃんだ」

「……叶子ちゃんって名前なのね」

「先生、まだクラス全員の名前は覚えてねぇだろ」

 蛍光灯の光で、タラッドの瞳が緑色に見える。その瞳が、上目に鈴香を見た。

「俺の斜め前の席。猫娘のハーフなんだと。ほら、今日新月だし? 猫になってるわけ」

「……へ?」

 叶子は妖怪だとでも言うつもりだろうか。首を傾げた鈴香から視線を外し、タラッドは叶子を抱きなおす。

 叶子が彼の方に乗った。そのまま頭に足をかける。なんだか和むと、鈴香は元々緩んでいると言われる表情をさらに緩めた。

「まっ、別に信じろって言ってるわけじゃねぇけど。それより先生さぁ、授業はどした」

「君たちこそ。今は授業中でしょ?」

「そうじゃなきゃ、俺だってこんなこと聞かねぇだろ」

 二人と一匹の間に、一瞬沈黙が下りた。

「さって、どこ行こうかな。今日は涼しいから、屋上出るか」

 にゃぁと一声鳴いた叶子を頭に乗せ、くるりと鈴香に背を向けると、タラッドは頭の後ろで手を組んでそのまま歩いて行ってしまう。その華奢な背中を追いながら、口を開いた。

「ちょっと、待って? 屋上は開いてないでしょ?」

「開けるんだよ」

「どうやって?」

「この学校はな、不用心極まりねぇ事に、屋上は外から鍵開けられるんだよ」

 確かに。屋上からなら、誰だろうと入ることができるという事だ。

 屋上から、なら。……無理じゃない?

「だから、何?」

「先生、普通、開けられるとこ見つけたら、そこ開けるって考えね?」

 隣に並んだ鈴香を、タラッドが一瞥する。

 ――なんだか、馬鹿にされてるみたい。

 というか、馬鹿にされているのだろう。鈴香はふて腐れて唇を尖らせた。

「こっちからは開けられないんでしょ? 無理じゃない」

 タラッドは頭の上の叶子と戯れている。何も聞いていない……聞こうとしていないようだ。

「大体、なんで君、そんな事知ってるの?」

 私だって、ここの卒業生なのに……。

 三年間過ごした校舎の事を、ピカピカの一年生に教えられるというのは少しショックだ。後輩に昔の学校の事を教えてみたいとも思っていたのに。

「サボりの常習犯に聞いた」

 階段を上りながら、タラッドが言った。

「そんな子、居るの?」

 もしかしたら、その子も屋上に居るのかも。見つけたら引き戻してやらなくちゃ。

 引き戻すべき人物がすぐ隣にも居るにもかかわらず、鈴香の頭の中にそんな考えが浮かんだ。

「ジン。言っとくけど、去年卒業したぜ」

 考えが、風船のように破裂した。

「ジン? ふぅん……知り合いなの?」

 興味なさげに鈴香はつぶやくように聞いた。

「兄ちゃん。ジャイズンって言うんだ」

 あぁ、なるほど。と、鈴香は頷いた。兄弟なら、当然そんな情報は上から下へ流れるよね……。

 サボりの弟は、やはりサボりという訳だ。

 最後の一段を登り終え、目の前には屋上へと続く扉が立ちはだかった。

「じゃ、叶子ちゃん。ちっと待っとけよ」

 そう言いながら、タラッドは叶子猫を床に下ろす。

 何処に行くつもりだろう。そう思って見ていると、タラッドの姿がロウソクの火のように、ふっと消えた。

「……あ、れ?」

 鈴香は瞬きを繰り返し、目をこする。おかしい。ここに居た筈なのに。

 不意に、扉からガチャンという音がした。びくっと肩を震わせ、そちらを見る。

「ほら、開いた」

「ど、どうやったの?」

「壁をすり抜けてだな」

「お、お化け?」

「怖がりか」

 馬鹿にしたような声で言われ、鈴香はキッと彼を睨む。彼はひょいと眉を上げて、屋上へと走り出した叶子を追った。

 この学校は、屋上にプールがある。きらきらと輝く水面の側を、猫、角の生えた中学生、女子大生の順で歩いた。

「君、ホントに何なの?」

「俺が聞きたい。何て生物なんだ俺。ジンですら分かんねぇんだからなぁ。知りようがねぇ。そもそも、こんな生物は居ないわけだし?」

 ぶつぶつと、彼は言う。

「な、携帯持ってね? 貸してくれ」

「いいけど、何するの?」

「ジン呼ぶ。面白いの見つけたからさ」

 それは叶子の事だろうか。それとも、まさか、自分の事だろうか。

 彼はスマートフォンをあっさりと操り、耳へ当てる。少し時間がかかったが、誰かが出たようだ。

「あれ、なんでリオ? ……」

 それだけ言った後は、鈴香の知らない言語を早口でペラペラとしゃべる。英語ではない。中国語でもなさそう。韓国語も無い。

 一体、どこの誰と話しているのだろう。

 タラッドの口が止まった。少し間があって、

「ジン?」

 と向こうに呼ぶ。そしてまたも、謎の言語を喋った。いったい何人なのだろう。

 その電話はすぐに終わり、タラッドは鈴香に携帯を返す。

「誰と話してたの?」

「ジンと、その友達。ところでアンタ、授業ホントにどしたよ」

「……トイレに行こうとした途中で、君を見つけたから」

「サボりってわけか」

 はっきり言うな。

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