47 それなりに昔の話
ライと紗叉の長女はシャイラと名づけられました。
彼女と弟の羅紗、妹の紗羅は、紗羅が七つになった頃から両親と別れて三人で旅をしていました。
皆がもっと大きくなると、一人一人バラバラで旅をするようになりました。
棒を倒して、羅紗は北、紗羅は南、そしてシャイラは東へと進みました。
東へ東へと進むと、大きな海がありました。
そう言えば、お父さんは海の中で生まれたと聞きました。そこには人魚が居るらしいのですが、彼女の目の前に広がる海には居ないようです。
シャイラは海沿いに旅をつづけました。北東へと向かいます。海の向こうに、ここでは無い大陸がかすかに見えました。
しばらくすると港街に着き、彼女はそこから向こうの大陸へと船を使って渡りました。
『気を付けて』
快くシャイラを船に乗せてくれた船長と水夫達がそう言って、彼女の三角形の耳に息を吹きかけました。彼等の住む国のおまじないです。シャイラも彼等の両頬をぺちぺちと軽く叩く、お父さんから教わった人魚のおまじないを返しました。
彼等と別れた後、シャイラはまた北東へと進み始めました。
その大陸では、空を自由に飛び回ることができる空族と、地族と呼ばれる人間が戦争をしていました。しかし、彼女はそんな事お構いなしに進んで行きました。
空のずっと高い所を鳥と人間の間にある生物、鳥人が飛んで行きました。
さらに進んで行くと、お父さん方の先祖やお母さん方の先祖とはまた違う種類の鬼と会いました。彼女の額の中心には、太くて長くて黄色い角が生えていました。お母さんと同じ年くらいの見た目をした彼女も一人でした。そもそも彼女の種族は、生まれて一年もしたらそれぞれ一人で生きていくのだそうです。
その日の晩は彼女と一緒に獲物を分け合いました。たらふく食べた後、鬼は木の枝に座り幹に寄り掛かって、シャイラはその木の下で丸くなって眠りました。
次の日、シャイラは彼女と別れて山に登り始めました。
鬼は別れ際に言いました。
『修羅って生き物は知ってる? ――そう、知らないのね。赤修羅、特に彼等には気を付けなさい。頭はほぼ空だけど、戦闘になったらあっと言う間もなく殺されてしまうから。見た目は綺麗なんだけどねぇ……。あ、でも、若い鬼なら戦えるかしら? まぁ、無茶はしない方が賢明ね』
見つけたらじっとしている事と、彼等は頬や顎、首から下に赤黒い鱗があることを教えてもらい、シャイラは彼女と別れました。
しばらく進むと、自分以外の生物を見つけました。赤い鱗があり、耳が少し大きな生物です。
シャイラは言われたとおりにじっとしていました。
しかし、『若い鬼なら戦えるかしら?』という、何気く彼女が言った言葉も覚えていました。じっと動かずにいるのはあまり好きではありませんでしたので、思い切って赤修羅に飛びかかって行きました。
赤修羅は確かに、動きが速くて力も強いようです。しかし、シャイラだって鬼が二種類によく分からない化物の血を引いているのですから負けてはいません。
少しすると、赤修羅の息が荒くなってきました。持久力は無いようです。隙をついて、シャイラは赤修羅を倒しました。
『はぁー。つっかれた』
そう言って座り込み、生えていたキノコを頬張ってみました。舌がしびれたので、慌てて吐き出します。
その時、木の陰から、笑い声が聞こえました。
『誰だ?』
『あ、ごめんなさい。貴方があまりに馬鹿だったので』
そんな声と同時に、シャイラとあまり変わらない年の見た目をした女の子が顔を覗かせました。頭と手足以外に、蒼黒い鱗があります。黒い髪を、手の甲が黒い鱗に包まれた男の手が軽く叩きました。
『痛ーいですー。お父さん?』
『初対面の人に正直になるのは止めなさい』
女の子が見上げた先には、中年あたりの黒い鱗を持つ男性が居ました。
『お父さん、フォローになっていないでしょ』
木の反対側から、男性と同じくらいの年をした蒼黒い鱗の女性が現れました。どうやら両親に子供の家族のようです。
『馬鹿で悪かったな。こちとら多少の毒じゃ死なねぇように出来てんだよ』
シャイラは親子から目を離すと、拾った木の実を割って口に運びました。
『早死にしますよー』
『俺ん中じゃ太く短くがベストだ』
シャイラがそう言い切ると、女の子は両親を振り返って言いました。
『私、お父さんとお母さんの子どもでよかったー』
『蒼修羅や黒修羅は赤修羅と違って賢いからな』
『ほんとう、馬鹿に生まれなくて良かったわぁー』
人を苛立たせることが得意らしい家族は、そう言いながら去って行きました。
『俺を怒らせるためだけに来たのか、あいつ等は』
シャイラは彼等の消えた方を睨みつけながら、心の中で呟きました。修羅は総合して耳が良いと聞いていたからです。その代り目はあまり良くないらしいのですが。元々は夜に活動する生き物だそうです。今はまだ昼だと言うのに、四も修羅と遭遇しましたが、本来はそうらしいのです。
シャイラは木漏れ日に照らされて、少し眠気を感じました。彼女はそのまま眠って、起きた時には夜になっていました。
ぐっと伸びをして耳を澄ますと、何かが近付いてくる足音がします。
すぐに襲う事が出来る体制になり、しっかりと耳を澄まします。
足音はどんどん近づいてきます。足音を消していないという事は、全く警戒をしていないという事でしょうか。
『何してる? そんなところで』
不意に背後から声がかかり、シャイラは驚いて振り返りました。シャイラの光る目に、男の子が映ります。
彼の額からは太くて長くも短くもない角が生えていて、耳は少し大きく、髪は色が薄くて真っ直ぐでした。
シャイラよりも少し高い所から見下ろす異様に整った顔は、ほんの少しだけ不思議そうにしていました。
『誰? 修羅じゃないな。空族や鳥人でもない。……変わった耳』
彼はそう言って、シャイラの耳にそっと手を伸ばしました。
ちょいちょいと痛くない程度に引っ張って、そのまま彼女の頭を撫でます。
『触り心地がいいな、この髪』
そう言って、そのまましばらく触っていました。シャイラも頭を撫でられているのは気持ちが良かったので、黙ってされるがままにしていました。
『で、誰なんだ?』
『シャイラ』
『生物名の方』
『……鬼と鬼その二とよく分かんない化物と人魚と豹の獣人と虎と妖精』
指折り数えながら、シャイラは答えました。
『多いな』
『先祖に言ってくれ。俺の意志じゃない』
上目を使って彼を見上げます。彼は頷いて、言いました。
『そうだろうな。僕も自分の意志じゃない』
『お前も混血? 何の?』
シャイラは特に驚いた風でもなく尋ねました。混血の生き物なら、今まで何度か見たことがありまあしたから。
『赤・蒼・黒修羅に空族と鳥人、それと山のふもとの鬼』
『……お前も多いな』
『三つの修羅と鬼、空族と鳥人の組み合わせは不思議じゃない』
そう言えばさっき会った親子も、黒修羅と青修羅の組み合わせでした。赤修羅はともかくとしまして。空族と鳥人も、同じ空を飛ぶ生き物です。
『修羅鬼と鳥人空族が混ざるのは少し非常識だけど』
『……少し、か?』
シャイラは腕を組んで首を傾げました。
『じゃあすごく』
『簡単に曲げるな』
一泊置いて、二人は吹き出しました。
『シャイラはどうしてここに居る? 人魚や獣人は海の向こうの生き物のじゃなかったか?』
木の上から、ドダルと名乗った男の子が尋ねました。
『父さんや母さんがしてたみたいに、旅してるんだ。と言うか、旅しかしたことがない』
木の下の幹に寄り掛かったシャイラが答えます。
『ふぅん。旅って面白い?』
『うん、色んなのに会える。お前とか、嫌な家族とか』
『そんなのと並べるな』
ドダルがふて腐れたように言って、また二人は笑いました。
夜明けが来るまで、二人は喋っていました。シャイラの旅の話、ドダルの山での生活の話、過去の笑い話、家族の話。そして、これから何がしたいのか、という話を。
シャイラは、家族を作りたい、と言いました。
ドダルは、もっとシャイラと居たい、と言いました。




