46 結構昔のお話
リリマネラことリマの息子の一人はラゥレイと名付けられ、ライと呼ばれました。
彼には角も鱗もありませんでしたし、エメラルドのように冷たい緑色の瞳や痩せた体をしているので、見た目はお父さんにそっくりでした。
しかし、栗色の髪や好奇心の強さはお母さん譲りです。ライは、両親のように海で障害を終えることはしませんでした。
お母さんに連れられて鬼と一緒に遊んだこともありますし、お父さんと一緒に大陸へ上陸したこともあります。毎日見ているせいでいまいち変化が分からない海の中よりも、たった一日でさまざまな変化を見ることができる陸上の方に惹かれたのです。ライの妹は、変な色をした土の上での生活よりも、きらきらと輝く海の中での生活の方が好きだったようですが。
十になったある日、ライは陸へと上がりました。狩りの仕方は、お祖父さんの親せきや仲間にしっかりと教えてもらいました。父譲りの記憶力で、陸上で生きるための事もばっちり覚えました。
分からない事も多いのですが、まぁその内分かるだろうと心配らしい心配の一つもせずに彼は旅立って行きました。
陸上での生活は、思った以上に快適でした。
空気が美味しい、水は塩辛くない、そして何より、生き物の声が聞こえるのです。
海の中では人魚の声しか聞きとれませんでした。しかし今は、鳥に獣、虫まで声を出しているのが聞こえるのです。
ライは足取り軽く、山を越え野を越え、食事を捕ったり摂ったり、楽しい旅を続けました。
一応、獣や盗賊に襲われはしたのです。しかし彼はろくに荷物も持っていなかった上に、戦闘力ならよく分からない化物のお父さんや、鬼だったお祖父さん譲りの物がありますから、難なくやり返してやりました。
彼の中では、盗賊は食べ物をくれるいい人、獣は食べ物、という認識しかなかったのでしょう。
数年が経ち、陸上をぶらりぶらりと旅する生活にも慣れて、金はどう使うものなのか、とか、国とは何か、とかをしっかりと理解できてしばらくした頃です。
ライは山に登っていました。旅に出てから二十三度目です。
山の森を、雨でぬかるんだ道に顔をしかめながら奥へ奥へと入って行くと、洞窟がありました。
好奇心旺盛な彼は、勿論その洞窟に入ってみます。
思ったよりも洞窟は深くなく、奥には誰かが横になって眠っていました。入口の前には焚火の跡がありました。お構いなしに踏みつけて奥へ進もうとすると、眠っていた誰かが飛び起きてライに襲い掛かってきました。
突然のことにライは一瞬怯みましたが、だからと言って攻撃を受けてしまうような彼ではありません。さっと身を引いてかわしました。
『何すんだ。びっくりするだろ』
『なら、俺の洞窟に入るな』
そう言ってライを睨みつけた彼女には、こめかみから牛のように太くて曲がった角が、頭の上の方には三角形の獣の耳が、口には大きな牙が生えていました。
『女の子ってのは『私』だの『あたし』だの『わらわ』だの言うモンじゃ』
『いや、『わらわ』は無い』
ライが言い切る前に、女の子はかぶせてキッパリと言いました。
『そなの?』
首を傾げて聞く彼の目をまっすぐに見て、女の子は大きく頷きます。
『ふぅん。俺はまた一つ賢くなったな。よし』
何が『よし』なのかはともかく、ライは真剣な顔で腕を組み、言いました。そんな彼に、女の子はいつまでも戦闘態勢を取っているのが馬鹿らしくなってそれを解きました。
戦闘態勢が解けたのを見て、ライは彼女に質問を始めます。
『お前、誰? っつか何て生き物? 俺の知ってる中にはそんな形の生き物居ねぇんだけど』
『紗叉だ。豹の獣人と獣の虎、それに精霊とかいう奴に山の裏側に住んでる鬼の血を四分の一ずつ持ってるから、お前が知らないのも』
一つ一つ答えようとする紗叉ですが、ライは次々に質問を重ねます。
『後、生まれてどれくらい? 家族は居る? なんでこんなトコ住んでんだ? なに』
『喧しい。一度質問を切れ』
対に紗叉は怒りました。怒るとどんどん冷めていくようです。表情が冷たくなり、心無しか気温も下がっていくような気もします。が、ライはそんな事お構い無しに、紗叉に呆れたような視線を向けました。
『お前さ、人の話遮ってそんな楽しい?』
『切らせてるのは誰か、一度よく考えてみる事だな』
『切ってるのは、お前だな』
『あぁそうだな。俺が切るような原因を作るのは誰だったかな』
このようなやり取りを少しの間続けて、最終的にお互い一つずつ質問するのを繰り返すという事に落ち着きました。
紗叉は洞窟の奥から乾いた枝を持ってきて、ライが踏み潰した焚火の後を掃除してから薪を組み始めました。
寒い山の中に、暖かな火がともります。二人はそれを囲んで食事を摂り、喋り、すっかり意気投合していました。
ライは『こんな所に住んでいて楽しいのか』と聞きました。その答えは『楽しくは無い』というものだったので、彼は紗叉を旅に誘ってみます。即答でした。
『行く』
そして彼等は、旅を共にすることになったのです。
ライの旅は、今までよりずっと楽しくなりました。そりゃあ、たまに喧嘩をしたり、邪魔だと思ってしまう事もありました。けれど、そのような悪い事はどうでもよくなるほどに、彼女との旅は楽しい物でした。
たまには仲間が増え、そして減りました。しかし、ライと紗叉は一度分かれてもまた一緒に旅をするようになってしまうのです。そんな時、二人は困ったように、しかし嬉しそうに、そして薄ら頬を染めて笑うのです。
そこからまた何年か経ち、また仲間が増えました。
しかしその仲間は、今までのどんな仲間よりも頼りなく、小さく、そして愛らしい仲間でした。
紗叉のように、軽く癖の付いた髪は、ライと同じ栗色です。瞳は紗叉の濃褐色で、ライのようにつり気味でした。
二人の娘の耳は三角で、頭の上に付いていました。つのはありません。
その数年後に授かった息子の耳は、頭の横に付いていました。そして、彼のこめかみからは白い小さな角が生えていました。




