45 大昔のお話 下
黒い角の鬼と金色の髪を持つ人魚との間に生まれた女の子は、お母さんの名前をそのまま取ってリリマネラと名付けられました。愛称はリマです。
リマは大きな病気をすることも無く、すくすくと可愛い女の子に育ちました。
十四になった時、リマのお父さんが亡くなりました。この世界に住む鬼という生き物は、元々長くは生きられない種族だったのです。最後は笑って、リマと彼女のお母さんの頭を撫でてから穏やかに息を引き取りました。
その遺体を水葬にした後、リマとお母さんはリマの従兄鬼から来た一緒に暮らそうという誘いを丁重に断り、お母さんが生まれ育った海の底へと潜りました。
お母さんとお母さんの仲間たちは、皆不思議に輝く尻尾を持っていました。リマには足があるので尻尾はありません。皆頭には髪しか生えていないのに、リマには真っ黒な角も生えています。
リマは自分だけ違う事に少し嬉しく、でも少しだけ寂しい気持ちにもなりました。
しかし、寂しい気持ちはすぐに吹き飛びました。お友達ができたのです。
同じくらいの年をした人魚の娘たちは、リマが持つ二本の足と二本の角に興味津々でした。とは言っても、触れるのは少し怖かったのでしょう。恐る恐る指の先だけで触れました。
リマは自分の体の特徴を活かして、次々にお友達を増やしていきました。父譲りのさっぱりとした、恐怖心なんて欠片も持たない性格、母譲りの好奇心と優しい微笑みが、お友達を作る事を助けてくれました。お友達がたくさんできて、リマは海の中でとても楽しく暮らしました。
ある日リマは、地上に出た訳でもないのに足を持った、自分以外の子と出会いました。
男の子で、年はリマと同じか少し上の痩せた子です。大陸の人間と同じ緑色の瞳を持ち、その瞳の周り、白いはずの所は真っ赤になっていました。
おかしな紺色のモノをまとい、濃い栗色の頭が水面に出るぎりぎりのところに立っています。
リマは、トンッと相手の胸をノックする、鬼流のあいさつをしました。
『こんにちは、おかしな子』
男の子はゆっくりとリマの方を振り返り、とりあえずと言った感じで彼女のの胸をノックし返しました。
彼は、人魚に鬼を退治してもらおうと人間たちが海に投げ入れた男の子でした。
言葉は喋れず、考えることもいまいち上手にできません。相手の行動を真似することと、記憶することだけはできました。ですから、彼女が鬼と人魚の間に生まれたという事は知っています。一時は大変な噂になりましたから。
『君、ガリッガリ。ご飯食べてないの?』
そんなことは知りもしないリマは、男の子を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろと見つめて言いました。
男の子は何も言いません。リマはその辺を泳いでいた魚を目にもとまらぬ速さで二匹捕まえると、一匹を男の子に差し出しました。
『取ってよ』
彼は魚を受け取ろうと手を伸ばし、リマの手の上から魚を掴みました。
『それじゃあ渡せないでしょ。頭を持って』
男の子は言われたとおりにしましたが、リマが手を離すと魚はフラフラと逃げて行ってしまいました。リマは慌てて捕まえなおすと、頭をつぶして殺してから、男の子に渡しました。
『一緒に食べよ』
そう言ってその場に座り込み、魚に頭からかぶりつきました。
男の子はリマにならって座り込み、同じように潰れた魚の頭にかぶりつきました。
『美味しいでしょ。……ちょっと苦いけどさ』
二口目を食べると同時に腸の苦みが口に広がって、リマは『うぇ』と舌を出しました。男の子も真似して細長い舌を出すので、リマはけらけらと笑いました。
男の子は舌をしまって、彼女と同じように食べ続けます。魚が無くなったころ、二人は水面に顔を出して大陸の様子を眺めました。
その日は雨だったので、雫が二人の頭を激しく打ちます。リマははしゃぎ、男の子はそれを眺めていました。
その次の日、彼等は朝日が昇る前に一緒にご飯を食べました。そして、食後に朝日が昇るのを眺めようと水面に顔を出しました。
その日は晴れで、雲一つありませんでした。
太陽が昇ると同時に、男の子はリマの隣から姿を消しました。
リマがどこに行ったのかと大陸の方を振り返ると、一匹の小さな化け物が暴れまわっていました。
体にまとった紺色のモノは陽に照らされて青黒く輝き、その輝くモノはかろうじて残像が目に映るほどの速さで村を襲っていました。
……いえ、元々は村だったところを、襲っていました。
鬼が襲った時から、そこにはだれも住んではいません。家も全て破壊された後です。彼は何がしたいのでしょう。リマにはまるで分りませんでした。
少しして、その化物は海に飛び込み、陽の光があまり当たらない所まで泳いで行きました。
『あ、待ってよ!』
リマも遅れて付いていきます。
やっと追いついた時には、彼はいつもの彼でした。ぼんやりと虚ろな目で、斜め上を見ています。
『どうしたの? 急に』
彼は何も言いません。
『もー』
リマはふて腐れて、足を投げ出しました。
そしてそのまま、ぼんやりとさっきの光景を思い出します。
破壊しつくされた村、陽の光で青黒く輝く小さな化け物、そしてその、なめらかで速い、美しい動き。
『怖かったかな?』
呟いたリマを、男の子は見下ろしました。
『んー、怖いのはよく分かんないな』
リマはそう言ってから、ふて腐れた顔から笑顔になって、男の子を見上げます。
『どっちかって言うと、カッコよかった!』
男の子はただ、リマを見つめるだけでした。
それからいくらか年は過ぎ……、今度は人魚と鬼の血を四分の一ずつ継ぎ、よく分からない化物の血を半分継いだ生物が誕生しました。
昔話はまだ続きます




