プロローグ 世界王者が消えた日
世界王者が敗れたのではなかった。
世界王者が、世界選手権から消えた。
8月29日、ブエルタ・ア・エスパーニャ第8ステージ。フィニッシュまで30数kmを残した道路に、1つの石があった。
先頭集団でも、最後の山頂でもない。総合争いの勝負どころとして語り継がれるはずの場所ではなかった。それでも、ロードレースでは道路にあるものすべてがレースの一部になる。白線も、穴も、横風も、観客も、落ち葉も、誰かの一瞬の判断も。そして、その日は石だった。
タデイ・ポガチャルの車輪が乱れた。身体が投げ出された。
それまでのブエルタは、すでに1人の物語になりかけていた。ポガチャルは3つのステージを勝ち、マイヨ・ロホあるいは単にラ・ロハと呼ばれる赤いリーダージャージを着て、エンリク・マスに3分50秒、プリモシュ・ログリッチに4分50秒の差を築いていた。誰が彼を倒すのかではなく、彼がどれほどの差で勝つのか。そして、赤いジャージを何日間着続けるのか。初日に獲得してしまったことで、最終日まで全日程で着用するという声も、半分は冗談に聞こえなかった。この現象は、ひと世代前のロードレースの楽しみ方とは明らかに違っており、古参のファンの中にはレースが面白くなくなったといった否定的な意見を持つ者もいるほどだった。
だが、路上に横たわった身体を立ち上がらせても、世界王者はもう世界王者のようには走れなかった。
脳振盪。
左鎖骨の転位骨折。
頸椎C7の安定骨折。
複数の擦過傷。
彼は自転車に戻ろうとした。けれども、その日のフィニッシュにも、3週間後のモントリオールにも、自転車ではたどり着けなかった。グランツール10回目の出場にして初めての途中棄権だった。
2024年のチューリヒ、2025年のキガリ。2年続けてアルカンシェルと呼ばれる虹色のジャージを手にした男が、3連覇を争うはずだった。彼がスタートラインに立つなら、各国の戦術はまず彼を中心に組み立てられる。早く動けば利用される。遅く動けば置き去りにされる。捕まえても、また攻撃される。世界選手権は国別対抗戦でありながら、近年はしばしば、世界対ポガチャルの様相を呈していた。
その中心が、消えた。
2026年のポガチャルは、春のミラノ~サンレモまで勝っていた。そのミラノ~サンレモでさえ、残り32km付近で落車している。そこから復帰した。
ブランドン・マクナルティが牽いた。
イサーク・デル・トロが発射台になった。
ポガチャルがチプレッサで飛び出した。
追えたのはマチュー・ファン・デル・プールとトム・ピドコックだけだった。
ポッジオではマチューを落とし、最後はピドコックとのスプリントを4センチ差で制した。
あの日の落車は、物語の終わりではなかった。むしろ勝利を劇的にする材料になった。だからブエルタで倒れたときも、一瞬だけ期待した者はいたかもしれない。
また戻るのではないか。
ポガチャルだから。
けれど今度は違った。手術を受け、2026年シーズンを終えた。
世界選手権のスタートリストから、アルカンシェルの持ち主が消えた。
そして、世界中の有力選手が同じことに気付いた。
勝てる。
ポガチャルを倒さなくても、世界王者になれる。
世界選手権は、一強のレースではなくなった。
予想図に空白が生まれたのではない。予想図そのものが役に立たなくなった。
レムコ・エヴェネプールか。
ワウト・ファン・アールトか。
マチュー・ファン・デル・プールか。
イサーク・デル・トロか。
ポール・セクサスか。
トム・ピドコックか。
あるいは、ポガチャルがいる限りエースにならなかった誰かなのか。
9月27日、モントリオールで虹色のジャージを着る男は、まだ誰の物語にも決まっていなかった。
だから選手たちは、いつもの言葉を使うことができた。
どうなるか見てみよう。
それは答えを知らない者の逃げではなかった。答えがまだ世界に存在しないとき、プロの自転車選手が口にできる、もっとも正確な言葉だった。




