表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

5.輝く夜にⅡ

****


マールベラ公爵は明るく、明快な人柄だ。


「 ははは、ウォーリソン侯爵閣下は真面目な方ですねぇ」


「 そうですか?私よりも、姫殿下のほうが真面目で実直な方です。」


「 ほら、そういうところが真面目なんですよ、ははは。ねえ、姫殿下?」


急に話を振られて、若干困惑しつつ、「ええ、そうね、彼はとても真面目ですわ 」と返しておく。


「 いやー、それでも羨ましいですね。」


「 何がです?」


「 お二人は、もうそろそろご成婚でしょう?私もそろそろ結婚しないとなあ、と思いましてねぇ。あ、そうです、いい女性など紹介していただけたりしませんか?」


「「……… 」」


「 あー、何処かに可愛らしいご令嬢は居ませんかねぇ。ちょっと勝気な感じで、こう、すらっと長身で、でもなんかこう!健気な」


大げさな手ぶりで、マールベラ公爵は言う。セシリアとエルドリックが沈黙していることは気にもとめていないようだ。


「…マールベラ公爵、女性の前ですから 」


「おっと、これは失礼、王女殿下 」


エルドリックがやんわりと窘めるように言うと、マールベラ公爵は大げさに肩をすくめて、セシリアに謝罪してみせる。


彼にたぶん、悪気はないのだろう。


「…マールベラ公爵に恋焦がれる女性は多いと聞いておりますわ 」


空気を変えるように、セシリアは口を開く。


マールベラ公爵には浮き名が絶えない。未亡人や侍女、それから娼婦に至るまでーー


セシリアの冗談めかした言葉に、マールベラ公爵は楽しげに肩を揺らして笑う。


「そうですねぇ、彼女たちも可愛らしいのですが」


少しだけ、公爵のヘーゼルナッツ色の瞳が細められる。


それは、一体どんな感情を込めたものだったのだろう。


「 …恋は、一時のものですからね」


「 ……」


「私は今までお付き合いしてきた女性たちを愛していますよ、今でもね。それでも、違うんですよ」


しん、と落ちた沈黙にマールベラ公爵ははっとしたようだった。


少しだけ慌てた調子で、上擦った声を上げる。


「ーーなーんて、これからご結婚するお二人に言うことではありませんでしたね、いやいや、失敬失敬 」


先程の言葉なんて嘘みたいにあっけからんと悪戯っぽく、大げさな手ぶりで笑う。


「 あまり長居をしてしまってはいけませんから、私はこれで」


爽やかなながら美しい礼を返して、そのまま去っていく。手に持った葡萄酒のグラスが虚しく揺れる。


触れることさえも烏滸がましく感じてしまって、ささやかに乗せるようにエルドリックに委ねた掌からは、なんの体温だって伝わってこない。


がやがやと眩しく煌めく舞踏場が、セシリアを排斥するみたいだった。がらんと空虚な空洞が、ぽっかり穴に空いたみたいだ。


「…エルドリック 」


「 はい、姫殿下」


「……婚約を破棄して 」


「…… 」


傍らで息を呑む気配がした。


「 それは、ご命令ですか?」


「…違うわ」


「 貴女の望みですか?」


「 ……罰よ」


そこで顔を上げて、始めてエルドリックが真摯な眼差しを向けていることに気がつく。


気遣うようで優しいのに、何処か苦しそうな若葉色の、エルドリックの瞳。


「 罰ならば、必要ありません」


「 でもーー」


「 貴女が負う罪など、一つもない。」


「 …っ」


たった一つ、罰を与えてくれたら、もっと楽になるのだろうか?優しいこのひとを、傷つけた罰を。


そうしたら、セシリアはトリスタンのことを何の罪もなく、愛せるのだろうか


また静かに、沈黙が落ちた。


(わたくしは、いつまでたってもエルドリックに甘えている )


その甘さが、自分の弱さが、どうしても憎かった。


幼馴染であるエルドリックに嫌われたくないと思うのに、トリスタンを忘れられない。


そんな、愚かで醜い自分が。



*****


罰ならば、必要ありませんーー


そう静かに言ったエルドリックの瞳が忘れられない。


ぼすり、と寝台に倒れ込むように寝そべって、枕を抱えた。テレーズがいればはしたないと叱られただろうが。


( …トリスタン)


鮮明に、はっきりと思い出せる。


トリスタンの青色の瞳にすうっと溶けて、滲んで、また淡く浮き出ていくような金色の虹彩。

彼の瞳は特別だった。きっとこの世界中のどんな宝石よりも、どんな絶景よりも美しい。


「 …っ」


慌てて零れ落ちそうになった涙を拭う。


これでは、本当にどうしようもない。


「あらあら、お嬢様? 」


「 …!ーーコレット」


いつの間にか寝台の横にいたコレットが悪戯っぽい表情で微笑んだ。


「 まだ湯浴みも済ませていませんのに、寝台に入るなんてーーお母さまが知ったら、発狂してしまいますよ?」


あまりに過激な表現に目を丸くして、思わずくすりと笑う。


コレットの母は侍女のテレーズだ。


セシリアが笑ったからか、コレットは少しだけ目を緩めて、また優しく微笑んだ。


「 今日はお疲れですか?…湯浴みの準備はできていますから、もう入ってしまいましょうね」


「 ええ、ありがとう、コレット」


「はい…あ!そうでした、その前に、陛下が少しの時間でいいのでお会いになりたいとのことでしたよ 」


「 まあ、父上が?分かったわ、今からで構わないかしら」


「 はい、それでしたらそうお伝えして参りますね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ