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4、輝く夜に

*****


数日後。


ヴァイオリンの音色が優雅に響く。楽しげなざわめきと、仄かに香る葡萄酒の酒精の香り。


華やかな舞踏会の席で、セシリアはやってくる貴族たちと挨拶を交わす。隣に立つエルドリックはセシリアの婚約者として、笑みを浮かべながら歓談に対応していた。


「 …体調はもう良いのですか?」


セシリアはエスコートしてくれている指の先を見上げる。


エルドリックが気遣うようにセシリアを見つめていた。


「ええ、もう十分元気よ。…その、テレーズやコレットから、貴方がわたくしを運んでくれたと聞きました。ーーお手を煩わせてしまって、ごめんなさい。 」


セシリアが謝罪を零すと、エルドリックが困ったように微笑んだ。


「 貴女が謝る必要はありません、姫殿下。…また、体調が優れなくなったら直ぐに仰ってください。」


「 ええ…ありがとう」


「 あの時はーー」


優しい若緑色の瞳が狂おしげに細められる。見ているこちらの胸が締め付けられるほど、切ない眼差し。


(ーー? )


「 あの時は、貴女があのまま目を覚まさないのではないかと、不安になりました」


「まさか… 」


「 貴女が健やかに生きてくださっているだけで、私は幸せです」


冗談かと笑おうとすれば、すぐに彼の真摯な眼差しに掻き消される。


「 だから、どうかーー」


握られた手にぎゅっと力が籠もる。思わずびくりと肩がはねてしまって、それに気がついたのか、エルドリックははっとしたように力を緩めて、曖昧に微笑んだ。


「……すみません」


「…… 」


どうしたのだろうか。少しだけ、様子がおかしい。こんなにあからさまな態度を取るようなひとではなかった。


「…今は 」

 

「 …?ええ」


「今は、 ちゃんと寝られていますか?」


気遣うようなエルドリックのペリドットのような瞳が、会場の灯りのまぶしい白色の光を反射して、煌めく。


「 ええ…眠れているわ」


その言葉に、彼は安堵したように小さく息を吐いた。


「 それなら、よかったです。」


静かに、それでも優しくこちらを見つめるエルドリックの瞳をなぜだか見ていられなくなって、目を逸らす。


最近はトリスタンの夢は見なくなっていた。

それが、思い出が消えていくみたいだと思ってしまうのだから、どうしようもない。


「…彼のことは、貴女が気にする必要はありません。勿論、私に負い目を感じる必要も、一つもありません。 」


「ーっ! 」


がばっと顔を上げた。彼というのは、まさか。


気づいていたのか。

そんな、それでは。


「 大丈夫です、自分の立場はちゃんと解っていますから」


エルドリックが柔らかく微笑む。

きっぱりと、トリスタンと同じように、線引するみたいに。


「貴女が望まないことはしません。貴女の心に彼をとどめて置きたいのならば、そうすればいい。私は、それで傷つくことはありません。……ただ、貴女がしたいようにすればいい。 」


「 っ……」


やっぱり彼は優しいのだ。

どうして、そんなに傷ついたような顔をしておきながら、何でもないように振る舞うのか。


罪を犯したのはセシリアだというのに、この優しいひとはーー


「 何を、言うの。」


婚約者が、騎士をそばにおいて、その騎士が死んだ今でも、彼を愛しているだなんて、そんな不義理を。


それでも全てを許そうとするのか。


「…わたくしが、わたくしが悪いのよ。…だからどうか、わたくしを罰して 」


彼の優しさに許されるのは、彼の儚い笑みに甘えるのは、セシリアには、できないから。


それでも、トリスタンを忘れることだって、同じくらいセシリアにはできない。


自分が愚かで罪深いことなんて、一番よくわかっている。


だって、彼の悲しげな表情を見たって、トリスタンへの愛情という、セシリアの一番深くて柔らかいところは、小さく揺れただけだから。


「…そうでないと、トリスタンを忘れることの出来ないわたくしは、貴方のそばには居られないから」


そのときセシリアは、一体どんな表情をしていたのだろうか。


エルドリックが苦しげな表情で、顔をゆがめた。



「 我が国の太陽、ご機嫌麗しく。お二方ーーどうかなされました?」


声をかけられて、慌てて顔を上げる。


「 これはーーマールベラ公爵閣下」


先に応答したのは、エルドリックだった。先ほどの苦しげな顔など、微塵も感じさせない調子で柔らかな微笑を浮かべている。


「ウォーリソン侯爵閣下、お久ぶりですね 」


マールベラ公爵といえば、南の領地を治める忠臣のひとりである。


爽やかに纏められた黒髪からは、仄かに甘い香水の香りがした。


エルドリックを見、にこり、と愛想よく微笑んだマールベラ公爵は、そのままセシリアの手をとると、掌にちゅっと口づけを落とした。


「王女殿下、マールベラ、ただいま参上いたしました。 」


そうしてまた、猫が飼い主に戯れるように、人懐こい笑みを浮かべるのだ。



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