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3.秘密の箱庭

****


「…ぅ 」


ぼんやりと、視界に靄がかかる。


セシリアは薄っすらと目を開けた。


ひどい頭痛は幾分かましになっている気がした。ゆっくりと体を起こす。ベットサイドに置いてある香炉の煙がゆらりと靡いて、侍女たちが心配してくれていたのだと申し訳ない気持ちになった。


嫌な夢をーーいや、幸せな夢、なのかもしれない。幸せな夢を見ていた。今となっては、もう、手の届かない、夢物語みたいな、幸せな夢。


トリスタンが静かに微笑んで、セシリアの隣にいて、幸せそうに何かを囁く。そんな、ありふれた日常の延長のような、そんな夢。


『…白百合が綺麗に咲いています』


いつものように、庭を歩いていたセシリアの後ろに付き従うように歩いていたトリスタンが、ぽつりとそういった。


彼の美しい青色の瞳の先には、風を受けて淡く揺れる白百合が凛とした様子で、空に花を伸ばしていた。


『 そうね。少し、摘んでいこうかしら』


『はい 』


歩を進めて、白百合を慎重に手折る。小さな重みが、手に触れる。


『…貴方にあげるわ、トリスタン 』


振り返って、整えられた黒髪にそっと挿した。悪戯めかした、冗談みたいなそんな気持ちで。


トリスタンは吃驚したように、大きく目を見開いて、セシリアを見つめた。

澄んだ青色に、目を奪われる。


『 いけません、姫殿下』


『 どうして?わたくしからの贈り物はいらない?』


『そうではなくーー 』


困ったように眉を寄せたトリスタンが、躊躇うような手つきで、彼の髪に触れたままのセシリアの指を、そっと剥がした。


『 貴女のような高貴な方が、みだりに異性に触れるものではありません』


それは、確かに線引きの言葉だった。


彼は、いつもそうだ。そうやって、静かに線引をする。まるでセシリアが踏み込むことを拒むように。


『… 嫌よ。…口煩いお前は嫌い』


子供めかして不貞腐れてみれば、苦笑する声が上から降ってきた。


『申し訳ありません、姫殿下。……ですが、私のようなものが貴方を汚すのは、心苦しい。 』


眉を寄せた。なぜそんなふうに言うのか。


トリスタンは汚れてなんていない。トリスタンに触れられたことで、セシリアが汚れることなんてないのに。


セシリアが怒ったような表情をしたからか、彼は苦しげにぽつりと落とす。


『 …私は、貴女を怒らせてばかりですね』


彼との逢瀬は、いつだって甘くて、どうしようもないくらい、苦しかった。



かたん、と扉が開く音がする。


「姫様! 」


「 …テレーズ」


慌てた様子で入ってきたテレーズが天蓋を開けて、優しくセシリアの髪をそっと梳く。


「…よく、お眠りになれましたか? 」


その優しい声だけで、随分心配をかけていたのだとわかる。


「 ええ……その、心配かけて、ごめんなさい」


「ーーいいのです。ただ、御身のことももう少し考えてくださいませ。陛下も、姫様のことをいたく心配しておられました。 」


「…父上が? 」


「 ええ、ええ。陛下は姫様がお倒れになったと聞いて、半刻ほどこちらにいらっしゃって、姫様のご様子をみておられましたよ。……たったひとりの、愛娘でございますから…」


テレーズが静かに目を伏せた。


多忙な父にまで心配をさせてしまった。少しだけ、後悔する。


「 ウォーリソン閣下もご心配なさっていましたよ。お目覚めになったと知ったら、またこちらにいらっしゃるかもしれませんね」


「 そう。エルドリックも…ごめんなさい、テレーズ。迷惑をかけてしまったわね。」


「私のことはお気になさらないでください。もう一度、お眠りになりますか?まだ少し、顔色がよくありません。 」


また気遣うような眼差しで、こちらを見て、そっと寝台に戻される。


「 …ゆっくりと、お休みくださいませ」


その声は、とても優しくて、穏やかで、温かい。


セシリアはもう一度、緩やかに目を閉じた。また静かな眠気が、ふわりと襲う。


夢の世界に落ちていく感覚に、セシリアは意識を手放した。


*****


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