08-1. 領主の地位と第王子からの招集
領地には強行軍で帰った。宿場町に到着する度に馬を換え、時には宿に泊まらず夜営をしながら。
本来、国の端に近いカルヴェント子爵領まで半月はかかる旅程を、半分の日数で帰り付くほど大急ぎで。
第一王子の「社交を禁止する」という決定を取り消すと、第二王子から言い出されそうだと思ったから。
できるだけ早く、王都から遠ざかりたかった。足手まといになりそうなのが私一人だったから、護衛する側は楽だったらしい。
使用人の殆どが、実はヘルンヴァール辺境伯家の騎士。我が家にも騎士はいるけれど練度の違いから、借り受けたのだ。
「まさか、既に領地に帰りついているとは思っていないでしょうね」
領地屋敷の居間で、エイレンと二人、のんびりお茶をいただく。疲れ切っていて何もする気がおきない。
「だろうね。それに反撃されるとも思っていないんじゃないかな?」
王都は敵地だから、大人しく下問に対して最小限の言葉しか発しなかった。
だけど領地は違う。
百年以上も穏やかな関係が続いているイルターニア帝国との間に、緊張感は欠片もない。
国の端に近いとはいえ国境に接していないカルヴェント子爵領は、だから国軍もおらず長閑だ。
一応、国境に面している元男爵家の領地が組み込まれているけれど、現地の領地経営は元男爵家が行っている。書類上はどうであれ、実態は男爵領なのだ。当然、子爵領という認識はない。
私たちが第二王子を通してロナヴィエル王国と事を構えたとして、兵士が駆け付けるのは王都から。
対する我が家はお抱え騎士がいるだけでなく、ヘルンヴァール辺境伯家の私設騎士団が婿入り道具代わりに駐留している。二つの国は一見、関係が良好に見えるとはいえ、火種を内在した束の間の平和でしかない。中央の人間は理解していないだろうけれど。
そして自国出身の貴族に何かあれば、事を構える気でいる程度には、辺境伯家の騎士たちは血の気が多かった。
もし第二王子の欲望を満たすために、私を差し出せと命令されれば、刃を交えるのも止むなしという考え方だ。
「王都は敵地だから大人しくしてただけなのに、従順なお人形だと思うのがおかしいのよ。そもそも子爵令嬢が王子に対して否とは言えないなんて、常識でわかるでしょうに」
下位貴族の学院での事故遭遇率を考えたら、静かにやり過ごすのが無難。
それを奥ゆかしいなどと思っていたのか、好きにできる玩具と思っていたのか。何れにせよ失礼な話だ。
「理解できているようなら、今の状況にはなってないだろうな」
自分で言いながら、段々と当時の怒りを思い出す。
「領地が好きと言えば似合わないから王都にいろとか、爵位を継ぐと言えば子爵家なんて下位の身分とか! 本当に押しつけばかりで! 側で黙って微笑んでるだけの存在が欲しいなら、人形でも横に置いておけば良いのよ!!」
くたばってしまえと思っても仕方がない。
我が家だけでなくお隣の男爵家も同じように、王家への忠誠心がすり減っていた。何かあれば隣国に寝返るくらい。元は寄り親であり遠縁でもある侯爵家も王家の肩を持つばかりで、とっくの昔に愛想を尽かしていた。
忠誠に対する恩恵もなく虐げられるなんて御免だと、下位貴族の多くが思っている。この国の高位貴族も王族も気付いていないけれど。
「何か言ってきたら縁切りできるんだから、もう少し我慢しようか」
横でエイレンが苦笑する。
「ええ、わかっている。でも腹が立ってるの。わかるでしょう?」
「わかってるって。だから実家にも親戚にも根回ししただろう?」
エイレンの実家は伯爵家で養子縁組先は辺境伯家。どちらも子爵家である我が家よりずっと権力を持っている。寄り親を替え、同時に国を替えることになったとしても、守れるくらいに。
アカデメイアで知り合ったのは偶然。
でもそこから婚姻に至ったのは必然。
「頼りにしてるわ」
言いながらエイレンの顔を眺める。
二人で見つめ合って……どちらからともなく唇を合わせた。
甘い空気が室内に漂っている中、来客によって夫婦の時間は遮られた。
「王都からの使者が来られました」
「無粋ね」
良いところだったのに腹が立つ。
王都からの帰路でも二人きりになる機会は多かったけれど、強行軍過ぎて蜜月を楽しむような余裕はなかった。帰領してようやく落ち着いたところだったのに邪魔なんて。
――どうしてくれようかしら?
腹いせにチクチク甚振るか、それとも早々に追い返すか、どちらがより相手への影響が大きいか考えるも一興。
「行きましょうか?」
「邪魔者たちを盛大に歓迎してやろうじゃないか」
私がそう思ったように、エイレンも同じ考えに至ったらしい。差し出された腕に手を添えて応接室に向かった。




