12. 祝勝会
「お疲れさまでした!」
ゴブレットを上に掲げて乾杯の挨拶をする。
直後に昼餐会の会場となった広間から「お疲れさま!」という声が返ってくる。
参加者全員がアカデミックガウンを着ている宴席というのは、アカデメイア以外ではなかなかお目にかかることはない。袖口や縁取りの色は出身学部によって様々だけど、胸の刺繍は同じ戦略史研究会のもの。
所属サークルを通じて卒業生に協力依頼を出した領主という立場だから、一応私が挨拶をした。
でも実はこの場で一番の若輩者が私だ。
最年長のトールさんは私の倍以上年上で、お父様と同世代。二十歳以下は私とエイレン、アレンの三人だけで二十代後半から三十代が多い。
カルヴェント子爵家がロナヴィエル王国からイルターニア帝国に国替えしたのを発端とした戦争は、私たちが圧倒的有利なまま終結した。勝利に導いたのは主力となったヘルンヴァール辺境伯軍――現在は侯爵位になっている――だけど、戦線を支えたり占領下の領地を掌握し運営に協力してくれたのが、私が籍を置いていた戦略史研究会の卒業生たちだった。
今日はそんな先輩たちを招いた慰労会なのだ。
「いやあ、歴史が動く瞬間を見るのは楽しいねえ」
「二百年前の遺恨をどう片付けるか気になっていたけど、こういう結果になるとは」
第三者的な観測者のような態度だけど、この場に居る全員が当事者だと言いたい。引き込んだのは私であり、現役のサークルメンバーだけど。
「少し……いえ、凄く嫌な国になったのも、国替えの理由です。身分が高いものは、自分より身分の低い者を虐げても良いという風潮が年々酷くなってきています」
「それは…………。もしかして王国の未来は暗いな」
私の言葉に、ロナヴィエル王国の滅亡を予想する言葉が返ってきた。
「ええ、多分。今回は我が家と国の反対側の領地でしたけど、ほかの地方も反旗を翻すかもしれません。貴族学院での下位貴族の事故死の多さを考えると……」
私と同じ目にあった令嬢は何人もいる。我が家と一緒に国替えした男爵家には、それで杖なしで歩けなくなった令嬢が嫁いできている。やった方は忘れても、やられた方は忘れない。
「……ということは歴史を動かしたければ、国境近辺の領地に声をかければ」
戦略史研の卒業生たちにとって、高給で王宮に迎えられるより魅力的な誘惑かもしれない。
「平民のアカデメイア卒業生が逃げ出した今なら、やろうと思えばできますね」
どうこたえようか悩んでいたら、横からアレンが口を出す。ワインをジョッキで飲みながら言う内容ではない気がする。学生時代はみんなお金がなくて、好きなだけお酒を呑めなかったから知らなかったけど、結構イケる口みたい。先ほどから何杯もおかわりしている。
「やってみるか?」
「良いな」
みんな悪い顔になった。想像以上に好戦的というか、戦闘民族だ。
「先輩方、それをやるとアカデメイアが直接介入したみたいになるから駄目ですよ」
「だったら俺が暗躍する出番だな。それなりに力のある隣国を潰すなら、帝国にも実家にも利がある」
諫めた直後、エイレンが誰よりも悪い顔をしながら提案した。
「ローザだって、我慢しっぱなしだったんだろう? ここらで爆発させても許されると思うぞ」
「それはそうだけど……」
誘惑に乗りそうだけど、乗ってはいけないような……。
「別に俺たちが暗躍しなくても、向こうから相談されたら助言すれば良い。これならアカデメイアが言い掛かりをつけられることもない」
「そうだな、現役の戦略史研に研究発表させれば済む話だ」
……どうしてもロナヴィエル王国を追い詰めたいらしい。当事者の私より先輩たちの方がノリノリなのが解せない。話の流れを変えるのは難しそうだし、聞かなかったことにしよう、うん。
その後もひとしきりロナヴィエル王国を弱体化させ滅亡させる計画を議論した後だった。満足したのか、自然と話題が変わった。
「ところで作りたいと言っていた学校はどうなった?」
「既に学生を受け入れる準備が終わっています。教材も準備できていますし、図書室は在学中に見つけた本を片っ端からこちらに送ってましたから、戻ってから集める必要はなかったです」
元母国の学院を退学してアカデメイアに入り直したときから、領地に新しく学校を作ると決めていた。
だから――勉強についていけずに泣いていても準備だけはしていたのだ。
「初代校長のアレンが頑張ってくれましたし、ヘルンヴァール侯爵や戦争で総大将を務めたネルドートが起こしたフェルンヴァルテ辺境伯家、皇族からの支援もありましたから、計画以上に素晴らしいものになりました」
カルヴェント高等学校――校名には領地の名にもなった、この地に育つ原種のバラの名を冠した。赤い一重咲きの花は、我が家の紋章にもあしらわれている。
新しく作った学校は卒業時にアカデメイア入学相当であり、教養学部の勉強についていける難度にした。
ロナヴィエル王国の貴族学院をはじめ、貴族の子女や裕福な家庭の子が通う教育機関はいくつもあるけど、卒業したところでアカデメイア入学の水準にも達しないのと区別して、高等学校の名を付けた。
入学年齢に制限はないから、試験に合格したら何歳でも通える。
そして……高等学校だけでは難し過ぎるだろうから、市井で学んだり家庭教師から最低限の教育を受けた子供たち向けの、初等教育の教室と、礼儀作法を教える礼法教室も併設してある。アカデメイアへの進学は難しくても下級官僚や商家の事務員として就職したり、貴族家の上級使用人になれるような人材の育成を考えた結果だ。高等科は来春から年二回、それ以外は月初めの受け入れ。
既に幼い子供たちが通っていて、アレンは毎朝「校長先生、おはようございます!」と元気よく挨拶をされている。
「子供は可愛い! キラキラした笑顔で『先生!』なんて言われると、つい頑張って教えようって思っちゃうよ!」
「やり過ぎるなよ、アレンは十歳やそこいらで大学に入ったって自覚しろ!」
エイレンの牽制は正しい。やりがいに水を差すのはと思ったけど、両親が大学教師だけあって、英才教育が施されている。家にある大量の書物を、幼い頃から読んでいただけのことはある。寝物語に数学の証明を熱く語られて興味をそそられるなんて、世界広しと言えどアレンくらいのものだろう。
「大丈夫、アカデメイアが特殊だって自覚はあるから」
随分、酔っぱらってるけど受け答えは普通。
エイレンも良い呑みっぷり。二人だけで葡萄酒の樽を空けるんじゃないかって感じ。
人数からすると十分過ぎるくらいお酒と肉を用意しているから、足りなくなる事態にはならないけど、ちょっとびっくりだ。明日、仕事も学校も休みだから、少々羽目を外しても問題ないとはいえ、ちょっと引くくらい。
「カワイイ女の子がいたら嫁として育てるか?」
「それはナイ」
先輩の冗談にいきなり真顔になって否定すると、再びへにゃりとしながらジョッキを呷る。
二日酔いにならないと良いけど、なんて思いながらチビチビ呑んでおしゃべりして、気付いたら日が暮れて、大半が酔いつぶれて寝始めた。
「寝ちゃったわ」
「朝になったら勝手に起きるさ。幸いにもそこまで寒い時期じゃない」
エイレンとアレンが仕方がないなあという後ろで、使用人たちが潰れた参加者に毛布をかけて回っていた。
「大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。それより奥様、随分とお酒を召されていましたから、部屋までお送りしましょう」
言うなり横抱きにされた。
「え! エイレンいきなり!!」
「ずっと会えなかったんだから淋しかったんだろうよ」
焦る私に、アレンが察してやれよと笑う。
――私が会えなくてつらかったのと同じで、エイレンも会いたがってくれてたのね。
恥ずかしかったけど、愛されるが故の試練なのかもしれない。
お休みを言うアレンが、自分のジョッキに葡萄酒をなみなみと注ぐのが見えた。寝酒にもう一杯、部屋で呑んでから寝るらしい。
「落とさないでね」
ぎゅっと首に腕を回しながら囁く。
「任せろ」
耳元で囁き返されると、ゆっくりとした足取りで夫婦の寝室に向かう。
忙しく歩き回る使用人たちは、私たちを見て見ぬ振りだった。




