13. フェルンヴァルテ辺境伯家の婚礼
旧クラメンドル侯爵の居城であり現フェルンヴァルテ辺境伯の居城は、広間は百人ほどの昼餐会を開けるほど。ロナヴィエル王国の王都に近い、つい最近まで使われていた方ではなく、古くよりイルターニア帝国よりにある旧居城は、広いだけでなく堅牢で籠城戦にも向いた造りだ。
「ヘルンヴァール辺境伯家と皇族が縁続きになった祝いと、イルターニア帝国の領土が広がった慶事を祝って!」
皇太子が乾杯の挨拶をすると、全員が杯を持ち上げた。
用意された葡萄酒はカルヴェント子爵家――陞爵して伯爵家になった――で作られたものだ。
ネルドートと第二皇女の王都での結婚式は、王族が式を挙げる由緒ある大神殿で行ったが、戦後間もない辺境を空にできるわけもなく、改めて領地で式を挙げることになったのだ。
安全を考えて皇帝は列席しなかったが、代わりに皇太子が名代として顔を出し、この婚姻がどれほど重要か国の内外に知らしめた。
「これほど機嫌が良いのも珍しい……」
「いつもは気難しいのかしら?」
「そうではないけど、皇族だからな。感情を気取らせないような隙の無さが先に立ってる」
上座に座る皇太子はこれ以上ないほど愛想を振りまいていて、たしかに今以上に機嫌が良いのは早々ない気がする。
「でも今回は皇族も持ち出しがあったじゃない?」
我が家と一度はカルヴェント子爵家に組み込んだ二つの男爵家は、それぞれ領地を広げて伯爵家と子爵家に陞爵している。与えられた土地はヘルンヴァール辺境伯家と旧クラメンドル侯爵家のものだったけど、減った分は隣接する皇領地を割譲されたので、辺境伯家は損をしていない。
占領したのは総大将を務めたネルドート。旧クラメンドル領を得て、新たな家を興すのが戦争前から決まっていた。
終戦したら予定より多く――クラメンドル侯爵領に隣接している伯爵家の領地の半分と、同じく隣接している男爵家の大半の領地を占領し、予定よりも広くなった。その分というわけではないけれど、カルヴェント子爵家に領地の一部が割譲されたのだ。
実家のヘルンヴァール辺境伯家は国境から距離ができたため、先んじてヘルンヴァール侯爵家に改められている。帝国に編入された三家は侯爵家の寄子という形だけど、積極的に婚姻を結び結束を固めていく方向で話が進んでいる。
「皇族の土地は減ったけど、領土が増えたというか取り戻せたからな。ロナヴィエル王国が思っている以上に、イルターニア帝国は腹を立ててたってことさ」
「だからなのね……」
クラメンドル侯爵家を占領するついでにイーヴァルの実家の男爵家を占領し、当主一族を早々に放逐したのは。
「俺がやるって言ったのに、領地の掌握が終わる前に片付けられたよ」
クソッと悪態をつくエイレンが可愛い。
「二度と顔を見ないで済むなら、誰が追い出しても変わらないわ」
「ローザに嫌がらせした男なんだ。排除するのは夫の権利だと思わないか?」
「戻ってこようとしたところを、あなたが手酷くあしらったって聞いているけれど?」
「夫の権利だろう?」
エイレンはどうあってもイーヴァルを痛めつけたかったらしい。
だからって両腕の骨を折った上で領地の外に放り出すのはやりすぎだと思う。口にしてしまえば「そんなことはない!」と否定するから黙っているけど。
「帝都からようこそお越しくださいました」
エイレンとともに皇太子に挨拶する。
「あなたが隣国を蹴り飛ばした烈女か。随分と嫋やかにみえるが」
「王族に弄ばれ殺されそうになったから逃げただけですわ。結果的にやられた以上にやり返しただけで……」
剣の一つも持てない淑女に、何を言ってくれちゃってるのかしらと思うけど、皇太子に悪気はないどころか、単に会話を楽しみたいだけのようだ。
「良いな、やり返しただけというのが。それでついでにアカデメイアを作るとか?」
「いえ、アカデメイアを目指せる程度の学力を身に着けるのがせいぜいです。複数の学校があれば、自分に合わない学校に通い続ける必要がありませんでしょう? たとえば私みたいに高位貴族の令嬢に命を狙われながら通う必要がなくなります」
王都にある学校に通う以外で学歴をつける現実的な方法が、アカデメイア入学しかなかった。
でも国内にもう一つあるか、隣国でも王都より近い距離に通える学校があれば、苦労はもっと少なかった。
だから領内に学校を作りたかった。
ついでではないけど、アカデメイア入学程度もしくは入学してからやっていけるくらいの難度があれば、もっと楽だったという意味も込めて、自分が退学したロナヴィエル王国の学校よりも卒業時の難度を上げている。
「大陸二つ目のアカデメイアは目指さぬか?」
「蓄積された知識の厚みは、簡単には得られません。それに大陸の中央に作っては、戦火で貴重な書物が燃えてしまうかもしれません。離島にあるため往復が大変とはいえ、あの位置にある意味が十分にございます」
「第二のアカデメイアは難しそうか……」
ほんの少しだけ残念そうではあったけど、さほど重要には思っていなかったらしい。すぐに話題を変え、その後二、三言葉を交わして御前を失礼した。私たちの後にも挨拶したい人は大勢いて、あまり長々と話していられないのだ。
「初対面でこれほどお兄様が気に入られるとは……」
皇太子殿下の前を辞した直後に声をかけてきたのは、ネルドートに降嫁した皇女だった。
華やかな都からまだ戦の混乱冷めやらぬ地に来たばかりとは思えないほど馴染んでいる。
「気に入られた……のでしょうか?」
「ええ、期待していない相手に、挨拶以上の言葉をかけたりはしないわ。わたくしも期待しているの。女だからと周囲にいいようにされず立ち向かった伯爵に」
戦争の直前、爵位をエイレンに譲ったものの、既に私が当主に戻っている。
「一人娘ですから。家門を背負って立つためには強くあらねばなりません」
「確かにそうね……。わたくしは宮廷の陰険さに嫌気がさして大喜びで辺境に来たけれど、本当は逃げては駄目だったのだわ」
「逃げではございません。皇族の威光があればこそ、ロナヴィエル王国を牽制できますもの。降嫁してくださって、我が家を始めこの地方の貴族は大変頼もしく思っていますわ!」
「そう……だと嬉しいわ」
「大丈夫です。私は国境にクラウディア様が来てくださって心強く感じています。領地と王国の間に皇女殿下がいらっしゃったというだけで、安心感が違います。降嫁を喜んでいらっしゃるなら、領地を接する者としてこれ以上ないほど頼もしいです」
思わず拳を作って力説してしまう。
「わたくしが思っている以上に歓迎されているのね」
「勿論です!」
皇女ともなれば政略結婚が当たり前だけど、ネルドートとの縁が二人の幸せの元にあるのなら嬉しいと思う。
「頼もしい隣人を歓迎しない辺境はありません! 何よりフェルンヴァルテ辺境伯も望んだと聞いています。相思相愛なのだとしたら、領民だって歓迎しないハズがありません!!」
ちょっと熱が籠ってしまったかもしれない。
「こちらの土地のことを何も知らないの。色々と教えてくださいな」
「ええ、代わりに帝国の作法を教えてください。社交期に帝都で恥をかかない程度で構いませんので」
お互いに言い合うと、どちらともなく笑みが零れた。
横から「妹は作法の授業を抜け出してばっかりだから、止めた方が良い」なんて皇太子がツッコミを入れる。
その直後、十倍くらいクラウディア様に言い返されて、もっと笑ってしまった。
そろそろ木枯らしが吹くほど寒い季節なのに、胸がジンと熱くなる。
――これから新しい辺境に変わっていくのね。
我が家の国替えがきっかけで国境線が変わった。いけ好かないクラメンドル侯爵にかわってネルドートが新たな家を興し、皇女が降嫁した。
これからこの地方はどんどん変わっていくに違いない。時間が止まったようなロナヴィエル王国時代と違って。
最終話です。
残り数話で連載を中断してすみませんでした。




