11. 終戦
長らくお待たせしてすみません。連載再開です。
コンテスト合わせの作品を優先した後、ちょっと体調を崩して予想以上に長く休載しました。
戦争が終結したのは、麦の収穫が始まるころだった。
夏に始まったけれどずっと膠着が続いた結果で、実際の戦闘はたった二日しかなかった。
しかも国王軍との戦闘は一日であり、翌日は野盗になりかねない敗残兵の回収と、撤退しながら略奪に走った傭兵を掃討したものだった。
「ようやくエイレンが帰ってくるのね……」
「良かったな」
「おめでとうございます」
執務室にいるのはアレンと戦略史研の卒業生たち。
「王国の上層部がぬるま湯に浸かりきっていて、想像以上に楽ができた」
「元母国ながら恥ずかしい限りだわ」
エイレンが出兵する以前、アカデメイアを卒業して帰領したときから、近隣への根回しは始まっていた。
ロナヴィエル王国内で働くアカデメイア出身の平民たちへの連絡だけではない。
カルヴェント子爵家やヘルンヴァール辺境伯家と国境を接していないとはいえ、近隣の国々がこちら側の正当性を認めない場合は、色々と面倒臭い。だから戦略史研の卒業生を通じて連絡を取り合い根回しを続けていた。
「確かに王国は領土だけを見れば大陸有数だし、国力もそれなりとはいえ、複数の国を相手に戦争を続けられるほどではないのに……」
セルウィカ王国から応援にきてくれた先輩のトールは、休職して子爵領に来てくれたけれど、今は国のために連絡員として働いている。ついでというか、いかにカルヴェント子爵家が最大限の利益を得るかまで、ほかの卒業生とともに検討してくれている。
「我が家だけでなく、ほかの下位貴族の多くも王族や高位貴族のやり方に不満をため込んでいたのに気付かなかったのがいけなかったのでしょう……」
私は少し困ったように溜息をついたけれど、もちろん全然困っていない。
「身分に拘泥するあまり、下位貴族が反乱を起こすなんて考えつかなかったのでしょうね。我が家がイルターニア帝国に恭順したのと同じで、ほかの国境を接する下位貴族たちも行動するとは思ってもみなかったなんて、本当に浅はか」
お陰でカルヴェント子爵家とは反対に位置する男爵家と子爵家が、力を合わせて国に反旗を翻しているし、国境を接していないけれど近隣国としてセルウィカ王国が支援している。
エイレンたちが王国軍と睨み合っている間に、ほかの地方でも次々と不穏な噂が流れたけれど、今まで力尽くで抑えつけていただけの王家に、彼らとの交渉の技量はなかった。
「これからどれだけ国土を減らすか興味がつきないな」
完全に他人事のアレンだけでなく戦略史研の誰もが、歴史の転換期に立ち会うことに幸せを感じている。
もちろん私も。
* * *
「おかえりなさい!」
貴婦人にあるまじき行為だとわかっていても、数か月ぶりに再会するエイレンに、大人しく言葉を交わすなんてできなくて、駆け寄って思い切り抱き着いた。
「ただいま、ローザ」
ぎゅうぅと腕に力を込めた私に対抗するかの如く、エイレンも力強く抱きしめ返す。
「予想していたより長かったわ」
すっかり麦は収穫し終えていた。
当初の、麦の収穫前に戦が終わるという予想は悪い意味で裏切られた。
結果だけを見れば悪くなかったけれど。
「王国軍の敗残兵処理に時間がかかったんだ。だけど大半が故郷に帰らなかったお陰で労働力が増えたよ」
「でもそれってネルドートの利益じゃない」
エイレンの従兄弟の名を出す。回りまわって我が家の利益にも繋がるとはいえ、もう少し王国時代の抑圧されたというか虐げられた分くらいの儲けはほしいと思ってしまう。
制圧したクラメンドル侯爵家の領地は、カルヴェント子爵家に編入するのではなく、ヘルンヴァール辺境伯家の三男が新たに家を興して統治する。子爵家では――たとえクラメンドル侯爵領を併合しても、軍事力と後ろ盾という意味で、国王軍を牽制するには力不足なのだ。
だから辺境伯家の三男であるネルドートが領主になるのは、戦争前の話し合いで決まっていた。ちなみに奥方には皇族の姫が降嫁する。こちらも戦前には決まっていた。
「そんなことはない、戦働きの貢献度に合わせて労働力が配分されたから。子爵家にも百人ほど農民が増える。しかも働き盛りの男手だ」
「思った以上に気前が良いのね」
クラメンドル侯爵家の領地にも、新たに村を開墾する余地は残っている。総大将の治める予定の領地だから、一番に優遇されると思ったのだけれど、違うのだろうか?
「傭兵が暴れて領地が増えたんだ。侯爵家の隣の伯爵家も、領地を半分分捕ってきた。ついでにその隣の子爵領も。領民も年貢の徴収をするだけで、自分たちを守りもせずに逃げ出した領主より、敵の領地であるにも拘わらず自分たちを助けてくれた将軍の統治を受け入れた。伯爵は子爵と違って先陣切って戦ったけど、実力不足も甚だしかっただけだけどね」
「それは……! 傭兵から守っただけでなく、荒れた畑の補修や駄目になった食糧の補填も、かなり気前よく与えたわね?」
「もちろん!」
即答したエイレンはニヤリと笑う。
「王国軍から取り残された農民兵の中で働ける者を家の修理なんかを手伝わせて、数日で立て直したんだ。でも余所者は古い村では浮くし居心地が悪いだろう? だから好条件で新たに開墾しないかと誘ったんだ。女手が少なすぎるから、できるだけ早めに移住者を探さなくてはいけないけど、状況は悪くないよ」
村がいくつか増えそうな感じ。
現在も子爵家として可もなく不可もなく収入を得ているけれど、少し裕福になるかもしれない。領地の中に学校を作るという計画も、予算が潤沢になれば前倒しできる。
――悪くない、いいえすごく良いわ。問題が一つあるけれど。
「追加で領地を得たとなると……我が家と男爵家への加領も増えそうね、悪くないわ。近隣の村との交流を持てば、多少、年頃の女性が移住者の村に行くでしょうけど……。早急に女性を増やした方が良さそうだわ。とはいえ男女の数はほぼ半分なのよねえ……、女性が余っている村なんて徴兵でもされない限り」
そして徴兵された平民は王国内万遍なく――どこかの地方が突出して多くはないみたいだった。
「領内の村に声をかけて一人から二人、移住を募るしかないかしら?」
「それよりも領外から募った方が良いだろうな……。アテがあるから、俺が何とかしよう」
エイレンが当たり前のように言うから、全面的にお任せした。
後日、百人を超える女性たちが複数回にわけてカルヴェント子爵領入りした。適性に合わせて領主館で下働きをしたり、町に住むことになったりと、本人の希望次第で農村以外に住む道も提示した。




